第4話『骨折り損のくたびれ儲け』

 宿の中で目が覚める。昨日の臨時報酬で取った宿は、豪華ではないものの質素でもない普通の宿だった。探した限りここより安い宿は無かったので、王都の宿は最低でもこのレベルということになる。流石は都会。


 窓から差す朝日が非常に気持ちがいい。ここまで清々しい気分になったのは何年ぶりだろうか。セレスが居たせいで、田舎の家では清々しく起きれる日の方が少なかったからな。


――なんか気持ち悪くなってきたな。きっと朝からセレスの事なんて考えたからだ。あの化け物女め。離れてからも俺の事を苦しめるとは、恐ろしい奴である。


 しかし、これからその化け物女と会わねばならない。でないと、俺と師匠の似非武勇伝の噂が静まらないからだ。師匠だけならばまだいいものの、俺の噂まで多少なりとも流されているのは誠に迷惑極まりない。


 だが、この前の一件で外見の情報までは流されていないことが分かったのは僥倖だった。


 この前の冒険者ギルド訪問の時、誰も俺がセレスの兄弟子だと気づいていなかった。それは、セレスが俺の外見に当たる情報を周りに伝えていなかったからに他ならない。因みに、街の人に聞き込みをしてみると、俺とは対照的に、師匠の情報は外見まで詳しく流されていた。いい気味だ。


 俺が宿の部屋の中でニヨニヨと顔に笑みを讃えていたその時、閃きを知らせる稲妻が、俺の脳内を駆け抜けた。


「まてよ。あるんじゃないか? セレスと会わない方法……」


 俺が思いついた一つの方法。それは、手紙だ。


 王都にある商業ギルドには郵便を頼むことが出来るらしい。セレスの手紙も、その商業ギルドを通して俺たちの元へと送られてきていた。王都の商業ギルドの活動範囲は国の全域にまで及んでおり、俺たち住んでいるのような田舎町にまで手紙は届いてしまう。つまり、そんな商業ギルドがあったせいで俺と師匠は度々胃痛の苦しみを味わうことになってしまったのだ。クソッたれめ。


 しかし、今はそのクソッたれな商業ギルドの存在に感謝せざるを得ない。なんせ、俺がその商業ギルドに手紙をセレスに届けてくれるように郵便を頼むだけで、俺はセレスと顔を会わせることなく用件を伝える事が出来るのだから。


 用件を伝えたならば、俺が王都でやるべき事も無くなる。王都で充分に娯楽を楽しんだ後、田舎に帰って師匠に延々と土産話を聞かせてやればいい。


 うん、完璧な計画だな。


「――いや、あの時受付嬢に伝言を頼むときに用件も一緒に伝えてもらうようにしてれば良かったのか!? クソッたれめ!!」


 自ら自身のミスに気づき、挙句憤慨するとは、愚かである。と何故か自分で思ってしまった。あまり自分の事を卑下するのは良くないぞと、自分の脳味噌を𠮟りつける。うん、一人芝居である。


 だが、あの受付嬢がやけに敵対的な態度でキツく当たってきたことも原因であるのは一目瞭然だ。何故かは知らないが、やけにつんけんな態度を取ってきていたしな。あんな態度で対応されたら、こちらから言葉を発しにくいような雰囲気になってしまうではないか。


 もし彼女が誰にでもあんな態度を取っているんだとしたら、あの人絶対受付嬢向いてないな。と、彼女を雇ったギルド本部の事を不思議に思いながら、宿の外へと出ていく俺であった。


 *


 セレスへの用件を書き記した手紙を片手に、商業ギルドへ向かっている最中なのだが、異常事態が発生した。道に迷ったのである。


 話に聞くところ、商業ギルドは俺が取った宿のある王都の南部にあるというのだが、見つけやすい場所にあるわけじゃないようだ。元からここに住んでいる住人ならまだしも、よそ者の奴が商業ギルドの元までたどり着くのは困難を極めるらしい。


 何故そのようなところにギルドを立てたのかは定かではないが、どちらにしろたどり着かなければセレスに手紙は届けられない。さっさと王都で遊びまくる為にも、急いで商業ギルドへ向かわねば!


 と、息巻いて王都を駆け回った結果、これである。


 呆れられても仕方がないと思える状況だが、とにかくこのままでは手紙を届けるだけで一日が終わる羽目になりそうだ。時間の浪費は金の浪費よりも遥かにクソッたれだ。馬車なんかは、移動時間を金で短縮しているようなものなのだから。


 というわけで、俺は今商業ギルドへ行く為なら何でもすると決めた。それがたとえ、だとしても。


 王都の南部はいわゆる住宅街と言って差し支えない場所だ。故に、屋根の上を移動することも可能ではある。そして、一度高台に登ってしまえば目立つ建物の場所はすぐにわかる。


『商業ギルド』というくらいだ。流石に民家よりは目立つような建物なのは明白。さっさと終わらせて王都を満喫してみせる!


 流石にジャンプで屋根まで届くほどの脚力は無いので、何とかして登れそうな屋根の低い家を探し出し、実際に登って見せる事で俺は人っ子一人いない屋根の上にたどり着いた。


 そのまま屋根の上を駆け回っているのだが、だからといってすぐ見つかるわけでもなし、気長に探すつもりだったのだが――。


 ぶっちゃけ、めっちゃ目立ってる。


 今もどこかの家のガキンチョがこちらを指さしているが、気にしていると時間を食うので逃げるように屋根から屋根へと飛び回る。すると、その先でも指をさされるのだ。まるで俺が変なことをしているように思われるので止めて欲しい。


 それにしても、屋根の上を飛び駆け回るようになってから数分立つのだが、それらしき建物が一向に見つからない。流石の俺も焦りを覚えてきてしまうぞ。


 もう王都の南部はほぼ全ての区域を探し終わった筈だ。にも拘わらず、俺はまだ商業ギルドを見つけ出せていなかった。これは、そもそもの商業ギルドの存在自体を疑ってしまう程の結果だ。


 途方に暮れて、その辺を歩いていた住民に声を掛けると、どうも商業ギルドは強盗などに襲撃されることもしばしばあるようで、それを防ぐために外装を普通の民家の様に見せるという隠れ技を使っているらしい。


 もっと早くに知りたかったねえ。


 その後、住民に頼んで商業ギルドの場所を教えてもらうと、どうやら俺の泊まっていた宿のすぐ隣にある民家が商業ギルドだったという。とんだ骨折り損のくたびれ儲けだ。


 最初から人に聞いておけばよかった。と、一日に二回、自らのミスに振り回される俺なのでだった。


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