遠隔口止めサービスは1回で病みつき!

ちびまるフォイ

もはや目で語るしか無い

「でもいいの? こんなところ奥さんに見られたら……」


「こんな山奥に妻がいるものか。それに見られたって構わない。

 僕が愛しているのは君だけなんだか……らっ!?」


車内での二人のキスシーンを阻むように突き上げるような衝撃が襲った。

慌てて外に出ると道路には動物の死骸が転がっていた。


「なんだ動物をひいちゃったのか。ツイてないなぁ」


「ちょっとこれ天然記念保護動物のパブシリンネズミじゃない!?」


「え」


「まずいわよ! あまりに珍しい種だからこのへんは国立公園にしていされていて

 持ち出そうとした人が射殺されたほどのものなのよ!?」


「どうすりゃいいんだよ!?」


道路で口論する二人だったが、そこに一台のトラックが通りかかった。


「おい、あんたら道の真ん中でなにやってるんだ?」


二人の顔から血の気が引いた。見られたら終わりだと直感で悟る。


「その……ちょっと車がパンクしちゃって……」


「そりゃ大変だ。こんな辺境の場所に修理屋なんか来ないぜ。俺が修理してやるよ」


「え、ええ……でも悪いわ。ほらパンクは私達のせいだし……」


「ははは。遠慮するこたぁねぇよ。困ったときはお互い様さ」


トラック野郎はトラックから降りてしまった。

死角になって見えていなかった希少種ネズミの死体を見つけてしまう。


「これはパブシリンネズミじゃないか! まさか、あんた達ーーぐっ!?」


トラック野郎が倒れるとその後ろから男が立っていた。

手には森で拾ったのか血のついた棒をまだ持っている。


「ちょっとなにしてるのよ!? 殺す必要ないじゃない!」


「通報されたらどうするんだ! あのネズミはもちろん、

 僕らの関係だってバレることになる! そんなの終わりだ!」


男はトラック野郎を自分の車のトランクに入れようとする。


「ちょっと、何する気!?」


「この車ごと運転手を沼に沈めるんだよ。そのためにトランクに入れるんだ」


「トランクはだめ!!」

「なんでだよ」


「仮に見つかったとき、トランクに死体が入っていたら他殺だとバレるわ。

 運転席に座らせてから沈めるのがいいわ。ね?」


女の提案を受けて男は運転席にトラック野郎を座らせて発信させた。

車は底なし沼へと運転手もろとも沈めていった。


二人はトラックに乗って街に戻ると、何食わぬ顔で日常へと戻っていった。

トラックはこっそりと処分され、沼に沈めた車は盗まれたことにした。


それからしばらくして、山中で希少動物の死体が見つかったことがニュースになった。


『警察は今も動物をはねた車を捜索中とのことです!』


「ふん。どうせ見つかりはしない。車は沼の底だ。

 車が見つかったとしても証拠は沼と一緒になってわかるわけない」


男は安心してコーヒーを飲んでいた。


『おや? あれはなんでしょう……沼の中から、誰か……こっちへ来ます!!』


画面に映った泥まみれのシルエットを見て、男はコーヒーを霧状に吹き出した。


「あ、あ、あのトラック野郎……生きてたのか!?

