第3話『お金はおっかねえ』
「どーすっかなぁ」
先程の冒険者ギルドから移動して、王都の西部にある大通りを、今歩いている。この大通りは大規模な商店街になっており、人も多い。それだけに、食べ物、雑貨、魔道具等々の心揺さぶられるような品々が多くあった。
――厄介すぎる。
こっちは金がないから、それらを買う事は不可能である。それなのに、結構呼び止められることが多い。「ちょっと待って! そこのカッコイイお兄さん!」から始まる2分程度の商品紹介をたびたびされるのだ。
振り払うのにも時間がかかる。そもそも、お世辞を言うのならもう少しひねった事を言った方がいいと思うが。カッコイイお兄さん、なんて見え透いた世辞を言うよりは、強そうなお兄さん、の方がまだいいだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、道端でチンピラのようなガラの悪い輩たちに絡まれている少女が目に入った。フードを深くかぶっていたが、それでも隠せないような美少女であるように見える。
周りの通りすがり連中も、それに気づいているようで。
助けようと、少女とチンピラ共の間に入って仲介しようとする奴もいたが、チンピラ共に睨みつけられるとすごすごと立ち去ってしまう奴らがほとんどの様だった。
睨まれても臆することなく、助けに入った奴もいたが、そんな奴は見世物にされるように数人がかりで殴りつけられ、そこいらに捨てられていた。可哀そうに。
――さて、無視だ無視。
ああいうのに助けに入るのは、勇者様とか、それこそセレスのような英雄のような奴らだけで充分だ。助けたところで俺に利があるわけでもなし、無視して通りすがるのが正解だ。
そうして彼らの横を通り抜けようとすると、まさにそこに被せる様に少女は声を上げた。
「た、助けてください!」
ん? 今、あの少女は誰に助けを求めたのだろうか? まさか、俺じゃないだろうな?
いや、俺の周りは多くの人で溢れている。確かに、俺は比較的彼女らの近くに立っているが、それでも俺じゃない可能性は超高確率であり得る話だ。よし、進もう。
そして、初めの一歩を踏み出した直後。
「黒の革鎧の冒険者さん! 助けてください!」
クソガキがぁぁぁぁああ!!! 具体的な様相まで言いやがって、正確無比かこの野郎!
周りの人々が、一斉に俺の方を向く。こっちみんな、と言ってやりたいが、そんなことを言っている場合ではない。何か言葉を発さなければ不味い。
「悪いが、今忙しいんだ。他を当たってくれ」
そう言って、早足で去る。周りの視線が痛いが気にしない。あのチンピラ共のこちらを嘲笑うかのような笑い声が鬱陶しいが、気にしない。あの少女に同情、はしないな。
勝手に俺をてめえの問題に巻き込もうとしやがって。こっちは今重労働を終えた後なんだ。静かに街を歩かせてほしいものだ。
そんな心持ちで進んでいた歩みが、少女の吐いた言葉で止まった。
「あの! お礼も差し上げますので、誰か助けてください!」
俺からの助けは諦めた様子で、少女はそんな言葉を口にした。
その言葉は、言ったところで助けがくるわけでもなく、むしろチンピラが尚更しつこく絡んでくるようになる筈の言葉であった。通常ならば。
しかし、この場には。悪を決して見逃さない、正義のヒーローたるこの俺がいるのだった。
「その少女から手を離したまえ」
悪党を指差しながら、堂々と言い放す俺。少女は今頃、まるで救世主が天から現れたが如く、希望の光を見つけたように浮足立った気持ちになっている事だろう。
件の少女はジトっとした目でこちらを見つめていたが、俺が気づくわけが無かった。
チンピラ共の内の一人が、薄ら笑いを顔に浮かべながらゆっくりと近づいてくる。こっちくんな。
「おいおい! さっきは情けなくすごすご逃げ去った癖に、偽善者面して戻ってきてんじゃねーよカス野郎!」
