俺、明日からソロ活始めます。

メラミ

その一言の勇気で、広がる世界。

 それは突然の連絡だった。ジュンは会社帰りに、通話アプリの通知欄を見て唖然あぜんした。涙目マークのスタンプの連投が続いていた。ヨリトからの連絡であった。

 彼は最後に一言、通知にこうコメントを残していた。


『彼女に振られました』


 ジュンは彼が落ち込んでいるに違いないと思って、後日彼と会う約束をした。


 日を改めて、ジュンはヨリトの家を訪問した。インターホンを押すと、ガチャリと静かに鍵の開ける音がした。彼はまだ落ち込んでいるようだが、なんとかやっていけてるみたいだ。


「ヨリト、大丈夫か?」

「……ああ」


 ヨリトの返事は元気がなさそうだった。ジュンをリビングまで案内して、お茶を手際よく用意する。何がいいかと聞かれて、とりあえず今あるものでいいとジュンは言ったので、彼は烏龍茶を用意してくれた。お互い向かい合わせになって、椅子に座った。


「災難だったな……」

「俺も悪いっちゃ悪いんだけどな。最近忙しかったし、相手できてなかったんだよな……」

「そっか……」


 ジュンは差し出された烏龍茶を一口飲んだ。彼女に振られたヨリトになんて声をかければいいのかわからず、暫く沈黙が続いた。ただ、ヨリトも気持ちを切り替えたいと思っていた。そんな彼の様子に、ジュンは最近雑誌で目にした「ソロ活」について彼に提案してみることにした。


「……あ、そういえばさ」

「ん?」

「ソロ活って聞いたことある? 俺最近知ってさ……」

「ああ、聞いたことあるけど。ソロ活ねえ……」


 ジュンはスマートフォンをいじりながら、ほらこういう感じでとヨリトにいろんな「ソロ活」があることを見せた。ついでに「ソロ活」をきっかけに出会いを掴んだ男性は多いという話もした。


「そーいうもんなのか。俺も今のうちかなぁ……」

「出会いのきっかけは人それぞれだよ。やってみたら、ソロ活」

「うん。ていうかさ、ジュンは彼女いるんだっけ?」

「えっ!? 急になんだよ」


 唐突に話を振られてしまい、ジュンは戸惑った。ここで隠し通すわけにもいかず、彼は年下の彼女がいることをヨリトに暴露した。相手の恋話を聞いたらなんとなく気持ちが昂ぶってしまうものだろうか。ヨリトはさっきまでの様子と打って変わって、陽気な表情を浮かべて、ジュンに話の続きを聞かせてとせがむ。


「なあ、どこで知り合ったの?」

「それは、言えない。絶対言えない」

「お前、内気な性格のくせにやってんなぁ」

「お前だって別に年齢=彼女いない歴じゃないだろ。またチャンスは巡ってくるって」

「そりゃそーだな。ポジティブ思考あざまーす」


(あ……あざます?)


 なんとかジュンの彼女との出会いの話は、ばらさずにかわすことができた。ジュンは話題を「ソロ活」に戻し、ヨリトに一人で国内旅行のツアーに参加するのも、楽しそうだという話を持ち掛ける。ヨリトは参加する気でいてくれているみたいだ。彼は自分のスマートフォンを触りながら、今後のスケジュールの確認をしていた。顔を上げてジュンにツアーの日時を確認すると、彼はすぐ予約した。


「え? もう予約したの?」

「ああ、うん」


 ジュンはヨリトの決意の速さに呆然となる。

 彼の「ソロ活」へのやる気度は本気らしい。


「というわけで、俺、明日からソロ活始めます!」


 ヨリトはそう言って、ジュンに提案された「ソロ活」をすぐ実行に移した。

 ジュンはヨリトの「ソロ活」をそっと見守ることにした。彼はホッと一息ついてヨリトの家を出て行った。新たな出会いを求めて動き出したヨリトを送り出すことができた。


 ツアーの内容は、一泊二日で房総半島を巡る旅というものだった。



 ツアー当日。ヨリトはバスで相席なった一人の女性に、勇気を出して声をかけた。同じく一人で参加していた彼女は、少し緊張気味だったが嬉しそうな笑みを浮かべていた。水族館へ向かうバスの中で、ヨリトは彼女とツアーを楽しもうと思っていた。


「よかったら、一緒に楽しみましょう!」

「ええ、そうですね」


 水族館に到着する。館内の自由時間行動は、彼女と一緒になって回ることにした。ヨリトと彼女はイルカのショーを見たりして、水族館を満喫した。

 再びバスに乗り込んだ。バスは旅館へと向かって行く。


 旅館での食事の席も、彼女と隣同士になる。食事をしている間に、話は弾んでいった。お互いのプライベートな話題を少しづつ話していくうちに、チャンスは巡ってきた。


「あの、もしよろしければ連絡先交換しませんか?」

「あ、はい! いいですよ、俺でよければぜひ!」


 ヨリトは彼女からの思いがけない一言に、ドキドキしながら返事をする。返事をしたと思ったら素早くスマートフォンを取り出し、お互い連絡先を交換した。勿論寝室は男女分かれていて、連絡先を交換したあとは、また一人一人になる。個室を利用している人もいて、お一人様も安心して楽しめるツアーというものだ。


 旅館で一日を終えると、一泊二日のツアーもあとは東京に向かうだけだ。

 帰りのバスの中でも、ヨリトは彼女の隣に座って会話を楽しんでいた。


「日帰りだとちょっときつい所だし、旅館で一泊できるのはいいですよね」

「そうですね。美味しいものも食べれたし、水族館も楽しかったわ」

「よかったら、今度お食事でも行きませんか?」

「いいですよ。いつにしましょうか?」


 ヨリトはツアーが終わったあとも、彼女と連絡を取り合っていた。

 ジュンはその後のヨリトとは暫く会っていなかった。だが、ヨリトの方から明るい知らせがやって来た。ヨリトはツアーで知り合った彼女と付き合い始めたらしい。

 ジュンはヨリトに「ソロ活」を提案したことで、彼に少し勇気を与えていたことを誇らしく思ったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺、明日からソロ活始めます。 メラミ @nyk-norose-nolife

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説