【7滴】ドラクラ・バンピラの花が咲く7

 それは数日前の深夜、家に帰る途中で出会った奇妙な女性。自分でも夢なんじゃないかと疑っていたあの月夜の出来事だった。


「そういえばあなた達と出会う前に奇妙な女性に会いました」

「どんなやつだ?」

「ローブを着ててフードも深く被ってたからよく分からないけど変な言葉を話してて手に出した光る何かを僕の胸にこう」


 晴翔は自分の手で自分の胸を軽く叩いた。


「その次の日に」

「アタシ達と会ったあれか」

「はい」


 その話にノアは楽しそうに口角を上げた。


「そいつに何かありそうだな。まぁでもそう言う話はあとだな。とりあえずお前が選ぶべき道は」


 体の前にまで上がった彼女の手は2本の指を立てる。


「2つだ。アタシ達のところへ来るか来ないか」

「行かなかったらどうなるんですか?」

「支部長がどういう判断をするか知らねーが、いずれはさっきみたいな吸血鬼衝動に襲われちまって誰かに始末されるのがオチだな」

「そんなのほとんど1択じゃ」


 何らかの組織に行くかもしくは死か。その突然かつ極端な2択につい本音が漏れる。


「で、どーすんだ?」

「どーするって。急に決めろって言われても無理ですよ」


 急かすような空気を感じながらもその場で考え始める晴翔。だが実質、選択肢はないにも関わらず答えが出る気配すらない。


「とりあえず話を聞いてみるっていうのはダメなんですか?」

「んー。まぁ良いんじゃねーか?」


 考える素振りだけともとれるポーズを一瞬だけしたノアは軽い口調で答えながら立ち上がった。


「んじゃ行くか」

「行くってどこにですか?」

「そんなの決まってんだろ。S.T.Aだよ」


 それがさも当然であるかのように言うノア。だが晴翔にとってS.T.Aという言葉が彼女の組織を表しているのかどうかは分からず、いまいちピンとはきていなかった。しかしそんな晴翔を他所にノアは歩き出しキッチンから廊下へ。その消えていく姿を晴翔は座りながら見送った。

 晴翔の視界からノアが消え数秒後。廊下から彼女がひょいと顔だけを出した。


「何してんだ?早く行くぞ」

「え?あっ、はい」


 彼女に無理矢理引っ張られるように返事をした晴翔はすぐに立ち上がる。

 そして歩き出そうと足を上げるが一旦それを下げ、無意識で手に持っていたタオルへと視線を落とした。

 その後に傍の流し台まで行くと口元の血を洗い流す。


「おーい。早くしろー」


 玄関から聞こえた声に一言返事をするとタオルで水を拭き急ぎ足で彼女の元へ向かった。

 そしてノアと共にマンションの下まで下りるとそこには1台の車が停まっていた。黒塗りのどこか避けたくなる雰囲気の車が。

 その車の助手席へノアが乗り込むと少し躊躇しながらも晴翔は後部座席に乗り込む。


「意外と早かったな」


 運転席に乗っていた翔太はスマホから上げた顔をノアへ向けながら言葉を口にした。


「とりあえずってとこだな」

「なるほど。だが、まぁだろうな」


 翔太は知っていたというよな返事をするとバックミラー越しに晴翔を一瞥しエンジンをかけた。だが車を発進させる前に翔太はもう一度バックミラー越しに晴翔を見遣る。


「まだ決意が固まってないなら隣にあるそれを被れ」


 その言葉に導かれ隣に視線を向けるとそこにはあのフルフェイスヘルメットが置いてあった。それを確認した後、バックミラーへ顔を戻すと早くしろというような翔太の視線と目が合う。

