第14話︰丸見えのセファと違ってハーシェって

「……セファ! 【痛覚遮断】、頼む! あとハーシェの回収!」


 その瞬間だった。

 いつものように・・・・・・・、セファが、そこに――俺の背後に、


「頼まれました」


 うなじへの、口づけ。


「しゅー君への、私の愛。……今度こそお礼、期待してる」


 ふっと、背中の革鎧越しに感じていた彼女が消える。俺の腕の中にいた、チビと共に。


「……サンキュ」


 例の鍾乳石の影に、チビと共に再び姿を現したセファ。チビの胸に耳を当て、半目の無表情のまま、親指を立てるサムズアップ

 動揺のせいでチビの生死確認ができてなかったけど、チビは確かに無事のようだ。


「お礼、期待してる。今度こそ」

「美味いもん食わせてやるよ」


 セファがぷーっと頬を膨らませたのを確認して、俺は改めて黒頭に向き直る。黒頭は、俺の腕からチビが消えたのを見て狼狽していたようだったが、セファの腕の中にチビの姿を確認し、どこか安堵した様子を見せた。


「そんなに心配するなら、最初からチビを――ハーシェをぶん殴るんじゃねえよ!」

「うるさい。うるさい! お前悪い、全部お前のせい!」


 再び飛び込んできた奴のその足元を、杖を多節棍に戻して薙ぎ払う!

 瞬時に横っ飛びに高く跳躍した奴は、そのまま壁の鍾乳石を蹴ると再び飛び込んできた。


 空中では軌道を変えることなどできまい!

 飛び込んでくる軌道を狙って棍を鞭の如く振り回す!

 奴は空中で器用に身をよじって腕で受け止めるが、連節棍の恐ろしさは一部を受け止めても、その先がかえって加速し想定外の場所を襲うこと!

 絡みついてきた先端に背中を強打されてバランスを崩した黒頭は地面に転倒、そのまま転げるように俺の間合いから退避――かと思いきや即座に反転、地面を蹴って突進!

 かわし切れず、かろうじて盾で棍棒の一撃を受け止めるが、支えきれずに今度はこちらが転倒する。


 そこに振り上げられた棍棒!


「クソ……がっ!」


 背を丸めて一気に足を突き出すと、黒頭の腰にかろうじてヒット!

 よろけたところに、なりふり構わぬシールドチャージ! 思いきり鼻面に盾がヒットし、奴が転倒する。


 力は強くても体格は俺の肩ほどもないチビだ、質量差を舐めんなよ!

 ついでにこっちは痛覚遮断で、ダメージ由来の行動制限なし状態だ! あとでまとめて地獄を見るけど、それまでは骨折したりしない限り限界まで動けるんだよクソッたれめ!


 黒頭に馬乗りになると、俺はもう一度盾で殴りつけて棍棒を奪い取り、池に向かって放り投げる。だがそのために腰が浮いた瞬間、奴はするりと俺の下から抜け出ると俺の背中を蹴っ飛ばす!


 痛みは感じなくてもその衝撃はすさまじく、吹き飛ばされた俺は池に顔から突っ込む!


 思いっきり水を飲み込んで、俺はむせながら立ち上がると、再び飛び込んできた奴に胸を蹴りつけられ、そのまま再び水中に転倒する。


 ちくしょう、やられっぱなしだと思うなよ! 痛覚遮断状態スーパー・アーマー持ちのキャラの厄介さを思い知れ!


 俺はさらに蹴りたくってきた奴の打撃を一切無視して奴の首に多節棍を絡めると、そのまま奴ごと水中に倒れ込んだ。これにはさすがの黒頭も予想外だったようで、必死に俺から逃れようとする。だがもう遅い!


 水辺はすぐに断崖になっていて、池は数メートルの深さになっている。水は恐ろしく透明で、流れもほぼ全く感じられないが、水中までは地上に置いてあるランプの明かりが届かない。

 黒頭は、水中でも盛んに腕を振ってつかみかかって来る。凄まじいファイティング・スピリットだ。その手をかろうじて振り切ると、キックして突き放す!

 身長が一メートルほどのこの黒頭にとって、数メートルの深さがあり、底がほとんど見えない暗い水中は、極めて危険なフィールドなのは間違いない!


「……これで、どうだ……!」


 俺は水から顔を出し、咳き込みながらなんとか立ち上がる。重い体を引きずるように水から出ると、あらためて水面を凝視する。

 水から上がってしまうと、暗い水中にいるはずの黒頭の奴の姿を視認できない。顔を出してきたらぶん殴るつもりで、俺はワイヤーを引っ張ると、連節棍を十一フィート棒に切り替える。


 ……が、なかなか上がってこない。

 まさか、俺を水中に引きずり込む機会を狙っているのか?


