第15話:ダイブは彼女が生きるために

 結局、この洞窟にはヴォルフェンは存在しない――

 その確認ができて、俺たちはダンジョンを抜けることになった。


 ただ、出口が近いというチビの案内でもう少し奥に進んだら、ハイヴォルフェンの群れがいたんだ。

 みんな、外で見る大柄のオスとは違って、俺たち人間とそれほど体格に差がないことが分かった。どうも、メスのほうが小柄らしい。

 ものすごく警戒されたけど、チビが、そして黒頭のヤツが自分の命の恩人だからと訴えると、一応は警戒を解いてくれた。


 灰色粘獣――グレイウーズとの戦いは、本当に生存をかけたものだったようだ。

 咬傷と酸による潰瘍がいまだ癒えない若いメス、片耳や片腕を亡くした子供、なんてのもいた。


 セファは特殊な【技】は使えても、傷をいやす法術を知らない。俺は女法術師に頼み込んで、重症者の傷に限って、治癒術を施してもらうことにした。


 ……だって、なあ。

 チビが、どうしようもなく、辛そうな顔をしてたから。


 チビのヤツ、群れに戻ると、やっぱりリーダーとしての責任を感じてしまうのと、それともう一つ、俺が、チビのことをオスだと思ってたのがものすごくショックだったってのがダブルで辛かったみたいで。


 それで、どうにも罪悪感がぬぐえなくて、それで頼んだんだ。

 その代わり、粘獣討伐の報酬は、三人組のものにすることになった。それはとても痛いことだったけど、チビが悲しそうにしてるのを見るのは、こっちも、どうにもやりきれなかったのだ。




 群れの連中は、俺たち――とくに治癒術で幾人かの治療に当たった女法術師への感謝がすごくって、群れを出るときには、女法術師のヤツ、いろんなケモノの牙とか毛皮とかをもらっていた。売ればそれなりの額にはなるだろう。一つくらいくれたっていいのに。


 ただ、食べ物には本当に困っていたようだ。とりあえず持っている食糧をできるだけ分けたうえで、俺は、個人的な伝手つてを当たって、ハイヴォルフェンのオスにここを紹介することを、チビの「あねさま」に約束をしておいた。


 全然期待されていない様子だったのが少し悔しいが、結果の保証もない口約束でしかないのだから、群れを率いるリーダーとしては、俺の言葉一つに一喜一憂などしていられなかったんだろう。




 群れを抜けようとするチビは、やっぱり群れのみんなに引き留められた。まだ子供ながら、慕われてはいたみたいだ。

 けど、チビは俺について行く、と言って聞かなかった。


「ご主人さまがボクに優しくしてくれたのは、間違いないから」

「いや、マジで残っていいっていうか、無理についてこなくていいから」


 心の底から真剣に言ったんだけど、チビは冗談だとしか受け止めてくれなかった。


「ボク、ちゃんと媒酌の前で、子作りを求めたでしょ? もう、あのときからボクはご主人さまのものだから。ハイヴォルフェンのメスの一途さ、甘く見ないでね?」


 チビは冗談めかして言ってみせたけど、たぶん、滅茶苦茶本気なんだろう。組んできた腕ががっちり過ぎて、びくともしないんだけど。


「チビ、しゅー君のものなのはセファだから。わきまえて」

「セファは、ご主人さまの妹分なんでしょ? その立場、ボクは尊重するよ? だってボクは、ご主人さまの忠実なる愛のしもべだから。ご主人さまの仔はボクが産んであげるから、任せて」


 誰が、誰の子供を産む気だ。

 セファは論外だが、チビ、お前も論外だ。

 どう見たって遺伝子が噛み合うわけないだろ。




「まったく、骨折り損のくたびれ儲けだったよ!」


 そう言いながら、冒険者ギルドの戸に手をかける女法術師。だけど、ニヤケ顔を隠しきれてないぞアンタ。ハイヴォルフェンの連中から貰った牙や毛皮が、かなり高く売れたからって。

 事務処理も終わった三人は、これから街に出てぱーっと酒でも飲んでくるらしい。


 討伐履歴に粘獣を加えることについても、実に満足げな三人だった。難敵の粘獣を撃破したことは、随分な評価アップにつながったらしい。


 ……いや、粘獣を倒すのに貢献したの、俺だからな?

