死ね死ねアタシ

生田 内視郎

アタシの歌で死ネ

私達の組んでいたバンドが解散した。


名前はイノチミジカシという。

中学の邦楽部メンバーでバンドを組み、高校生の頃からひたすら練習に明け暮れ、一曲弾けるようになってはコツコツとYouTubeにUPし続けた。


プロを目指してバイトとライブを重ね、インディーズとしてついこないだまで長い冬の時期を過ごした。


ようやくスカウトの目に止まり、さぁメジャーデビューだと花開くところまで来て──


突然の解散。


原因は明瞭で、メインボーカル兼ベースで私と付き合っていたサトシが浮気したからである。


結婚秒読みで同棲もしており、デビューシングルと同日に婚姻届出そうね、なんてにこにこ話し合っていた日の夜、


実家に帰っている私の居ない隙を狙って女を連れ込んでいた。


暴れた、

暴れ回った。


彼のベースを持ち出してひたすらに振り回し、

数百万する高価な機材をぶっ壊して回った結果、

彼に家を追い出された。


今私の手元にあるのはギター一本、

これだけである。


そんな訳でスマホも財布も家に置いてきてしまった私は、一人駅前で路上ライブをし、実家に帰る為の電車賃稼ぎをしなければならない羽目になった。


踏切が見える商店街のアーケードに立つ。

時刻は午前二時、ベルトにラジオ結んで望遠鏡を担いだ少年はいなかった。


試しにワンフレーズ鳴らしてみる。

音が微妙にズレてる気がする、

そんなとこまで私の人生とfeat.すんなよ。


構わず鳴らし始める、

ホームレスのおっちゃんから「うるせぇ!」と

声援をもらった。


「知るかボケェ!」とコールを返す。

震える手でひたすら掻き鳴らす。


合わせてドブネズミがチューと鳴いた、

セロ弾きのゴーシュかよ、

リンダ、アタシは美しくなれなかったよ。


鳴らすだけじゃ物足りないので歌った。

さっきまでひたすら罵詈雑言を叫んでたので

酷いしゃがれ声だった。

構わず歌った。


歌ってたら涙が出てきた。

一度流れたら止まらなくなり、

涙と鼻水で溶けた化粧で顔がぐしょぐしょになった。

でも歌うのはやめなかった。


道行く人は私の顔に驚き、皆そそくさと逃げ去っていく。

「何歌ってるか分かんねえよヘタクソォ」と酔っ払いに絡まれた。

私の為に歌ってんだ黙って聴けよコンチクショオォ


失恋ソングばかり歌った、

ハッピーな歌は歌う気になれなかったから。

でもすぐにストックが尽きた。


仕方ないからイノチミジカシの曲を歌った。

作曲は全部サトシが担当してたので、これまでの思い出が走馬灯のように溢れ出して辛かった。


でももうこれしか知らない、

ひたすらに歌い溺れた。


歌詞は私が書いていた。

今思えば甘ったるい、胃もたれしそうなアメリカの、毒々しい色したドーナツみたいな歌詞だった。


頭の中で破り捨てる。

煮込んで、燃やして、肥溜めに落として唾を吐く。


死ねと消えろを繰り返し、耳障りなコードを血豆が出るまで掻き鳴らす。


それしか知らない、

それしか出来ない、

他には何にもしてこなかった。


やがて空が白みだす。

迷惑顔したサラリーマンが、

ひと睨みして去っていく、

早朝出勤ご苦労さん。


学生が増え、こちらをニヤニヤ笑ってる。

やめろよ情けなくて涙が出るだろ、

せっかく止まったばかりなのに。


昼になり、夕暮れになっても歌い続けて、

途中から自分でも何の為に歌ってんだか分かんなくなってきた。


腹が減った、頭痛が痛い、喉も指もボロボロで、心も体もボロボロだった。

見かねた婆ちゃんがみかんを置いた。

同情するなら金をくれ。


通報されて、警察が来た。

死ねYouTuber、ググるの寄生虫どもめ、

サトシと一緒に地獄に堕ちろ。


無視して歌った、

連行された。

署内で歌ってブタ箱行った。


親が迎えに来たけれど、取られたギターを奪って逃げた。

歌いながら死ぬつもりだと叫んだ。


母は泣いていた、

親父は笑い転げてた。


死ね!サトシ!死ね!親父!

この世を呪って、歌って死んで、地縛霊となっても歌う。


そんな将来設計を思い描いて、

駅前目指してつっ走って、

車に轢かれて宙を舞った。


気が付いたら病院で、ギターと腕は折れていた。

テレビでサトシがデビューしていて、

私の心も折れてしまった。


イノチミジカシワタシノコイ。

今年で享年30歳、

俗世を捨てて尼になります。


バリカン買って頭を丸め、

木魚叩いて供養する。


サヨナラワタシノ恋心、

ケジメのつもりで動画を上げた。──


────


後日YouTubeでUPされたその般若心経を歌った動画がジャスティンビーバーの目に留まり、世界的なブームを巻き起こし、坊主頭で鮮烈なソロデビューを果たすことになるとはその時の私にはまだ知る由もなかった。

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死ね死ねアタシ 生田 内視郎 @siranhito

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