愛しき日々よ

ちい。

愛しき日々よ

 高い山々に囲まれた高原地帯。

 

 そこは春になると雪に覆われていた大地が一面に深緑の絨毯を敷き詰めた様な草原となり、心地よい風が山より吹き下ろされ大地を撫でて行く。溶けた雪は小川へと流れ、きらきらとその水面を眩しく光らせていた。今までは小屋の中で窮屈な暮らしをさせらていた山羊等の家畜達は放牧され、自然豊かなこの大地の恩恵を思う存分受けている。

 

 その家畜達の後ろから、父親とその娘と思われる小さな少女がゆっくりと歩いていた。


「父さん、やっと山にも春が来たね」


 少女は父親にそう言うと、両手を広げ元気いっぱいに山羊達の群れへと走って行く。


 そんな少女を慈しみの篭った瞳で眺める父親は、草原を見渡せる岩の上へと腰掛けると、ふと空をみあげた。


 雲ひとつない空。


 鳥が一羽、大空をぐるぐると旋回しているのが見える。


 そこに大空を横切る二つの影が視界へと入ってきた。

 

 鳥よりも速く、そしてずっと高く飛んでいる。

 

 『魔翼』であった。


 少女も魔翼に気づき空を見上げている。あっという間に父親と少女の視界から消え去って行く魔翼。


「速ぁいね!!」


 少女が嬉しそうに大声で父親へと話しかけている。父親もうんうんと頷き少女へ返すと、いつまでも魔翼の消えた空の彼方を見上げていた。


 少女のお爺さんが若かった頃は、この高原の村まで物資を運ぶのは困難を極めていた。数日かけて麓の村よりロバ等の動物を使い運んでいたのだ。しかし、魔翼の開発と普及により、それがロバから魔翼へと移り変わった。


 そしてこの村も国から小さな魔翼が支給されており、急病人や郵便物の配達などを請け負ってくれている。

 

 しかし、魔翼の動力源は魔力である。その為、魔翼の操縦は魔力保有者しか出来ないのである。しかも、十五才以上でなければ、いくら魔力を保有していても魔翼の操縦は出来ない。


 それ以下の年齢だと魔力の維持コントロールに不安があるからである。この小さな村にいる魔翼を操縦出来る魔力保有者は一人だけでとても貴重な存在である。


 その魔力保有者こそが、今草原で山羊達の群れと戯れている少女の五つ年上の姉であった。


 少女はその姉がとても誇らしく大好きだ。魔力保有者だからと決して驕らず、村の人々と接している姉の事が。


 いつか、自分も魔翼の操縦士となり、あの大空を姉妹で一緒に飛ぶのが少女の夢であった。


 そう、少女も魔力保有者なのである。


 しかし十一歳と基準年齢に達していない事もあり、まだ魔翼に乗る事が出来ない。だから今は時間がある時に姉より魔力のコントロールについて少しづつ学んでいるところなのだ。


「私もいつかあの大空を飛んでやるんだ……」


 少女は再度大空を見上げた。まだ鳥が飛んでいる。

 

 ゆっくりと大きく弧を描きがら、何者にも邪魔をされずに飛んでいる。


 平和な空。

 

 少女は眩しい太陽の光りから目を守るように手を翳した。

 





八重やえ、お前が戦場で死のがそれは仕方の無いことだ。だが、味方の足だけは引っ張ってくれるなよ?」

 

 私、金沢八重かなざわやえの所属する部隊の隊長であり、そして、実の姉である美彌子みやこはそう言うと、私の前から立ち去って行った。

 

 ここは軍隊である。

 

 甘えなど通用しない……それどころか、その甘えが命取りになってしまう。私一人の命だけならまだ良かろう。しかし、そのせいで同じ部隊の隊員達の命を危険に晒す事も有り得る。

 

 姉は非常に厳しい人だ。

 

 今も昔も変わらない。

 

 そんな姉に憧れ、十五歳となった私はこの部隊へと志願した。

 

 『魔翼航空機動部隊まよくこうくうきどうぶたい

 

 魔翼とは、人間の持つ魔力を使い、それを動力として飛ぶ飛行機の様なものである。

 

 その魔力を持つ人間は極僅かであり、軍部だけではなく、民間の輸送等でも重宝されている。

 

 元々は山岳地帯への物資輸送等の為に開発されたと聞いている。それが軍部に利用されるのは時間の問題であった事だろう。

 

 魔翼の開発は軍部が絡むと共に一気に進んだ。

 

 そして、戦争が変わった。

 