「はっ。過去の話をいちいち持ち出してくるとは、女々しい奴だな」
唾を吐いてくるチンピラ共のリーダー格の男に言い返すと、一気に顔を赤くして怒鳴り散らしてきた。なんとも短気な奴である。
少女もさぞかし怯えている事だろう。何か、安心できるような言葉をかけてあげなければ。
「お嬢さん。必ず俺が助けるから、安心して待っていてくれ」
「あ、はい」
「俺を無視すんじゃねえ!」
俺と少女が穏やかな空気感で話しているところに殴り掛かってくるかのように間に入ってくるチンピラリーダー。ていうか、実際に殴りかかってきていた。
殴り掛かってくる男を見て思うが、やっぱりセレスって化け物だな。
「ぐえっ!?」
男の殴り拳を紙一重で避けながら、男の下あごに会心の一撃を完璧にヒットさせた。いわゆる、クロスカウンターという奴である。師匠から習った。
人間は、下あごに打撃を加えて僅かに揺らすだけで、てこの原理で脳が大きく揺れて自然と立てなくなってしまうらしい。こういう小細工を、師匠は何故かよく知っていた。過去に喧嘩に明け暮れていたりしたのだろうか。
いや、ないな。
「あ、兄貴!」
チンピラ共が、倒れた男に駆け寄っていく。その間に、俺は少女を連れてその場を離れた。
*
王都中央部付近、つまり王都西部の端に俺たちはいた。
「いやー、災難でしたね、お嬢さん」
握っていた手を放し、清々しい顔で笑って、俺は少女に話しかける。また、あのチンピラ共のように怖がらせたりしたら、本末転倒だからな。なるべく気遣うのは当然だ。
「は、はい。ありがとうございました」
綺麗なお辞儀を見せる少女。他人にきちんとお礼が言えるのは感心できるが、どこか身の振る舞いが上品すぎるように感じる。先程からふざけて「お嬢さん」と呼んでいたが、本当にいいとこのお嬢様だったのだろうか。
金がある証拠だな、羨ましい。
「で、お礼をくれるとかいう話でしたが」
少女に促すように言うと、少女は目の端をキッと釣り上げて――
「やっぱりそれが目当てだったのね!」
「当たり前だろ」
即答した。
急に当たり前の事を言い出されたら当然そういうだろう。じゃんけんは手でやるのね! と言うのと何ら変わらん。今更、何を言っているんだこの少女は。
「助けてくれたことに感謝するけど、生憎と今あげられるものは……」
そう言って、少女は自分の体をまさぐりだした。
「お、おいおい。まさかアンタ、ホラ吹いたのか!?」
驚愕して思わず勢いで少女に向かって指を指す。
まさか、コイツがそんな性悪女だったとは。やはり、人は見かけによらないという事か。セレスといいコイツといい、末恐ろしい限りだな。
「む、ホラ吹きだなんて失礼な。嘘なんてついてないわよ。確かここら辺に……あった!」
少女は一瞬むっとした表情をした後、すぐにパッと花開いたように笑みを顔に浮かべた。表情が豊かな少女だ、俺と違って。
少女は懐から出した袋から、キラキラと金色に光り輝く物体を取り出した。
「はい、金貨を2枚だけ与えるわ。少ないかもだけど、これで手打ちにしてちょうだい。って、ええ!?」
「ありがたく頂戴させていただくぜ。じゃあな」
一瞬で相手の手から金貨を盗み出す高等技術。それを少女に披露して差し上げた後、片手を上げて別れを告げながら、その場から走り去った。
金貨2枚。それだけあれば、王都で安い宿でも探して一日滞在するぐらいわけない。つまり、王都を堪能できる手段を俺は手に入れたのだ。
やはり、神は実在するのかもしれない。そして、もし実在しているのであれば、俺は確実に神に愛されている!
――なんにしろ、とりあえず師匠への土産話兼自慢話が出来た。今から師匠の悔しがる顔が目に浮かぶぜ。
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