 女法術師シュトルティも貢献度高いし、チビハーシェが囮になってくれたから俺たちの被害が少なかったわけで貢献度は最大級だったけど、戦士野郎ドンカーフ森林族野郎リスイネンも、お前らなんにもしなかったからな?


闇喰いファイク。――その、いろいろ言って、悪かった」


 戦士男――ドンカーフが、ギルドを出るときに、ぼそりと言った。


洞窟冒険者ダイバーは戦えない――そう思い込んでいた、オレの間違いだ。丸腰で粘獣に立ち向かったお前の勇気は忘れない」


 そう言って、手を差し出してくる。


「それにお前、あの黒頭を大して傷つけずに倒したな。あの、壁を蹴って上から襲ってくるような相手を。なかなかできることじゃない」


 俺も手を差し出すと、ドンカーフは手をしっかりと握った。


闇喰いファイク――いや、お前、名は何という?」

「……シュート。渓部ケイブ秀人シュートだ」

「シュート、か。そういえば、そこの恋人さんが『しゅー君』と呼んでいたな」


 恋人と呼ばれて、隣のセファが腰を手に当て「んふーっ!」とふんぞり返る。

 それを見て笑うと、改めてドンカーフは手に力を込めた。


「もしまた機会があったら、一緒に潜ろう。また助けてくれると、オレ、嬉しい」

「……そのときは、また、よろしく」


 戻って来たシュトルティに「さっさとおしよ!」と頭を叩かれて、ドンカーフは苦笑いを浮かべながら小さく手を振り、そして、三人で雑踏に消えていった。




「それにしても、闇喰いファイクがメンバーを減らさず帰ってくるのは珍しい――というか、増やして帰ってくるのは初めてだな」


 支部長オヤジが、カウンターでグラスを磨きながら言う。


「ハイヴォルフェンの子供自体、初めて目にしたが、それを連れた冒険者なんて見るのも、また初めてだ。それもこんな真っ白な奴なんて。全部、初見尽くしだな」

「綺麗だろ?」


 俺の返答に、オヤジは目を点にし、そして、豪快に笑った。


「……まさか、闇喰いファイクが仲間自慢をするとは思わなかった!」


 チビが嬉しそうに顔を上げると「だって、ボクのご主人さまですから!」としっぽをゆらす。


「ご主人様、ねえ……? おいボウズ、闇喰いファイクはどんなご主人なんだ? ちょっと聞かせてくれ」


 オヤジは干し肉を取り出してぷらぷらさせてみせるが、チビの奴は小首をかしげ、そして言った。


「その肉はなんですか? ボクに、ご主人さまの話をしろって意味ですか?」

「まあ、そういうことだ。ボウズ、お前のご主人様って奴は、今回どんなことをやってきたんだ?」


 するとチビは、俺の方を見る。

 許可を求めているのか? 好きにしろ。


「……ええと、ボクを、にしてくれました!」


 ブ――ッ!!

 思いっきりむせる。

 聞いた支部長オヤジも固まってる。


「髪を切ってくださって、子作りを求められて、そして『俺のそばを離れるな』って……! おまけに『誰が何と呼ぼうと俺はお前をハーシェと呼ぶ』だなんて! ああもう、ボクはボクのすべてをご主人さまのものにされたんだって!」


 俺はむせながら、両手で頬を押さえてふりふりしているチビの首根っこをつかんで部屋の隅に引きずっていくと、声を潜めて問うた。


「待て、とんでもないこと口走るな。俺が、いつ、そんな――」

「はい、あの洞窟で。の全てをしていただきました!」

「……しゅー君?」


 いつの間にか【空間転移】をして背後に立っていたセファが、俺の首に手をかける。


「しゅー君、つがいの儀式って、なに? 子作りを求めるって、なに?」

「ま、まてセファ! く、くび、し、ま……」




 よりにもよって、くだらない痴話げんかのために地上で【空間転移】なんてことをやらかし、そのために魔素マナ切れを起こしてしまったセファを担いで、俺はギルドの地下牢に飛び込んだ。

