第10話『余計な感情は捨て置いて』

 暗闇の中、松明によって照らされているのは俺の周囲だけである。暗く怖いが、それでも勇敢に進むあたり、俺もセレスに毒されているのだろうか。


 変な不安感が急に来たが、あいにくと今はそのような不安感に構っている余裕は無いようである。こうも暇な時間が削られると結構な不満が普通は出てくるだろうが、しかしながら俺は問題ないようだ。


 元々、田舎暮らしで暇な時間しかなかったからな。内心では案外、田舎の退屈な時間に辟易していたのかもしれない。なんとも贅沢な話ではあるが、それを行ったのが俺であるというのなら、多少は溜飲も下がるというものである。


 さて、話が脱線するのはいつもの事だが、どうやら今はその脱線が命取りとなりかねないようだ。恐ろしいったらないね。


「ダンジョンには多くの魔物が徘徊しているとは聞いたが、ここまでとはな。師匠が入ってたら泣きわめいてるところだ。くっ、居たら連れてきたのに!」


 そう言っている間にも、襲い掛かってきている蝙蝠の姿をした魔物を切り裂く。料理が得意だったので、包丁などの刃物の扱いはそれなりに慣れてはいたが、剣も包丁代わりになるのではないかと、ふと思う。


 それにしても、この鋼の剣を打った鍛冶師が有能だったのだろうか、えらく凄まじい切れ味である。流石にそこら辺の貴族様などが持っている物に比べれば質は劣るだろうが、俺のような一般人がこれほどの品を買えたとなると、中々な僥倖といえるだろう。


 そしてやはり、ダンジョンを自身の修行場所に選んだのは間違いではなかったと確信した。魔物の数が多いとは言っても、その全てが強いわけでは無いのだ。


 ゴブリンと同じぐらいの奴もいれば、はたまたドラゴンなんかに匹敵する力を持った奴もいる。ようはピンキリという事だろう。ダンジョンの序列事情もめんどくさそうでなによりだ。


 そんなダンジョンの魔物たちによる様々なじゃれつきならぬ攻撃を受けているうちに、遂に一階層を突破してしまった俺は、果たしてこのままダンジョンを攻略してしまうのだろうか?


 答えは決まっている。






――絶対にしない。


 そんなのは、物語に出てくる勇者様やお姫様がやればいいのさ。俺の出る幕なんざ、何処にもない。というかいらない。


 俺以外の誰かが、途轍もない苦労してこのダンジョンを攻略してくれることを願うよ。


「――と、これはまた意外なのがいるもんだな。ダンジョンにスライムとは」


 ま、俺ダンジョンにスライムが出るかどうかなんざ知らんけども。


 一階層の一番奥にある階段を一段飛ばしで降りた俺は、とうとう第二階層の攻略に勤しんでいた。勤しむというと、何やら俺が働いているかのように聞こえる人もいるだろうが、それは正しい。


 文字通り、俺は世界の人々の為に危険なダンジョンに勇敢にも挑戦しているのである!


 冗談はさておき。第二階層に到達した俺は、そこで妙な魔物にあった。


 分かっているとは思うが、スライムである。それも、地上に生息しているような青色のスライムではなく、紫色のスライムだ。


 色が違うということは、強化種であるかただの変異種であるか。ただ色が違うだけの変異種であってほしいが、どうやら現実はそう都合よくは回っていないらしい。


 良く出来てんなぁ、現実。


 もしこの世界を作った創造者的な存在がいるのなら、もうちょっと手を抜いてくれても良かったのに。と、少し皮肉を入れるのも忘れないマメな俺であった。


 目の前の紫色のスライムが佇んでいる地点。その下が煙を上げて溶け始めている。


 そんな末恐ろしい光景を見つめながらも冷静な態度を崩さない俺はかなりの胆力の持ち主ということだ。本当に、冒険者に向いているなと我ながら思ったりするのだが、俺の絶対になりたくない職業一位がその冒険者だったりしている。


 絶対になりたくない冒険者という職業に向いているという俺の才能。とんだ皮肉だ。


 どうせなら商人の才能を与えてくれれば良かったのにと、どこにいるかも分からん俺の親を恨むのは、お門違いだろうか。


「ダンジョンの床が溶ける程の消化力を持ったスライムか。ま、『ポイズンスライム』ってのが妥当な線だな」


 また厄介なのが出てきやがった、と顔を顰める俺に、スライムにしては素早く動いて近づいてくるポイズンスライム君は、超強力消化液をぶっかけようとしているのか、その液体で出来た身体を大きく膨らませていた。


 ぶっちゃけ怖い。


 ポイズンスライムというのは、簡単に言えば普通のスライムの上位互換。猛毒を含む液体で出来た身体を持ち、消化液を吹き出す事が主な攻撃方法とされている。


 んで、今その主な攻撃が俺に向けて放たれようとされている訳なのだが。


「その超強力消化液を吹き出す為には、デカい溜めがいる。そこを突けばいいんだろ?」


 あくまでセレス曰くの情報だが、今回はとても貴重なことにセレス主観じゃなく俺の視点からも、その情報は正確なものだった。礼は言わんが、感謝ぐらいは心の中でしておいてやろう。


 大きく膨らんだポイズンスライムの身体の中には、一際煌めく赤い宝石のようなものが中心に浮かぶようにして存在していた。間違いなく、魔物の身体を作り上げている核である魔石だ。


 それを壊すことで、魔物は身体を現世に留めることが出来なくなり、灰へと姿を変える。


 因みに、その魔石を持ち帰って換金すると結構な金になるのだが、相手がポイズンスライムである為、手を突っ込んで魔石を取り出そうとすると俺の手が溶かされてしまう可能性がある。


 それは流石に勘弁願いたいので、魔石の回収は、今回は諦めよう。


 そんな損した気分を味わいながら、唯一の武器である鋼の剣でもってポイズンスライム君の魔石を一突きで壊す俺であった。


 

「やっぱ、罪悪感あるな……って、思っちゃうのは流石に傲慢か」


 ちょっとした呟きが響いてしまうこの洞窟型ダンジョンは、少し嫌いだ。




 


 

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