 それまでは陸上での白兵戦が主だった戦場に空からの攻撃が加わったのだ。銃や大砲の届かない空高くから、敵部隊へと落とされる爆弾。一気に流れは空へと移っていった。

 

 各国がこぞって開発に乗り出したのだ。

 

 その中でも私の母国であるこの国は世界でも一二を争う魔翼先進国となった。

 

 それは開発技術の高さだけではなく、魔力の強い者が他国に比べ多い事も要因の一つである。

 

 かく言う私たち姉妹も、その魔力の高さから軍部から目をつけられ、英才教育を受けていた。

 

 選ばれたエリート。

 

 エースパイロット。

 

 周りの者達はそう呼んだ。

 

 しかし、それはエリートと呼ばれた者達の中でも群を抜いて魔力の高かった姉への賛辞である。

 

 私も確かにエリートと呼ばれる魔力を持っていた。だが、姉の足元にも及ばない程度である。

 

 厳しい訓練。

 

 姉妹という絆も捨てた。

 

 ただの上官と部下。

 

 この部隊への入隊を希望した時にそれは覚悟していた。

 

 だから、私は隊長を、入隊した時から以前の様に姉さんと呼んでいないし、姉は姉で、私の事を妹だとは思っていない。

 

 厳しい訓練の後、私は正式に魔翼航空機動部隊に配属された。

 

 そしてその年、小国同士の小競り合いだった戦争が世界中を巻き込み、やがて海峡を挟み隣にある国との戦争が勃発。

 

 エースパイロット達、魔翼航空機動部隊の出撃回数は、他の空軍部隊と比べものにならないくらいに多かった。

 

 魔力も無尽蔵ではない。

 

 魔力が尽きれば墜落し終わりだ。

 

  そんな中、神経を研ぎ澄ませ敵国へと空爆を連日仕掛けていく。体力魔力精神力の消耗は著しく、いくらエースパイロットとは言え、過酷すぎるその環境に陰で音を上げ始める者達もいる。

 

 しかし、私はそれでも食らいついて行った。

 

 隊長の妹だから……

 

 そう陰口を叩かれる事も多々ある。それを跳ね返さなければ、姉である隊長にも迷惑がかかってしまうのだ。

 

 私は誰もが認めるエースパイロットとなった。撃墜した敵国魔翼は数え切れず、たくさんの勲章も貰い、いつの間にか誰からも陰口を叩かれる事はなくなった。




 そして、二年の月日が流れた。

 

 長い間続いた戦争により疲れきっている祖国。同盟国もとうに敗北降伏してしまった事により、とうとう自国決戦に突入する事となってしまった。

 

 世界でも有数の魔翼保有国のこの国は、自国決戦をしてはもはや勝ち目はないとの判断から、魔翼特別攻撃隊まよくとくべつこうげきたいなるものを急遽作り、有能な魔力保有者達を招集。十五才から上は十八才までの少女達が集められ、七班が結成された。

 

 八重はエースパイロットとして、あえて魔翼特別攻撃隊へと志願し認められた。

 

 航空機動隊の中でも群を抜いていた八重は魔翼特別攻撃隊第二班の班長に任命され、班員達の訓練等を出撃命令の下されるその日まで行っていた。

 

 ある日の事である。八重と副班長である真弓まゆみが魔翼航空隊司令本部へと呼ばれた。

 

 出撃命令である。

 

 限界を超えた爆薬を積み、敵国司令本部へと突撃。

 

 だが、限界を超えた爆薬を積んでの出撃で、帰還するのに魔力は持つのだろうか?

 

 持つわけがない。しかし、持たなくても良いのである。

 

 この突撃に帰還はない。だからこそ限界を超えた爆薬を詰める。

 

 往路だけの突撃。それは死を意味していた。もう、第三班から第七班までが出撃し、誰一人として戻ってきてはいない。

 

 その命令が八重達、第二班へと下された。

 

 その日の夕方、八重は第二班の班員達を食堂へと招集した。

 

「出撃命令が下された」

 

 八重の言葉を静かに聞いている班員達。

 

 班員達はみんな、八重から招集を受けた時には既に予想でき、覚悟を決めていたのだ。

 

「突撃は明朝、午前八時。七時には格納庫前に集合していて下さい」

 

 第二班十九名が八重の言葉に大きな声で返事をした。真剣な表情。まだあどけなさの残る少女達。

 

「この突撃が成功すれば……長かった戦争も終わりを迎えるはずです。私達の命で祖国に……そして、故郷に平和が戻るのであれば、安いものでしょう」

 

 班員達へと微笑む八重。

 

「それでは、午後からは大切な人達への手紙を書いたり、身辺の整理を行って下さい。それでは解散します」

 

