幕間『兄の気迫』
「な!? この気配は!」
王都の商店街を歩く、一人の少女が居た。アルキバートと同じ黒髪――ではなく,
艶やかな金髪に、蒼い目をした少女である。
アルキバートとは似ても似つかぬ純粋そうなその少女の名は、『セレス』と言った。
王都内の南部の大通りを歩くセレスは、突然現れた凄まじい存在感と尋常ではない気配を感じ取り、思わず叫び声を上げて気配の感じた方向へ振り返る。
突然叫び声を上げたセレスに、大通りを歩く人々は奇異の目を向けるが、そんな事は気にも留めず、セレスは尋常ではない速度で走り出した。人々の歩く大通りを人間とは思えない程の脚力で飛び越え、王都の中心である広場へとひとっ飛びで到着する。
四方の大通りはこの場所でクロスする様に交わり、広場には冒険者ギルドを初めとした多くのギルド本部が集まり、ここを拠点としている。
そして、そんな広場でセレスが真っ先に目を向けたのは、兄の気配を感じた冒険者ギルドだった。
「アル兄っ!」
そう声を上げて、冒険者に飛び込もうとした時、セレスの視界に一人の老婆が入り込んでしまった。
見るからに田舎村出身のお上りさんと分かる風貌をした老婆は、王都内の地図を片手に辺りをキョロキョロと見回している。
明らかに迷っていると分かるその仕草に、セレスの良心が反応してしまった。
「おばあさん? 何かお困りですか?」
老婆の近くまで寄り、声をかける。
老婆の行きたがっている場所への道のりを教え、その後老婆は一人でセレスが教えた道を歩いて行った。
そして、僅か数分で広場まで困った顔で戻ってきてしまった老婆を心配し、行き場所まで共についていくことにしたのだ。一度だけ、冒険者ギルドの方を見てから、セレスは老婆の手を引いて歩き出した。
そこからは立て続けである。
ある時はチンピラの成敗。ある時はスリ犯の確保。ある時は詐欺を働いている店への警告等々、困っている人々を見過ごせないセレスの前に次々と現れる多くの事件の解決に多忙を極めてしまったセレスは、結局夕方になるまで冒険者ギルドには向かえなかった。
*
『冒険者ギルド』
その中は今、つい先程あった大きな騒動の話題で持ちきりだった。
「おいっ、セレスちゃんの兄弟子だった『アルキバート』が訪ねてきたってホントか!?」
一人の冒険者が声を上げ、騒ぎたてる。その言葉に、その時居合わせなかった他の冒険者たちは合わせたかのように一斉に耳を澄まし、口を閉ざした。
そして、その場に居合わせた者は、彼等とは異なる理由で一斉に口を閉ざす。
「なんだよ、言えって」
「いや、なんつうか……やらかしたんだよ」
いきなり訪れた静寂に耐えられなかったように、男は再び問いただした。
そんな彼の問いに苦渋の表情を浮かべるのは、あの時真っ先にアルキバートを罵倒した男である。その男やギルド職員の反応に、その場に居合わせなかった無知な冒険者たちは首を傾げた。
中には、顔を青ざめ、小刻みに震える者までいた。何か、余程怖い事でも起こったのだろうか。
特に、受付嬢の表情など見るに堪えない程の悲痛に染まっている。
ますます混乱していく彼に、アルキバートを罵倒した男の冒険者、略して『罵倒男』は、事の顛末を話し始めた。
「――え、やばくね?」
「やべえに決まってんだろ、馬鹿!」
「誰が馬鹿だ、この馬鹿」
頭を抱えて蹲る罵倒男に、他の冒険者たちは青ざめた顔をして口々に言葉を発する。
あの『剣聖セレス』の兄に、全員で罵声を浴びせて追い出そうとした? そんな事、彼女がしったらどうなるか。
「どうすんだよ!?」
「うっせえ! どうしようもねえんだよ!!」
――騒々しくなっていく冒険者ギルドに、蒼金の少女が勢いよく飛び込んできた。
突如としてやってきた王都随一の有名人の姿に、冒険者たちは唖然としてしまうが、少女はその勢いのままに受付の下まで早歩きで向かっていく。
「せ、セレスさんっ!」
声を上げたのはあの時に、そして今も受付に立つ受付嬢だった。
セレスは噛みつくように受付嬢の両肩を掴み、決して逃がさないよう常人では振り払えない程の力で受付嬢をその場に固定した。
受付嬢の顔は、真っ青である。
「さっき、ここにアル兄が来ましたよね!?」
大声で話し始めるセレスと、そのセレスから静かに目を逸らす受付嬢の会話に、他の冒険者たちは聞き耳を立てて黙り込んだ。
そんな冒険者たちの要望に応えるように、セレスは大声で会話を続ける。
「来たんですよね! 何とか言ってください!!」
言い詰めるセレスに耐えられなくなったように、受付嬢はそれはそれは大きな叫び声を上げた。
「――ごめんなさーーーーい!!」
深く、潔いお辞儀をもって謝罪をした受付嬢に、セレスは一瞬唖然としたが、それから事情を聴き受けると示すように口を閉ざした。
ポツポツと話し始める受付嬢を他所に、他の冒険者たちはこれまで見てきたのセレスの家族愛を思い出していた。
自らの家族の事を、嬉しそうに話すセレスは、その時だけは剣聖でも冒険者でもなく、ただの少女のように見えた。
セレスの家族愛は、周知の事実だったのだ。そんなセレスの家族に、集団で罵声を浴びせ、そして怒らせてしまった。
セレス以上の存在感と怒気を発したあの青年は、本当にセレスの兄である男だったのだろう。あの【気迫】を受けて、そう思わない輩は誰一人としていなかった。
そして、セレスは――
「そう、ですか……」
残念そうに、そして落胆したように顔を俯かせて、ぽつりと呟くように言った。
セレスが自分の家族に会いたがっているのは、王都にいる冒険者ならば誰もが知っている事だったのだ。それなのに、セレスに会おうとする兄を一方的に邪魔し罵倒し、結局は追い払ってしまった。
その場には、かつてセレスに救われた者たちもいたのだ。恩を仇で返した彼等彼女等の罪悪感は測り知れない。アルキバートの応対をした受付嬢もそのうちの一人に入った。
「誠に、申し訳ございません!」
もう一度、深いお辞儀をして謝る受付嬢に、セレスは「気にしないで下さい」と、そう答えた。
これがアルキバートであったなら、既に怒鳴り散らしていたところである。
セレスは無言で冒険者ギルドを去ろうとし、出口へと向かった。しかし、聞こえて来る他の冒険者たちの謝罪の声に、丁寧に返事をしながら、セレスは冒険者ギルドを去った。
本当は一人にしてもらいたいだろうに。一人一人の謝罪に慰めの言葉をかけていくその背中に、罪悪感を抱かずにはいられない。
そう考えるのは、あの時アルキバートに罵声を浴びせた者たちだ。彼らが自身のしたことに幾ら後悔しようと、セレスが兄に会えることは無い。
そう思うと、心が締めつけられるような気がした。
――そんな罪悪感で溢れかえった暗い雰囲気を漂わせる冒険者ギルドに、一つの手紙が届いたのは、また別のお話。
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