仁義なき女の戦い

チカチカ

1話完結。

キューティーウォリアー・ブレザースター。

一番星の光に導かれ、運命の恋に何度も巡り合いながら、ブレザーとミニスカートに身を包み、同じ宿命の仲間とともに悪の組織に立ち向かう。

決め台詞は「星に代わって説教よ!」


…かつて放映されたそのアニメは、全国津々浦々の少女の心をわしづかみにした。

ついでに、大きなお友だち(主に男性)の心もわしづかみにしたが、それは副産物というやつである。


少女たちの間では、「ブレスタ」ごっこが流行り、しかし、クラスの中の力関係がそのまま反映され、一番人気のなかったうぐいす色のウォリアー役になれればよい方で、クラスカースト最下位の少女は哀れにも決め技「スターカッター」にやられながら、「キューティーィィィ」などと叫んで倒れなければならず、少女たちは年齢一桁にして、己の社会的ポジションを自覚し、成長していく、そんな社会現象を巻き起こした……。


そしてそれから、25年。

私、佐々木涼子は大人の女性になった。

クラスカーストでは下から数えました方が早かった私だが、今では会社でお局、いや、重鎮と呼ばれ、課長も頭が上がらないくらいの地位を築いた。

かつて「ブレスタ」ごっこで悪の幹部役しかやれなかった私だが、その頃の経験を活かして?取引先に凄んでみせるのも、お手のもの。


そんな私が、密かにはまっているものがある。

なんと、放映25周年を記念して、「ブレスタ」グッズが再販されたのだ。

かつて販売されたものよりぐっとディテールに凝り、お値段もそれなり。

そう。完全に、リアタイ世代が大人になって、稼いだお金を落としてくれるのを狙っている。

くっ…阿漕な商売しやがって!

とは思うが、数々の変身アイテム、ステッキ、ロッドの魅力にはかなわない。


かくして私は、稼いだ給料を次々販売されるグッズにつぎ込み、家では高校時代の小豆色ジャージに身を包み、特売の惣菜を食べるはめになった。

しかし、これには訳がある。


あの頃。

「ブレスタ」がリアルに流行していたあの頃。

クラスを制していたのは、カースト最上位に位置していた、ミミちゃん。

ミミちゃんは、可愛くて頭がよくて明るくて、そして気が強かった。

生まれながらのカースト最上位ってやつだ。

ミミちゃんには誰も逆らえない。ミミちゃんが何かしていたわけではない。

だが、生まれながらの王者が持つ圧倒的なオーラに、女子は皆、自然と平伏するのだ。

当然、「ブレスタ」ごっこではミミちゃんが主人公、ブレザースターである。そして、販売されるグッズは、選ばれし者であるミミちゃんと、その取り巻きしか持つことを許されない。

無論、誕生日やらクリスマスやらお年玉やらでグッズを買うことはできた。

しかし、そんなことをして、どうなるというのか?選ばれし者以外の者が、グッズを持って「私もブレザースター~♪」などと言って温かく迎えられるか?

否。

現実は非情である。

それを愚かにも実行したクラスカースト下位のゆうちゃんは、しらーっとした女子の目に耐えられず、それ以降、グッズは家の物置にしまいこみ、自ら「キューティーィィィ」と叫んで倒れる役を買って出るようになった。


あの頃、クラスカースト下位の者は王者が持つグッズを憧れの目で見るしか許されなかったのだ。

そんな鬱屈した少女時代を過ごした私が、大人になった今、給料を再販グッズにつぎ込んで誰が私を責められようか。

かくして、グッズが発売される度に、私は近くのショッピングモールにあるおもちゃコーナーに足を運んでいた。


しかし最近になって困ったことになった。

「ブレスタ」が完全新作を掲げて映画になったのだ。

絵柄は昔の名残がありつつ、今風にブラッシュアップされ、リアタイ世代だけでなく、今の少女たちの心も人気も掴んでしまったという。

テレビでは、「プリティピュア」なる徒手空拳主体の魔法少女ものが根強い人気で、リアル少女たちの人気はまだまだそちらであるものの、映画ブームでグッズが売れに売れ、なかなか手に入りにくくなってしまったのだ。


そんなわけで、いつものモールの「映画化記念販売!みにブレスタとドラゴンの秘密の通信機」コーナーには、無情にも「完売御礼」という紙が貼られていた。


うーむ、困った……。これは限定品で、重販の見込みはない。ヤ○オクやメル○リなら手に入るかもしれないが、ただでさえ特売品を食べて飢えをしのいでいる有り様の私に、販売価格より格段にお高いそれに手を出す余裕はない。

諦めるか?しかし……しかし!