 

 

 机に向かい両親への手紙を書き終えた八重。この魔翼特別攻撃隊が結成された時より身辺の整理は出来ていた。

 

 すると、八重の部屋の扉がノックされた。

 

 ノックに八重が返事をすると、ゆっくりと扉が開き、隊長である美彌子が部屋へと入ってきた。

 

「これは、隊長!!」

 

 慌てて椅子から立ち上がり敬礼する八重に、美彌子は敬礼で返すとにこりと微笑んだ。

 

「今夜は隊長として来たのではないよ、八重。姉妹として来たんだ」

 

 上官と部下ではなく、姉妹として……

 

「分かりました……姉さん」

 

 姉さん……そう呼んだのは何年ぶりの事だろう。目の前で微笑む姉に八重も微笑み返した。

 

「八重、父さん達に渡しておく物はあるか?」

 

「はい、姉さん……この手紙を渡して下さい」

 

 八重はそう言うと白い封筒に入った手紙を美彌子へと渡した。

 

「手紙……これだけか?」

 

「はい、それだけで充分です」

 

 それから二人は久しぶりに姉妹としての時間を過ごした。今夜が最後になる姉妹としての時間を。




 午前七時四十五分。

 

 格納庫前に魔翼特別攻撃隊第二班総勢二十名が整列し並んでいる。その後ろには整備を終え、爆薬を詰んだ魔翼が二十機ある。

 

「第二班、総勢二十名っ!!全員揃っております!!」

 

 班長である八重が隊長の美彌子へと報告した。

 

「魔翼の整備も完了しております」

 

 整備士長の中島が八重達へと伝えた。すると、八重が整備士長である中島の方へと体を向けた。

 

「いつも魔翼を整備して頂き、ありがとうございます!!お陰で今まで安心して魔翼を操る事が出来ました。感謝しておりますっ!!」

 

 そう言うと中島へと敬礼する八重と、それに続く第二班班員達。

 

 うら若き少女達。

 

 中島は自分の娘くらいの年齢であるその少女達が生きて帰ってこない事を知っている。

 

 その事を思うと目頭が熱くなってくる。

 

 男の自分ではなく、何故、この様な少女達が……

 

 ぐっと涙を堪える中島。そして、第二班へ深々と頭を下げた。

 

「良いかっ、この突撃に祖国の未来が掛かっている!!心して任務に挑めっ!!」

 

「はいっ!!」

 

 隊長である美彌子の言葉に第二班の全員が大きな声で返事をすると、それぞれ魔翼へと乗り込んだ。

 

 魔翼の操縦席から、見送る美彌子や中島達へと敬礼する八重。

 

 そして、ゆっくりと魔翼がうごきだし、一機、また一機と飛び立って行った。

 

 空高く飛ぶ魔翼。

 

 その眼下には祖国の美しい田畑や山々が見える。その中に、八重の故郷であるあの山村もあった。

 

 この美しい祖国を……故郷を必ず守る。

 

 その風景を見た八重は改めて心に誓った。

 

 しばらく飛行を続けていると、突撃目標である敵国司令本部が遠くに見えてきた。たくさんの砲台に守られている。

 

 目標を確認した八重が自国の魔翼航空隊へと無線を飛ばした。

 

「目標確認……只今より突撃開始。これで通信は切ります。それでは、皆様、お元気で」

 

 カチリ……

 

 これで魔翼同士の無線以外は切れた。

 

 その時である。

 

 司令本部を守る砲台から砲撃が開始された。

 

 止むことのない砲撃。

 

 それをかい潜り応戦する第二班。

 

 しかし、その砲撃の多さは、司令本部を守る最後の砦だけあって半端な数ではなかった。

 

 そこに敵国魔翼も参戦。

 

 次第に撃ち落とされていく味方の魔翼。

 

 それでも一矢報いようと、墜落しながらも砲台へと突っ込み、爆発音と共に散っていく。

 

 そんな時に、副班長である真弓の魔翼が敵国魔翼の攻撃で翼に被弾した。

 

「八重班長……お先に失礼します」

 

 無線から聞こえる真弓の声。真弓の魔翼へ視線を向けると、真弓が八重へと敬礼し微笑んでいた。

 

 そして、隊列から離れ魔翼の向きを変えると、爆撃してきた敵国魔翼を撃ち落とし、自らも魔翼で砲台へと体当たりしていった。

 

「真弓……私も直ぐに行きます」

 

 気づけば第二班の魔翼は八重だけになっていた。

 

 砲撃を躱し、敵国魔翼を撃ち落とし、司令本部が目の前に見えた。

 