 晴翔はフェイスヘルメットを手に取ると前回同様、頭に被った。相変わらず真っ暗なシールド。だがすぐに起動音がしてあの草原が眼前に広がった。

 ヘルメットを被ったのを確認すると翔太は前を向き車を発進させる。

 それから晴翔は草原景色の中で車に揺られ、降車後にエレベーターと思われるものに乗り、少し歩いたのちにどこかの部屋へ。

 ドアが閉まる音がしてから晴翔はヘルメットから解放された。草原から戻った晴翔は一息つき部屋を見回す。

 そこには前回と違い中央に長くも丸みのあるテーブルが設置されそれを囲ってキャスター付きのソファチェアが置いてあった。恐らく応接室だろう。晴翔は心の中でそう思っていた。


「少し待ってろ」


 翔太はそう言い残すとノアと晴翔を置いて部屋を出た。ドアの閉まる音を追いかけるように椅子を引く音が聞こえそこを見遣るとノアが椅子に腰を下ろしていた。


「お前も座ったらどうだ?」


 深くそしてどこかめんどくさそうに座った彼女は晴翔と目を合わせ一言そう言いながら隣の椅子を引いた。彼は少しその場で考えたが立ちっぱなしでいつ戻ってくるかも分からない翔太を待つのはどうかと思いその言葉に甘え椅子へ腰を下ろす。

 そして2人が椅子に座りながら待つこと2~3分。

 ドアが開き支部長と翔太が姿を現した。2人は部屋に入ると真っすぐ晴翔とノアの正面へ向かい腰を下ろす。


「さて、始めようか。と言っても全ては君の選択次第だが」


 彼が意識的にそうしているのかは定かではないが少なくとも晴翔にとってその視線は突き刺さるように鋭いものだった。


「と言われましても僕にはまだ何が何だか分からなくて」

「――いいだろう。簡単にだが我々のことを説明しよう」


 支部長は段落をつけるように一瞬だが間を空けた。


「我々は通称S.T.Aという政府組織だ。正確に言えばその日本支部。名前から分かるように支部は世界各国にある。そしてS.T.Aは現在、吸血鬼との戦争状態にある」


 吸血鬼。今も尚その言葉に引っかかりを感じるが何かと尋ねるのも存在の有無を尋ねるのも今更。なぜなら既に晴翔自身がそれを体験しているのだから。


「それじゃあ吸血鬼を倒すことが目的と言うことですか?」

「いやそうではない。S.T.Aの目的は他にある」

「その目的というのは?」

「アヴァロンの攻略だ」


 初めて聞くその言葉に晴翔は首を傾げた。だがそれは予想済みだったのだろう――支部長はそのまま説明を続けた。


「数年前とある遺跡から奇妙な物が発見された。石棺せっかんの中に入っていた大量のROMカートリッジに類似した物だ」

「ROMカートリッジってあのファミコンとかのカセットですか?」

「そうだ。だが実際は形状が同一であるだけでそこからは1本のUSBケーブルが伸びている。それをパソコンに繋ぐことで起動するのがアヴァロンだ」

「何かのアプリですか?」

「一言で言ってしまえばゲームだな」

「ゲーム...ですか」


 世界各国に支部を持つ組織がゲームの攻略をしている。それだけ聞けばおかしな話だが遺跡から見つかったという程の物が単なるゲームなはずはない。晴翔は心の中で納得するように呟いた。


「そのアヴァロンの異常点は大きく2つ。まずAIの使用不可及びハッキング等による外部からの干渉は一切受け付けないという点。次に現実世界とシンクロしているという点だ」


 当然と言うべきか晴翔の関心を引いたのは2つ目。現実世界とのシンクロ性だった。

 言葉の意味は理解できるが、そこに隠れた―隠れているというより見えてないだけかもしれないが―真意までは見えなかったが為にその奇妙性が際立ったのかもしれない。


「現実とシンクロしているというのは?」

「まずこのアヴァロンというモノだが。これはこの日本という国を忠実に再現したマップになっている。しかもリアルタイムでだ。何か建物が壊されればアヴァロン内でも壊れ、建物が建てられれば同じように建てられる。それがどんな些細な物でもどんな場所の変化であってもだ」