あの生意気だった、みにブレスタがドラゴンの少年と出会い、仄かな恋心を抱いて、彼のために戦う、その感動的かつ甘酸っぱいエピソードを象徴するあの通信機を細部まで完全再現したグッズ。

ここで、ここで諦めるわけには……。


くっ、仕方ない。あそこには足を運びたくなかったが…。

私は意を決して、ショッピングモールから歩いて30分、大型おもちゃ専用ショップ、トイ○らす

に向かった。


あ……あったぁぁぁ!あったよぉ、エイドリアーン!

心の中でガッツポーズを決めながら、私はよろよろと探し求めたグッズに近付いた。運動不足の体には、パンプスでの30分歩きは堪えた。

しかし神は我を見捨てなかった。

果たして、トイ○らすには、最後の一個とおぼしき通信機が残っていた。

ふふ……ひひ……私は疲れた足を奮い立たせて、スタスタと早足で通信機に向かっていき、手を伸ばした。

だが。

ふと、私は背後から視線を感じた。


うん?

嫌な予感がして振り向くと、そこには5、6歳くらいのお人形のように可愛い女の子が、お母さんとおぼしき女性の手を握って、そして、私を、いや、通信機をジーっと見つめていた。


お、お嬢ちゃん、あんたまさか、これがほしいのかい?

い、いや、君の世代は隣の「プリティピュア」だろ?ほらほら、新発売のブレスレット、可愛いよ~♪

などという私の淡い期待は、女の子の一言で打ち砕かれた。

「お母さん、えりちゃん、あのブレスタ、ほしいよ~」

や、やっぱり、そうか……。

しかし、しかしだなお嬢ちゃん、私はこれのために30分も歩いてだな……。

などと葛藤する私に、お母さんが追撃する!

「えりちゃん、あのお姉さんが買いたいみたいだよ。我慢しよう」

ぐわっ。

私より年下であろうお母さんの言葉が私のメンタルポイントを打ち砕く!50ポイントのダメージだ。

我慢。

我慢するべきは私ではないのか?大人もターゲットとはいえ、本来、ブレスタは「えりちゃん」のような少女が楽しむもの……。

しかし、しかし、これを逃すと次はいつ巡り会えるか……。

「え~、やだやだ、えりちゃん、ブレスタほしいよお!」

や、やばい、クリティカルヒット!

必殺、「お子ちゃま、やだもん攻撃」だ。

私のメンタルポイントに80のダメージ!


「あの……これ、どうぞ……」

仕方ない。もはや私に戦う力は残っていなかった。

「え、よろしいんですか?」

お母さんが遠慮がちに私に尋ねたが、

「はい、どうぞどうぞ」

と、どこぞのお笑いトリオのごとく譲るしか、私に残された道はなかった。

「ありがとうございます。ほら、えりちゃん、お姉さんにありがとうって言わなきゃ」

ああ、ええ人や、お母さん。絶対、私より年下だけど。

お母さんに促され、「えりちゃん」が私にトコトコ近付いてきた。

お母さんは既に通信機を抱えている。

お人形のように可愛い顔が私をぐっと見上げたので、私はえりちゃんが話しやすいようにしゃがんだ。

すると、

「ざんねんだったね」

と、鈴を鳴らすような可愛い声が私の耳元で囁いた。

……は ?

はあ !?

私が呆然としていると、えりちゃんはレジに向かって歩いているお母さんにトコトコと駆け寄り、お母さんの手を握りながら、私に向かって振り向いた。

そしてにんまりと笑った。その顔はとびきり可愛かった。

気のせいか、そのにんまり顔は、「スターカッター」を決めたときのミミちゃんに似ていた。


あ……あの、ガキィィィ!!!

負けた……負けたよ、あの年齢にして、あのガキ、自分のポジションってもんを分かっていやがる……。


かくして、私は25年経ってもなお、生まれながらのカーストの残酷さを味わった。


いや!いや、こんなことで挫けない!

まだヴィレッジヴァン○ードが開いているはずだ。ここから40分歩くけど。

そうとも、カーストなんかに負けてたまるか。

私は重い体を引きずって、夜の道を急いだ。

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