第4話 俺の和平交渉は間違っていた。

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────08:21────

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 電話が鳴り響いている。

 洞窟内に反響する機械的振動音。

 全くもって似合ってない。



 クトルがイラ付いてるのがわかる。

 ペッと斜め下に墨を出した。

 おいおい、おっさんかよお前。


 目の前のゴブリンもそろそろしびれを切らしてこちらに近づいてきた。というかスマホの着信音にびっくりしてただけじゃないのか。


 しかし、この中で一番待たせて怖いのは幼馴染の花澄だ。


 状況的に電話を切ってしまったが、ここから帰ることが出来たら何を言われるか分かったもんじゃない。


 今この時に、取るべき最善の選択肢は────。


「よし、話し合おうぜ」


「ギィ?」


 文明の力を信じることにした。

 携帯電話が圏外でも使えたんだ。


 人の形をしてる以上、ヤツにも知能はあるはずだ。

 害がないと分かって欲しい。


 それに前例もある、クトルとも握手出来た。


 俺はゴブリンが投げ、壁に刺さった短剣を片手で引き抜き笑顔を作る。

 害がないことを証明するかのように、もう片方の手で握手のポーズをゴブリンに向けた。


 クトルが横目でじぃっとこちらを見てくるがスルー。


 そしてゴブリンは完全に怒ってしまったようだ。


「ギャアアアァァ!!」


 欺瞞に満ちた平和的解決は此処に終了した。


 あとは戦争あるのみ。


 ヤツは武器を持っていない。

 ビギナーズラックか、そもそもアイツの命中率が低いのかは知らないが、勝てる見込みは出来ている。


 余裕を見せ付けるように短剣をゴブリンの首元に構えて、ヤツの動きを静止させた。


 無礼者に一度だけ、恩赦を与えてやる。


「落ち着け、オマエにも家族がいるだろ」


 居ても全然興味はないんだが。


 こちらの幼馴染はもうそろそろ待ってくれないハズだ。


 電話の着信は既に2回ほど鳴り響いている。

 仏の顔も三度まで。

 次で出なければ、何が待っているか分からない。


 ────ピッ。


「はい、もしもし」


「もー! マスくんやっと出てくれたっ」


 平然と美少女の声音で話せる対応力。

 でも、すぐにボロが出るのを俺は知っている。


「……で、圏外なんだけど何で?」


 電話に出る前にチラ見して確認してある。

 やっぱり圏外だったんだ。


「他のおん……勇者さんと会って、マスくんの居場所を聞いたの。そしたら私のスマホに魔法を掛けてくれてね」


「ッ───────」


 言い直したことよりも、スマホに魔法が掛けられることに脱帽して言葉を失う。


「マスくん?」


「……そいつ全裸だったか?」


「うん! 服は着てなかったけど、どうして?

 もしかしてみとれ────」


 大丈夫。まるで露出狂を何事かもなかったように言うが、花澄は服を着ているはずだ。

 ちょっと常識がないだけなんだ。


「今さ!!! ちょっと地下にいて……その露出狂、ダンジョンについて何か言ってないのか?」


「そっか、地下なんだね。どうりで解らない訳だ。ダンジョン? ゲームのこと?」


 きてはいけない追及がきた。

 花澄は嘘をつかれることを一番嫌う。


 嘘がバレると香澄は最低一ヶ月ぐらい口を利いてくれないが、何故か寝る時だけはべったり同じ布団の中に入ってくる謎の行動パターンを取る。


 帰ってからの自由気ままなフリーター生活がおじゃんになるぞ。


 だから無言を貫くか、彼女のミスリードを誘うしかない。


「そんなとこだ……と思う。そう、ゲームかな」


「ふ〜ん? それで、地下ってどの辺なのかな?」


 言えない……。

 山手線の内側、東京の真ん中に穴が開く前に俺の胃に穴が開きそう。

 