 ただ単に日本を模しているだけならばそう驚くこともない。だがそれがリアルタイムのしかもどんな些細な物や場所となれば話は別だ。もし人知れない土地にこっそりと建てられた小屋でさえ再現してしまうならそれは確かに異常なのかもしれない。


「そしてアヴァロン内の日本にはいつもの鍵が隠されている。しかしその数ある中で本物はひとつだけ。それを探すのがS.T.Aの目的だ。だが問題はどこにその鍵があるのかということもそうだが偽物の鍵を引き当てた場合に発生するモノだ。それはアヴァロン内の鍵発見場所と現実世界にある同一の場所で発生する異空間。その異空間は偽の鍵取得時にアクセサリー類を身に付けている者だけを取り込む。異空間は中に発生するモンスターを倒せば消える仕組みだ」

「アヴァロン内で購入したアクセサリー類を身に付けるとはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ。どういう仕組みかは分からないがアヴァロン内で購入した物はこの場所へ実物として届く。差出人は無くどこかの宅配業者が運んできた訳でもない。どこからともなく届けられる」


 アヴァロンというゲームがその発見状況と同様に普通ではないことは今の話しを聞けば十分理解出来ることだった。だが晴翔には1つ疑問があった。


「それでその鍵というのを見つけたらどうなるんですか?」


 まさか発見しおめでとうゲームクリアということではあるまい。


「そのゲームを開始した際の説明によればその鍵はアヴァロンという場所へ続く扉を開ける為に存在するらしい」

「そこには一体何が?」

「その真偽は不明だがそこに辿り着けばと言われている。アヴァロンの異常性を見ればそれが嘘だと断言はできず悪用防止の為にも我々はその攻略を試みているわけだ」

「もしかして吸血鬼もそれを?」

「そういうことだ。彼らの狙いはこの世界から人間を滅ぼし吸血鬼の世界にすること。仮にアヴァロンの効力が本物ならそれはなんとしてでも阻止しなければならない――以上が我々の事情だ。さて、次は君の番だ九鬼 晴翔」


 それは巡る季節のように当たり前にやってきた。一見、選択肢があるように見えるが目の前に伸びた道の内の1つは途切れ崖。それはもはや一本道だった。


「もし関わりたくないと言えば僕は一体どうなってしまうですか?」

「簡単なことだ。吸血鬼側の存在としそれ相応の対処をする」


 それ相応の対処という言葉が何を意味しているにせよあまり良い待遇ではないことは明白。

 それに加え政府組織―しかも大元が世界に支部を持つ程に強大―なら晴翔1人の死などどうとでも出来るはず。行方不明にすることも容易いだろう。

 もはや晴翔に選択の余地はない。

 だがこんな訳の分からないしかも危険が伴うかもしれない状況へ身を投じるという決断はそう易々とは出来なかった。特にこれまで殴り合いの喧嘩すらしたことない晴翔のような人間にとっては。

 道の途切れた崖下を覗き込むとそこには光を拒むように暗い闇が広がっていた。恐らく底なし沼より深いその闇から感じるのは恐怖。声を上げる事すら忘れ解放されるのなら悪魔にだって魂を売り渡したくなる程の恐怖。

 そして真っすぐの伸びたもう1本の道には濃い霧がかかっていた。先は見えず不安を具現化したような濃い霧。

 どちらにも進みたくない。だがそれは認められない。必ずどちらかを選ばなくてはならない。

 人生には逃げられずどうしようもない事が起きる。まるで人生の教訓のように2本の道が伸びる(片方は途切れているが)。

 晴翔はもう一度だけそれぞれの道を見遣る。そして目を瞑ると大きく深呼吸をした。

 ゆっくりと目を開けると片足を上げた。


「僕は―――」

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月夜に咲くD.バンピラ 佐武ろく @satake_roku

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