 ……さすがに遅い。奴はハイヴォルフェンであって、カバでもワニでも河童でもないわけで……。


 水中に足を踏み入れたら、罠にハマって途端に引きずり込まれるのではないか――その恐怖に耐えながら一歩、また一歩と水中に戻る。




 果たして、奴は、水中に沈んで動かなくなっていた。




「くそっ……たれめ!」


 深さ三、四メートルほどの暗い水中に潜るのは、なかなか勇気が必要だった。そこからさらに担いで上がってくるのは、本当に大変だった。


 奴を逆さまにして胸を殴って水を吐き出させ、犬の口を何とかふさいで人工呼吸をし、体育で習った心肺蘇生法を試そうとしたところで、さらに大量の水を吐き出して、奴は咳き込みながら目を覚ました。


「全く、手間かけさせやがって!」


 法術は、怪我の治療はできても死人を何とかすることはできない。

 溺れた人間の場合、水を操って肺から抜き取る作業ができればいいが、そんな繊細なコントロールをできる人間は、そう多くないらしい。

 だから、破損した肉体を修復することで何とかなる火傷や刀傷などと違って、溺れた人間を法術で助けることは、本当に難しいのだという。「ヒール!」の一言でなんでも解決する、というわけにはいかないらしい。


 黒頭は、うなだれながらも上目遣いで俺を見た。

 案外素直に、負けたことを認めてくれたようだ。


「……お前、助けてくれた、覚えてる……」


 どうも、水中で、誰かに抱きあげられた、その感触は覚えているらしい。

 だけどな、本当に大変だったのはそのあとだったんだぞ、ちくしょうめ。


「いくらケンカをふっかけられたっつっても、女の子だからな。あのまま死なれてたら、後味悪い」

「女の、子……?」

「男は女の子に優しくしろってな。俺の親父の受け売り」

「しゅー君優しい、だから好き」

「はいはい、涙が出るほどうれしー言葉だね」


 セファの言葉を適当に流して手ぬぐいを受け取ると、黒頭の体をばっさばっさと拭いてやる。


「……ボウヤも本当に甘ちゃんだねえ。本当に溺れてたからよかったものの、この犬頭の罠だったら、どうするつもりだったのさ」


 女法術師が、呆れながらお茶の入ったカップを二つ、渡してくれた。一つを黒頭に渡す。

 黒頭はカップを受け取ると、湯気の立ち上るそのカップを不思議そうに眺めたあと、俺を見上げた。


「……オンナの子……?」

「お前に決まってるだろ黒頭。メスだよメス。いくらハイヴォルフェンっつっても、女の子に変わりはないんだしな」


 カップを傾ける俺に、チビが首を傾げた。


「ご主人さま、ティワティンは男の子だよ?」


 ……は?

 俺、カップに口をつけたまま、固まる。


「オレ、オス」


 オス。

 コイツが。

 黒頭が。

 オス。

 ……オス!?


「ぶっふぁっ! ゲホゲホッ!!」

「しゅー君、汚い」

「わっ、ご主人さま、大丈夫?」


 俺はしばらくむせまくったあと、黒頭に詰め寄った。


「おい! お前、この白チビの婚約者じゃなかったのかよ!」


 さっきまであんなに威勢のよかった黒頭は、俺の勢いに飲まれたか、それとも命の恩人に殺すなどと言えなくなったのか、耳を伏せてしっぽを丸め、身を縮めるようにして答える。


「ハシェキールェ、幼なじみ。オレ、大好き。つがう約束した……」

「だろ! だったら――」


 言いかけて、ここは日本ではないのだと気づく。

 というか、日本でも、同性カップルとか、自認している性と実際の性のずれとか、聞く話だ。戦国武将だって、そーいうのは戦場のたしなみみたいなものだって聞いたこともある。

 つまり、こいつらは――


「まさかとは思うけど……しゅー君。チビは、メスだよ?」

「……は?」


 思わず二度見する。


「……はあッ!?」


 嘘だろ!? チビが、メス!?


「……ご主人さま、まさか、ボクのこと、オスだって思ってたの……?」


 チビが、なんか傷ついたような顔をする。

 い、いや、だってお前、『ボク』だろ!? 自分のこと『ボク』って呼んでるじゃねえか!! だから俺はてっきり――


「……ボクはボクだよ……? あんなに体……胸も、お腹も、しっぽの裏まで見て、さわって……。それで知らなかったなんて、うそでしょう?」


 セファのジト目がものすごく痛い!


「……ボク、あのとき……『服従の姿勢を』って言われたとき、ご主人さまとつがうんだっておもって……。緑のひとを媒酌に、子作りをするんだって……。

 だからボク、子作りの姿勢で、しっぽのうらまで、ちゃんとみせて……」

「ギャース!」


 あの四つん這い、そういう意味だったのか!

 道理で森林族ガーヴェン野郎が言ってた『服従の姿勢』とは違ってたわけだよ!

 ていうか森林族ガーヴェン野郎が言ってたのは、ヴォルフェンを使役するための方法だったっけ、こいつらはハイヴォルフェン、そもそもアプローチ方法自体が間違ってたよちくしょうめ!


 俺の絶叫に、セファがうなだれるチビを抱きしめながら、氷よりも冷たいジト目で言った。


「……しゅー君、女の子の体まさぐって、女の子のも見てさわって、それでも女の子って分からなかったって、言い訳するの?」

「い、いや! その、触ったっていっても、武器を隠してないかとか、粘獣のカケラが残ってないかとかをさぐるためで! 下心とかは決して――」


 セファの目が、さらに細くなる。

 いや、その、汚いものを見るような目をやめろって!


「女の子の大事な所を触ったのに、気づかなかった?」

「そ、それは――」


 あからさまにチビが力なくうなだれて、セファがよしよしするように頭を撫でる。


「やっぱりしゅー君、最低」

「ほんとに気づいていなかっただけで! ってかほら、丸見えのセファと違ってハーシェってふわふわでモフモフだから……!」

「……セファと違ってボク、毛深いかもしれないけど、ご主人さまに指で触られて、あんなに近くで見られて……それでも、メスって思われてなかったの……?」

「しゅー君、言い訳が史上最悪最低」

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