 花澄には散々守られてきた。

 来たら死ぬかもしれない。いや、死ぬ確率の方が高いだろう。


 俺が黙っていると、ずっと待たせていたタコのクトルが墨を自分の足に吐き出し、丁寧に二本の足を擦り始めた。


 目が完全に何かを企んでいる。


 ────ヌチャヌチャ


 卑猥な音が洞窟に木霊する。

 おい、このタコ、まじでやめろ。


「……マスくん? 何してるの?」


 ゴブリンは突きつけられた短剣とクトルを交互に見つつも、少し引いている様子。


「はは、ちょっと拾ったペットとね……」


「ナニソレ、どこなの? 行くよ私」


 声のトーンが高い美少女ボイスから低音強めに変わった。地声がどちらかは知らない。


「それは勘弁」


「じゃあお父さんに言って、マスくん養子にしてもらうね」


「それも勘弁、来たら危ないから」


 ────パシ、パシンッ


 このタコ、鞭みたいに足をしならせて壁を叩きやがった。いい音なるじゃねぇか。


「マ・ス・く・ん?」


「誤解するな。絶対に違うからな」


 SM好きなんて誤解を受ければ、花澄は色んな物を用意しかねない。絶対にあってはいけない。


「はいはい。もう最後ののとこまで来ちゃった。この穴の中ってことだね」


 うん……? もしかして、今あの公園にいるのか。

 というか、位置座標だと。

 それも全裸野郎の仕業か、それとも……。


「────は? 駄目だっ!! 入ってくるな!」


「ヤダ」


 ────ピッ。


 電話は切られた。

 結局、一番回避したかった状況になってしまった。


 まだゴブリンとは硬直状態が続いている。

 クトルは嬉しそうに全身で謎の舞を踊っている。


「覚えていろ、鰹節を乗せて食べてやるからな」


 そして早くも後ろから、リズミカルにスキップする足音が聴こえてきた。


 暗い洞窟には全く似合わない、可愛らしい鼻歌付き。

 足元を懐中電灯で照らしてもそんなにスピード出ないだろ。


「マスくん!来たよー」


「はぁ……来てしまったのか、ってちょま」


 ここに来るまで旅館の仕事を手伝っていたようだ。

 赤と黄色の花模様が綺麗な着物を着ている黒髪美少女は、楽しそうにそのまま俺の横まで来た。

 

「この剣強そう!」

 

 何食わぬ顔で両手で聖剣を拾い上げ、横持ちにした。


 筋力値が足りてるのか、そもそもリアルステータスなのか……。

 とにかく物騒すぎる組合せとしか思えない。


「勇者のやつだぞ、それ」


 聖剣によって照らされた艶髪と着物は洞窟内ではあまりに非現実的な絵面。


 そして可愛く首を傾けて、質問がきた。


「え? そうなんだ……私が勇者さんから貰ったのは番号と略称だけだったのに! マスくんは何だった? ああも〜っ────邪魔ッ」


 一閃、目の前で稲妻が光った。


 バターのように聖剣で真っ二つにされたゴブリン。

 内臓が飛び散って当たりそうになるかと思ったが、ただただグロテスクな断面図が見えるだけ。


 それを見たクトルは俺の背中に隠れてしまった。

 間違いない、見つかったら殺される。

 卑猥な音の張本人はコイツだからな。


 香澄のステータスを確認したいってのに……。


 まぁ、ここはクールに行こう。

 これぐらい俺もやれた感を出すんだ。

 先輩風を吹かして尊厳を保つぞ。


「…………俺の冒険者番号は-1(マイナスイチ)、略称は──カリス。

 どちらも勇者には付けられてない特別製だ」


 俺の言葉にまた花澄は頭を傾けた。

 曰く、勇者が付ける略称は本名と番号を文字ってつけると本人が言っていたとのことだ。


「まぁいっか、私の冒険者番号は0(ゼロ)、

 略称は──ゼロカ。

 世界救済の名の下に、とことん付いていくからね」



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────13:44────

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俺の世界救済は間違っていた。 荒ぶる米粒 @mafukal

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