第5話『戦闘は俺の柄じゃない』
金が尽きた。
空っぽになってしまった袋を覗き込みながら、その事実を目の当たりにした。
王都で過ごすようになってから、もう一週間ほどになる。金貨2枚でよくここまで滞在できたなと、今更ながら自分の経済管理のセンスに驚きを感じてしまう今日この頃。案外、商人とか向いているのかもしれない。
それはともかくとして、金が尽きたとあらば、もう王都にはいることは出来ない。名残惜しいが、明日には王都を発たねばならない。ほんっとうに名残惜しいけどね!
あの田舎も、出来ればもう少し豊かになって欲しいものだ。服屋すら碌に無かったからな。お陰で裁縫が無駄に上手くなった。
まぁ、ひとまずは一件落着と言ったところだろう。
今回のことで、セレスが広める噂話のせいで俺や師匠が被害を被ることはもう無い筈だ。これからは、布団の中で安心して眠れる日々が戻ってくる。師匠の噂はもう広がりすぎている気もするから、手遅れかもしれないが。
そうして安堵した気分を堪能した後、袋をその辺に投げ置いて、宿部屋のベットに倒れるように寝転んだ。
王都での暮らしを思い出しながらにやけているうちに、俺はいつしか瞳を閉じて眠っていた。
*
空は雲一つない快晴である。王都を出て数分、未だに王都の立派な街並みが頭から消えずにいた頃。予想通り、魔物に襲われた。
嫌な予想ほどよく当たるものだなと、少し辟易してため息をつく。
俺がこうして余裕綽々で相手ができる魔物は、精々がゴブリン程度の魔物だ。しかし、地上に表れる魔物の中でゴブリンよりも強い魔物というのは意外と少ない。あくまでもこの王国内での話ではあるが。
他の国々ではドラゴンなんかが生息している地域もあるらしい。恐ろしいったらないね。
そうやって思考を巡らせている間にも、目の前の魔物たちは攻撃を仕掛けてきている。魔物たちと言っていても分かる通り、相手は複数だ。7匹もの狼の姿をした魔物が、俺に噛みつかんと何度もとびかかってきていた。
種族名は、確か『バリスモス』
通称人食い狼。この通称は、名前から分かる通りこの魔物が人間を主食としているからこそ呼ばれている。とはいえ、こいつらは一体一体が途轍もなく強いわけでは無い。なので、この魔物たちの捕食対象となるのは子供や老人の方々が多い。
だからこそ、何故俺が狙われたのかが不明なのだ
――というわけではない。
「あぶねってのクソ狼が!」
一体が俺の腕を狙い、それを俺が避けようと後退した瞬間、次は別の狼が俺の腹目掛けて突っ込んでくる。正直、避けるので精一杯だ。
この洗練された連携。これこそが、バリスモスの真骨頂である。
バリスモスは、自らを弱者だと理解しきっている。魔物の中でも非常に頭のいい分類に入る奴らだ。だからこそ、基本的に群れで行動し、強者を狙わず弱者を狙う。特に、一人で行動している俺なんかは絶好の獲物に見えたのだろう。
全く、なんて姑息な奴らだ。
「だが、対抗策が無いわけじゃないよな?」
一旦、大きくバリスモスの群れから離れ、不敵な笑みを浮かべて、一体のバリスモスへと向き直る。
先程も言った通り、バリスモスは常に群れで行動する。故に、連携での狩りに慣れきっているのだ。
つまり、連携さえ崩してしまえば、全滅させるのはそう難しい事ではない。たとえ、俺であってもだ。そして、バリスモスは一体一体が強いわけでは無い。一対一なら、必ず勝てる。そう、俺でもだ。
その思考を終えた直後、バリスモスの群れへと疾走する。バリスモス共は突撃してきた俺を囲うように分散し、再び連携を開始した。
そうして連携が始められる場合、一番最初に攻撃してくるのはどの個体か。先程目で見て分かっていた。
自然と口が邪悪に歪む。
「ククッ。予想通り過ぎて笑えるぜ!」
目を付けていた個体が、予想通り最初に攻撃を仕掛けてきやがった。
飛び上がって噛みついてくるバリスモスへ身体を向け、横にステップしてギリギリ攻撃が当たらない位置に移動する。バリスモスが俺の横を通りすがるその瞬間に、その獣の体に鋼の剣を滑らせた。
狙いは、人間で言えば心臓。魔物で言えば核の役割を果たす魔石である。
魔物の内部に存在する核の役割をしている魔石を壊すことで、魔物は一撃で仕留める事が可能となる。そして大抵の場合、魔石は脆く壊しやすい。故に、体表が柔い魔物は殺しやすいというのが、冒険者での間では常識として扱われているらしい。
上下に真っ二つに断たれたバリスモスの身体は、魔石を失ったことで再生することもなく息絶えた。
「後、6匹!!」
口を歪め、笑いながら、動揺している残りのバリスモス共に切りかかった。
戦法は先程と何も変わらない。最初に攻撃を仕掛けてくるバリスモスに、要はカウンターを食らわせてやるだけだ。しかも、今のバリスモス共は碌な連携が出来ていない。
連携の一部を担っていた一体が消滅したことで、本来攻撃が途切れる筈のないバリスモス共の連携攻撃に、空白の瞬間が作られていた。正に、致命的な隙だ。
そうしてバリスモス共を冷静に殲滅していく。何度かバリスモス共は連携を再開しようとしたが、そんな隙は与えずに一体一体を確実に始末していった。もはや、作業のような感覚と近いかもしれない。
「――っと、あぶねえ」
俺がバリスモスの攻撃を避け、剣を振る前に、別のバリスモスが飛びかかってきていた。こいつらも、対応してきている。
バリスモスとの戦闘では、決して油断してはいけない。
もし、仮に俺が一撃でもこいつらの攻撃を食らい、俺自身の隙を作ってしまうと、こいつらは例え2匹になっていたとしても新たな連携攻撃を始めようとする。
流石は、連携のプロ。
「だが、そんなお前らも残り2匹だ。攻撃さえ食らわなけりゃ、俺の勝ちなわけだが。――ま、言葉が通じるわけも無し。和解は無理だわな」
もはや連携など知ったこっちゃないと言うように一斉に噛みついてくるバリスモス2匹を前に、そんな言葉を口にして、剣を振った。
*
遂に、残りのバリスモスも殺しつくし、灰塗れとなった草原に立ち尽くしている俺。魔物とはいえ、群れをここまで容赦なく殲滅したとなると多少なりとも罪悪感が出てくる。
だが、そんな罪悪感を遥かに上回る感覚が、俺の身体を支配していた。
「めっちゃ疲れたんですけど!」
――そう、疲労感である。
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