 だからいま、このかび臭い部屋で、レディアント銀の結晶をセファの下腹に当てるようにして、彼女を抱きしめている。

 ハーシェは、隣で丸くなって眠っている。さっきまで、動かなくなったセファをずいぶん心配していた。


 ――冷たい体だ。

 魔素マナさえ十分なら、こんなことをする必要もないのに。

 本当はダンジョン、それも深いところなら魔素が豊富だから、多少やんちゃをしてもこんなことしなくて済むんだが。


 レディアント銀の結晶は、純度が高いほど魔素マナを取り込み蓄え、そして青く光る。セファは、魔素マナがほとんどない地上ではレディアント銀の結晶に触れることで、そこから少しずつ魔素マナを取り込む。


 セファにとって、純度の高いレディアント銀の結晶はモバイルバッテリーみたいなもので、そしていざという時の命綱だ。

 この前の仕事で手に入れたヤツが、もう必要になるとは思わなかった。


 セファの下腹には、ハートのような青く光る文様が、うっすらと浮かび上がっている。ハートの上部からはさらに枝のようなものが伸びて、楕円形の複雑な文様を両脇に抱え込むような構造の紋様だ。


 この紋様は普段は見えないように隠しているらしいんだが、セファが【技】や法術を使うとき、そして隠せないほど魔素を消耗してしまったときに、鮮やかなピンク色で浮かび上がる。


 下腹――へその下に表れること、【技】や法術を使う時には青く光り輝くことから、よく分からないがたぶん、古武道でいうところの「臍下せいか丹田たんでん」という奴なんだろう。気合を入れる場所、みたいな。


 実際、このハートの中央辺りにレディアント銀の結晶を置くと、効率よく魔素マナを取り込むことができるらしい。


「……しゅー君?」


 ああ、ようやく目を覚ましたか。

 体はまだ冷たいが、意識は取り戻せたらしい。よかった、と、心底安堵する。


「しゅー君……ごめんね?」


 いつものツンツンした態度ではない。彼女には珍しい、しおらしい様子だ。


「……珍しいな。セファが皮肉を言わないなんて」

「もう言わないよ……だって、セファは、しゅー君、の……」


 そのまま、何かを言ったようだが、結局エネルギー切れだったみたいで、また、眠ってしまった。お腹の紋様も、隠しきれずに鮮やかに表れてしまっている。また、時間をかけて魔素マナを取り込まなきゃならないのだろう。




 この世界に放り出されて、セファと出会って、それで俺は、まともに地上で生活できなくなってしまった。

 でも、セファのおかげで、俺はこの世界で生きていけるんだ。一蓮托生ってやつ。


 つんけんしてみせてる、意地っ張りで、でも寂しがりやな、妹みたいな女の子。

 それが、セファ。

 コイツが動けるようになったら、またダンジョンに潜ろう。そうすれば、またコイツは元気になれる。美味いものを食わせる約束は、その後だ。




 俺は渓部たにべ秀人しゅうと。日本生まれ、日本育ちの高校生――だった。

 天然洞窟探検家スペランカーの父親に鍛えられたおかげで、何の因果か、ただ生還してくるだけなのに今じゃ異能扱いの洞窟冒険者ダンジョンタイバー

 けれど、俺の洞窟探索ダイブは、彼女が――セファが生きるための手段に過ぎない。

 それが、この世界での俺の生き方だ。


 セファの寝息を確かめてほっとしながら、次に思いをはせて、俺も目を閉じた。

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ダンジョンダイバーズ!!~異能と呼ばれる特級冒険者ですが、俺はこのコのために仕方なく潜ってるだけなんです!~ 狐月 耀藍 @kitunetuki_youran

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