「うわぁぁぁぁぁ——っ!!」

 

 ありったけの魔力を解放しスピードを上げる魔翼。

 

 みしみしと機体が悲鳴を上げ始めている。

 

 それでもなお、魔力上昇を止めない八重。

 

 ——そして

 

 八重の操縦する魔翼が敵国司令本部へと激突した。

 

 轟音と共に天高くあがる火柱。

 

 ゆらゆらと登っていく煙。

 

 八重達、第二班の命をかけた突撃が成功した。

 

「金沢八重班長率いる第二班の突撃成功。敵国司令本部は壊滅。繰り返す……金沢八重班長の……」

 

 航空隊本部が沸き立った。

 

 その無線を聞いた美彌子が無線を掴んだ。

 

「待機している魔翼機動隊へ告ぐ。これより総員出動せよ」

 

 格納庫から、そして、第二班の後方で待機していた魔翼機動隊の隊員達が一斉に敵国へと向かい、空爆を開始した。






 拝啓


 お父様、お母様、少しも親孝行が出来ないまま、私はこの日を迎えることとなりました。それだけが、私の心残りです。


 十七年間、私は幸せいっぱいに輝き生きて参ることが出来ました。これもお二人が私にたくさんの愛情を注いで育ててくれたお陰です。感謝の気持ちは言葉では伝えきれません。


 もうすぐ、この戦いも終わるでしょう。故郷にも平和が必ず訪れます。そしたら、お二人の心の中から私の記憶を消してください。私の事は忘れて、幸せに生きてください。


 私は、故郷の山々が好きです。あのどこまでも広がる緑の高原が、そこに吹く優しい風が大好きです。そこに住む人々、優しい瞳、笑顔、私は故郷の全てを愛しています。思い出のたくさん詰まった美しきこの故郷を消させません。私は故郷を、皆の笑顔を守る為に行ってきます。


 そして、最後に姉さんへお伝え下さい。

 

 私はあなたを誇りに思っています。

 

 私はあなたの妹でありとても、とても幸せでした。

 

 とても厳しかった姉さん。

 

 誰よりも優しく、暖かかった姉さん。

 

 あなたとの掛け替えのない思い出が私の宝物でした。

 

 それでは、どうぞ病など召しませぬよう、どうかお二人共お元気で。






 長かった戦争は多くの国を疲弊させ、傷跡を多く残しながらも終わりを迎えた。

 

 八重達の犠牲もあり、敗戦を免れ、和解のテーブルにつけたこの国は現在、復興に向かって歩き始めている。

 

 とある小高い丘の上に、魔翼特別攻撃隊の慰霊碑が立てられた。そして、慰霊碑の前にある石碑には、この戦争で突撃し死んでいった少女達の名前が掘ってある。

 

 その慰霊碑に一人の女性が花束を抱えやってきた。二十代前半と思われる女性。

 

 その女性は慰霊碑前の石碑に花束を捧げると、掘ってある一人の少女の名前を指でなぞった。

 

 第二班班長 金沢八重 享年十七才

 

 「八重……」

 

 何度も何度もなぞる女性、美彌子。

 

「私はあなたを死なす為に厳しくしたのではなかったのに……」

 

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。

 

 八重の死を聞いた時も、その晩に寝室で一人になった時も、父母へ八重の死を伝えた時も、決して涙を見せなかった美彌子が、慰霊碑を前に大粒の涙を流している。

 

「八重、お前は魔翼特別攻撃隊に志願した事を後悔していないか?」

 

「してませんよ……逆に私の命でこの戦争を終わらせれるなら……祖国の礎となり、また平和に戻れるのなら……私は光栄です」

 

 そう言い微笑んだ八重の顔を今でもはっきりと思い出せる美彌子。

 

「八重……もう少し姉妹としてお前と……」

 

 静かな丘の上に美彌子の嗚咽だけが聞こえる。

 

 

 

 この国の平和の為に、美しい祖国を守る為に散っていった少女達。それを非難する声もある。

 

 しかし、少女達は信じていた。

 

 自分の命で守れるものがある事を。

 

 そして、知っていた。

 

 誰よりもその命の尊さを。

 

 だから、少女達はその若き命を散らしたのだ。

 

 あなたはその少女達を愚か者だと笑いますか?

 

 あなたはその少女達の死に急いだ姿を笑いますか?

 

 平和という言葉の重み。

 

 その裏にある多くの犠牲。

 

 忘れてはいけない。

 

 祖国の平和を、明るい未来さきを信じ殉じて逝った少女達がいた事を。

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