 だからトランクに入れておけといったのに!!」


沼から這い出したトラック野郎は体力は限界のようで、

テレビクルーを見て安心したのかそのまま倒れて意識を失った。


その後の報道では病院に担ぎ込まれて意識の回復を待つとかどうとか。


「まずいまずいまずい……。意識なんか戻されたらおしまいだ……!」


人里離れた山中での犯行ならまだしも衆人環視の病院ではトラック野郎を始末できない。

ワラにもすがる思いで検索エンジンに「殺し ばれない 方法」で検索する。


1件だけがヒットした。


『-その口塞いじゃいますー


  遠隔口止めサービス    』


迷わずその怪しすぎる連絡先に電話した。


『ご利用ありがとうございます。口止めサービスです』


「サイト見ました! 気に入らいない人を口止めできるんですよね!?」


『ええそうです。悪口を言いふらす人や、不快な人の口をミュートにーー』


「〇〇というトラック野郎を口止めしてください!!」


『かしこまりました。では指定の口座にお金を入れてください』


安くはない金額だったが社会的に死ぬよりはずっといい。

男が口座にお金を入れたタイミングで、沼から生還したトラック野郎は目を覚ました。


『あ、意識が戻ったようです!』


事件の真相に迫れると思ったキャスターはマイクを向けた。

しかしトラック野郎の男には口がなかった。


『ーーー!!! ーーー!!!』


声帯を震わせてなにか叫んでいるようだが口がないので言葉にならない。

ペンを持ってもどういうわけか手が震えて文字らしい文字にならず、誰も読めない。


「すごい……これが口止めサービス……!」


単に発話できなくするだけでなく、文字や手話にタイピングすらできなくさせる。

これなら自分たちの秘密がバラされることはないと安心した。


それからしばらく経った頃、浮気相手のヒステリックな声で叩き起こされた。


「ちょっと大変よ!!」


「いったいどうしたんだ。あの事件ならすでに口止めしているから大丈夫だよ」


「口止めするだけで大丈夫なわけないでしょ!?」


女がテレビの電源をつけると、画面には口のないトラック野郎が捜索隊を誘導して山へ入っている瞬間だった。


「これはいったい……」


「しゃべれないからあの男が山へ歩こうとしたのよ。

 警察も事件のことを伝えるんじゃないかと察してついていってるわ」


「くそ! 細かく調査されたら終わりだ!」


「それに今回の捜索隊には人の意思を読み取れる霊能力者もいるみたい。

 話せなくても、トラック運転手の意思を理解できるとか……」


「そんなの終わりじゃないか!?」


口を封じ、文字を封じたとしても意思表示は他にも行える。

焦りを感じた男は女に向かって叫んだ。


「あのテレビに映っているやつら全員の名前を割り出してくれ!」


「そんなことしてどうするの!?」


「全員を口止めするんだよ!!」


男は関係者全員の口止めを依頼した。

山中へと向かっていた捜索隊はとたんに口を失って大パニック。

捜索どころではないと引き返してしまった。


「これで誰も真相はわからない。わかったとしても伝えることはできない……」


男はほっと安心したが、自分の口座残高がせいぜい1回の口止めぶんしか残っていない状況にため息が出た。

やはりまとめて口止めをするのは痛手だった。


今回の一件で、山に入ったものは口を失うという斜め上の噂が流れ始めた。

これは男にとって好都合で誰も山に近づかなければ真相も闇の中のままにある。


やっと安心して眠れると男は思った。


数日後、1本の電話がかかってきた。


『私……やっぱり自首しようと思うの……』


「はぁ!? なんで!?」


『私達のやったことはいけないことだし

 毎日なにをしていても罪悪感が常にまとわりついてくるの……』


「さんざん僕と浮気していたときは平気だったじゃないか!?」


『それとは規模が違うのよ!!』


「とにかく少し話そう。君はちょっと冷静さを欠いているんだ。

 僕の家に来てくれ。そこで今後について話そう。ね?」


なだめながら男は冷や汗が滝のように流れてきた。

女が証言すればどうごまかしても共犯である自分が割り出される。


(かくなるうえは……)


下手なことを喋られる前に最後のお金を使って女を口止めしようと思った。

口止めサービスに依頼する準備をしたとき、今度は部屋の外からノックする音が聞こえる。


「警察です。ちょっとお話聞きたいんですが」


「警察!? もう君は自首したのか!?」


『そんなわけないでしょ!?』


ドアを開けなければ帰って怪しまれると思い、何食わぬ顔で警察の前に出た。


「ど、どうも。いい天気ですね。なにか御用ですか?」


「ニュースでやっている沼男を?」

「ああ、沼から戻ってきた男ですよね。知っています」


「あの男のトラックを調べていたんですが、

 不自然なことに沼男が沈んだあとに処分されているんですよ」


「そ……それのどこが不自然なんですか?」


「沼に沈められた男がなんで自分のトラックを処分できるんですか」


男は全身からサウナよりもダラダラと汗が流れてくる。


「それで、車処分場の職員に話を聞いていたら

 たまたまトラックの運転席に忘れ物があったので保管している、と」


警察はポケットライターを見せた。


「このライター、あなたのでしょう?

 どうしてトラックの中からあなたのライターがあるんですか」


「あばばば……」


今にも失禁しそうな男だったが電話口では今にも自首しそうな女の声が聞こえる。


『ねえ私、自首していい? 自首するよ? 自首するとき? 自首すれば? 自首せよ?』


警察は真実に迫る熱い視線でライターをつきつける。


「答えてください。あなたは何を隠してるんですか!!」



『おまたせしました。口止めサービスです。口止めするのは誰ですか?』


男の口座には1人分の口止め料しか残っていない。

警察も女も口止めできないが、このままではすべてバレる。



「口止めするのは……僕だーー!!」




その後、女が家についたときには男の口はもうなかった。


「ーーー! ーーー!」


なにも証言できない男に警察は頭を抱えていた。


「あのこれは……」


「ああ、この人の知り合いですか?

 どういうわけか急に口がなくなったみたいで、

 これじゃライターの真相も何も確かめようがないんですよ」


口を封じられた男はニヤリを笑った。


女がこのあと自首したとしても、男はもう証言できない。

口を滑らせて犯人だとバレる心配もない。

ヒステリックな女の妄想話で相手にされないだろう。


ライターの件についても証言を封じられれば捜査は難航。

黙秘し続けることが最大の防御になるのだ。


「ーーーーー♪」


「だめだ。この調子じゃライターの件も聞き出せない」


「あなた警察なんですか? 実は話したいことがあるんです」


「事件に関わることですか?」


「ええ、実は私見てしまったんです。この人が人殺しをして車のトランクに死体を詰めていたのを」


「どうしてそれを……!?」


「はい……それを見た私とトラック運転手は逃げようとしたんですが、

 私だけなんとか逃げられたんです。この人は恐ろしい人殺しなんです!!」



「ーー!? ーー!!」


「今、本部と連絡が取ったんですが確かに捨てられた車のトランクには死体がありました!

 こいつなんて凶悪犯なんだ!!」


男の必死の弁明も口を失った今となっては届かない。

トランクに詰められた死体の濡れ衣を着せられるなんて。


「あ、トラックで思い出したんですが……」


今度は警察が話し始めた。


「あの山は別名"クスリの聖地"と呼ばれていまして、

 クスリの売人が受け渡しによく使う場所なんですよ」


「それが……?」


「この男の顔、その売人っぽい顔してませんか?」


「たしかに……売人の顔みたことないですけど、犯人っぽいですね!!」


「ーー!! ーー!!」



「ようし、殺人および麻薬売買の犯人として逮捕する!!

 これで俺もエリート警察官の仲間入りだーー!」


男は頭がちぎれるほど首を横に振ったが、

コミュニケーションができない男の動作など誰も見やしなかった。

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