ソロアンチ

狼二世

我、孤軍奮闘せり

 なんで私はここに居るんだろう。

 狭い部屋の中、型落ちしたモニターに向き合って何をやってるんだろう。

 分かってる。全部アイツのせいだ。

 許せない。絶対に許せない。

 私をここに追いやったアイツを許さない。


◇◇◇


 私には自慢の姉が二人いた。

 血縁関係があるんじゃなくて、勝手にお姉ちゃんと呼んでいた年上の二人組。

 名前も思い出したくない……今の呼び名はAとBとかそんな記号だけだ。

 二人のことは最初から嫌ってたわけじゃない。

 中学校に入るくらいまでは、毎日放課後遊んでいるくらいだった。

 二人とも、勉強も運動も出来て、同性の私から見ても整った容姿をしていた。でも、驕ったところなんて無くて、たまたま家が近かっただけの私がしつこく後ろを追いかけても、笑って待っていてくれていた。


 おおよそ、完璧な女の子。まさしく才色兼備の美少女。

 だからだろうか、二人が中学校に上がった頃、芸能事務所にスカウトされたんだ。


 最初は、一緒に遊ぶ時間が無くなるのが寂しかった。でも、二人が頑張っているって聞いて一生懸命応援した。

 そうして、半年くらい過ぎた頃に育成も兼ねたグループのメンバーとしてデビューした……Aだけが。


 Aがアイドル誌で紹介された日、私は無邪気にもBの前にその本を持って行った。

 後悔した。張り付いた笑顔に色のない声でAを褒めるBの顔を見て、自分の無神経さに嫌気がさした。


◆◆◆


 それから、AもBも変わってしまった。

 Aはいつにもまして忙しくて、私たちと顔を合わせることもない。

 たまたま休みの日が重なった時に尋ねたら、迷惑そうな顔で追い返された。

 Bは、いつも無理をしているような顔になった。

 勉強も運動も一番だったのに、普通の子よりも悪くなってしまった。


 誰が悪いんだろう。

 私が大好きだった二人を奪ったのは誰だったんだろう。

 誰が、私たちを変えてしまったんだろう。


 Aは一人で勝手に人気になっていく。

 それはいい事の筈なのに、私の胸には何かが引っかかっている。


◆◆◆


 ある日、Bが慌てて私に声をかけた。持っていたのは電車に広告を出すような週刊誌。

 Aが、不正を行っていたと言うような見出しの記事だった。


「いつか、こうなると思ってた」


 Bが言った言葉で私は理解した。

 Aが変わってしまったから、こうなったんだ。

 Aが悪いんだ。


 マグマのように私の心臓が熱くなる。

 熱源は怒りだ。でも、この怒りをどこにぶつければいいんだろう。

 友達に言う? 家族に言う?

 いや、そんなことをしたら白い目で見られるのは自分だ。

 じゃあ、自分を知らない誰かならどうだろう。


 匿名の、顔も名前もない場所ならどうだろう。


 辿り着いたのは流行りのSNS。Aに対する文句を駆け並べたら、「いいね」の数が一気に二桁増えた。


◆◆◆


 その日から、私の日々は変わった。

 自分が使えるネットワークを駆使してAの悪い噂を集める。

 集めた情報を匿名のコミュニティに投稿する。そうすれば数十個の反応が返ってくる。


「こういう悪いところは、直してほしいよね」


 そう、悪いことを指摘するのはあの子のため。本当ならこんなことを言わなくてもいいのが一番。

 だって、みんなも同意してくれるでしょ。


 ふと、別の記事が目に入った。内容はAを擁護するもの。

 数千もの反応があるけど、みんなバカみたい。綺麗ごとにならすぐ食いつくんだもん。


◆◆◆


 半年くらい過ぎたころ、Aが音楽フェスに出ると言う情報が入って来た。

 匿名掲示板を見ると、やっぱり反対意見ばかり。

 もう辞めてしまえばいいと思うのに。最初に悪評が付いたのなら払拭なんて簡単に出来ることじゃない。

 ほら、そんなことを書いたらまた数十件の反応があった。

 みんなもそう思うよね。


「私はずっと言い続けるよ」


 コメントが帰って来た。自分を貫いてる貴女が素晴らしいって……ふふ、ありがとう。

 だから、Aに対する絶賛のコメントなんて間違いなんだ。


◆◆◆


 一年が過ぎたころ、私の記事に対する反応が鈍くなってきた。

 反比例するように、Aはどんどん活動の幅を広げていく。

 その頃、Bの様子も変わった。Aの事を認めるようなことを言い始めた。

 私は失望した。

 Bも、他の有象無象と同じようにAに篭絡されたのだ。

 そんなのは間違ってる。全部間違ってる。


 いつまでやってるんだ?


 誰かがそんなことを言った気がする。

 でも、聞く必要なんてない。私は間違っていないのだから。


◇◇◇


 なんで私はここに居るんだろう。

 青春の全ては行き場のない怒りを発散するだけで終わってしまった。

 Aに文句を言っているのは私だけ。

 私は一人、戦い続ける。


 世界中の人がアイツを認めても私は認めない。


 どうして?

 許せないから?

 何が許せないの?

 振り上げた拳の降ろし方を知らないから?

 自分が間違ってるのを認めるのが怖いから?


 いや、違う。そんな訳がない。

 こんなのは悪い幻覚だ。いや、もしかしたら新手の催眠兵器なのかもしれない。

 私は、間違っていない。


 でも、戦うのは辛いんだ。

 夢だったら、いつか覚めてほしい。


《了》 

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