霧散



 それは、体育座りのような格好で、縮こまった状態で飛び込んできて窓のすぐそばに着地した。

 プラスチックのようなものとガラスという固いもの同士が激しくぶつかる音が耳の中を反芻する。心臓が飛び跳ねてばくばくと脈打つ。僕はカナの体を掴んで無理やり後ろに引き込んだ。その刹那に飛び込んできた物体を確認して机の裏に身を隠す。

 「なにが…!」

 カナが何か言おうと声を上げようとしたがすぐに手でその口をふさいだ。僕は反対の手で人差し指を立て、口元につけ無言で静かにするよう伝える。

 飛び込んできた物体は、人型のオートマタだった。ATHERAアスエラに非常によく似ている。光沢のある白いボディに、一切の感情も感じられない顔。飛び込んできたオートマタとATHERAアスエラは1mほどの至近距離で対面していた。お互いに目を離さず相手を見ているだけで、動く様子はない。相手の動きを見計らうようなその状態は数秒続いた。数秒だったが数分にも感じられた。

 オートマタは、ATHERAアスエラからさっと目を逸らすとすぐに右腕を銃火器のようなものに変形させた。そして銃口を僕とカナの方に向ける。

 

 僕はカナを抱きかかえながら横に飛んだ。


 その瞬間、バチン!と空間を突き破らんとするほどの電撃音が鳴る。こちら側に撃たれたのだと把握し僕は立ち上がりカナを立たせた。

 ふとATHERAアスエラの方を見る。ATHERAアスエラはオートマタの右腕を引き抜いていた。心なしかオートマタが驚きの表情を浮かべているように見える。

 僕はその様子を確認し、オートマタの処理を任せ、カナを連れて急いで部屋を出た。

 「ちょっと、あれなに!」

 カナは僕の後ろをついてきながらヒステリックに叫んだ。

 「ECだ。知らないのか」

 「見たこともない!」

 

 ECはExecutionerの略。処刑人の意だ。構造体ともに現れたオートマタ。


 「とにかく逃げるよ」

 「ATHERAアスエラは?」

 「あいつはたぶん大丈夫」

 廃工場の出口を目指す。ECが一体現れれば周りには10体いると思え。茶色い生物と同じような扱いだがこの例えは間違っていない。彼らは標的を確認すると独自の通信網で周りに知らせ、どんどん集まってくる。

 部屋を出ると先ほどの大部屋に出る。機械設備が所狭しとおかれている。いま僕がいる位置とは反対側に半開きになった扉があった。

 「早く、いくよ」

 僕はカナの手を引いて、扉の方に走り出す。

 錆びついたスライド式の扉だ。レールにも赤さびが目立つ。無理やり開けないことはないがキィキィと不愉快な音が鳴りそうだ。

 半開きだから体を横にすれば通れないことはない。

 僕は外の様子を確認しようと、扉から頭だけを出した。そして


 目が合った。


 表情のない青い瞳。

 無表情なのにうっすらと笑みを浮かべているように見えるその顔。


 冷や汗が顔中の穴から噴き出した。


 「くっそ!」


 思わず出た罵声と共に、体を扉から無理やり出す。そして右腕を霧散させた。すばやく目の前にいるECに向けて噴射する。小さな虫のようになったナノマシンがECの顔にまとわりつく。ECは視界を奪われうっとおしそうに両手を振ってナノマシンを落とす。

 こんなのは時間稼ぎにしかならない。

 「カナ、早く」

 僕は扉の向こうで青白い顔で動きを止めているカナに向かって叫ぶ。カナは僕より細いので扉をすんなりと抜けた。

 カナの手を引き、走り出す。だが、


 僕は弾き飛ばされた。ECが左腕をしならせ僕の腹部にぶつけた。胃液がこみ上げて口の中で広がり思わず吐き出した。

 視界が揺れる。脳が震えて頭がずきずきと痛む。だがそんなことはお構いなしに、ECは右腕を変形させ僕に銃口を向ける。

 白く無機質な腕が武骨な黒い重火器へと変貌している。重火器はバチバチと電撃音を立てる。いつも実験で鳴り響いているような電流の音。

 そしてそれはバチン!という雷のような音を鳴らした。

 その瞬間、僕の体は霧散した。





 霧散したが意識はあった。

 視界はない。真っ暗な空間。


 いや、正確に言うと違う。

 真っ暗な中に細かな色の点がところどころにある。砂粒のようなものが。

 真っ暗というよりは、あまりに多くの色を混ぜてしまった絵具のような感じ。情報量が多すぎて僕自身の脳が視界の情報を処理できていない。


 これは、

 ナノマシンが見ている世界。


 僕の体は霧散した。

 

 霧散した数兆個のナノマシンの一つひとつが見ている世界が混じりあって、僕という一個人の意識に視界情報が送られてきているという表現がよいだろう。


 だが、これではなにがどうなっているのかわからない。

 体を動かすこともできない。この場合の体とはひとつ一つのナノマシンのことだが、数兆個を自由自在に動かすなどできない。普段霧散したときは、僕の体に集合させることができる、これは足や手を動かすようにするのと変わりなくできる。

 けどこの場合は、


 そんなことを考えているとふとカナの顔が思い浮かぶ。


 「カナは」

 声を出したつもりだったが、霧散した僕の体には口などないから声音が出ることもない。

 だが、情報を受け取ることはできるようで

 視界情報以外に、音を聞き取ることができた。

 

 「カナ!」

 頭にその単語は思い浮かぶが声の出し方がわからない。それでも必死に叫ぶようにカナの名前を思い浮かべてみた。

 何度も何度も。


 ……

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星になった少年 平嶋 勇希 @Hirashima

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