第22話『【健在】という単語を嫌いになりそう』
寝て、起きる。
生物として当然の生命活動。それも、約三時間のうたた寝程度の就寝。それでも、ふわふわのベッドで寝るという要素が一つ加わるだけでここまで質が向上するとは驚きだ。
そんな驚きはさておき、俺が今寝ているのはあのセレスの家。俺にとっての最重要危険人物である者の本拠地。そんな所にいつまでも居座っているのはいくら家族といえど精神がすり減ってしまう。
故に、出来れば一週間ほど滞在して安寧の時を過ごしてから出ていきたいところだが、それをセレスに伝え忘れた。現在の時刻は朝五時。老人の起床時間とほぼ同時刻である。そんな時間に年若い少女が起きているとはとてもじゃないが思えない。
と、先程までの俺は思っていた。
「起きとるやん、アイツ」
早朝。訓練場と化している屋敷の庭園で木剣を手に持ち、素振りをしているセレスの姿がそこにはあった。
都会まで来て何しとんねんアイツ。そして何より恐ろしいのは、俺がこの庭園に出た瞬間にアイツが大声で「アル兄も訓練!!?」などという頭の可笑しい事を聞いてきたことだ。
素振りに全集中しているように見せて俺の気配をも気取る勘の良さ。本当に恐ろしい。前はもっとずぼらで扱いやすかったのに。
「ふっ! はぁ!!」
裂帛の声が庭園に響き渡った。セレスの素振りは回数を増すごとに加速し続け、鋭さも一層磨かれていく。やがて、目では追えぬ速さにまで到達し、残像が見え始めた。
我が妹弟子の化け物っぷりは健在か。
「やっぱ、早く独立するしかねえな」
傍にコイツがいるってのは、流石に
*
その後、師匠も寝床から起きてきて共にセレスの修行を見守った。それからセレスの修行が終わるまで眺めていたのだが、途中で飽きてしまったので塩むすびを食べながら愚直にも最後まで見守ってやった。
後からセレスにどやされたが。
「で、なんでそこから冒険者ギルドに行く流れになったんだ?」
今、屋敷に残った師匠と別れ、俺とセレスは冒険者ギルドを眼前に王都の広場に佇んでいる。
「私が冒険者だから?」
「疑問形という事は理由は明確でないということか。なら俺が帰っても問題ないな」
「アル兄も冒険者でしょ! 一緒に行こうよ!」
俺の腕を掴み、無理矢理引っ張って冒険者ギルドへと連れ込もうとするセレス。俺の腕が悲鳴を上げ、今にも千切れそうなのはさておき、この我儘っ子となったセレスに俺が敵う筈もない。
だから、従うしかない。なんて、俺が諦めると思っているなら大間違いだぞこの野郎!
「――あ、師匠」
「えっ!?」
セレスの背後を指差し、居る筈のない師匠の存在をさりげなく捏造する。まんまと引っ掛かり後ろを振り向いたセレスの隙を突き、
さて、そうして広場から去って数十分。以前歩いた商店街やら住宅街やらをぶらぶらと歩き回った。やはり王都というだけあって数週間が経っただけでも店の売り物やらが変化している。見て回るだけでも中々に面白いもんだ。
だが、そうは言っても所詮は数週間。代り映えのない景色もある。それこそ、見ていて面白いものならまだ良いものの、二度と見たくないと望んだ風景が未だに健在だったりするのだ。
それが原因で、本当にうんざりするような思いをする事もある。
「だ、だれか! 助けてください!!」
「そんな騒ぐんじゃねえよ。どうせ誰も助けねえし、助けに来たところで返り討ちにされるだけなんだぜえ?」
ガラの悪いチンピラ風の冒険者に、見覚えのある金髪の少女。声が聞こえた時にはもう悪い予感がしていたが、こうして視界に入れると流石に呆れてしまう。
前に一度痛い目見たくせに、何故にあの女は対策をしていないんだ? もっと顔を隠すとか、護衛を雇うとかあるだろうに。
「あ」
「げっ」
チンピラに腕を掴まれているあの金髪少女と目が合った。即座に目を逸らし、その通りを歩き去る。そう思い立って最初の一歩を踏みしめた瞬間、背後から聞き捨てならない言葉が聞こえたのだ。
「報酬は、金貨十枚!!」
「乗った!!」
善良な勇者、アルキバートの登場である。
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