周防つぼみ

鳥辺野九

周防つぼみ


 あまりにモテないので、俺は自分で理想の彼女を作り出すことにした。


 ソロ焼肉とは一人で焼肉と洒落込むこと。ソロカラオケとは一人で音楽を楽しむこと。そしてソロ恋愛とは一人で恋を成就させることだ。そう考えれば、焼肉もカラオケも恋愛も独りの世界観を構築する作業であり、共通項も多い。いけそうだ。


 何から始めよう。まずは彼女の設定から作るか。


 俺の彼女になるからには恋愛経験が豊富であっては困る。俺が初めての彼氏でなくてはならないからだ。かと言って非常識なレベルの箱入り娘でもダメだ。ある程度は積極的なスキンシップも大事だ。


 俺は早速スマホのSNSアプリを立ち上げて、俺の架空の彼女を登録することにした。彼女の名前はずいぶん前から決めている。


 周防つぼみ。


 ようこそ、SNSリアルワールドへ。架空の彼女だって、名前と設定を与えられればSNS内で存在できるんだ。


 苗字には歴史も感じられ、どことなくお堅い雰囲気だが、ひらがなの名前がかえってギャップになって可愛らしさを演出できる。俺の彼女にぴったりだ。


 身長は低め。俺が頭ぽんぽんしてやらなきゃなんないので、俺より頭一つ小さいくらい。154、いや、152センチメートルにしよう。低身長なら体重は当然30キロ台になるか。となると、スリーサイズも控えめにならざるを得ない。これはあとでサンプル画像を見ながらプロフィール画像を拾うか。


 年齢は専門学校卒で働き始めてまだ三年目って設定だ。23歳にしておこう。動物系専門学校卒で、今は犬のトリミングサロンで働いてるトリマーの資格持ちだ。


 前髪ぱっつんのショートボブがよく似合う童顔で、下手に制服でも着れば現役女子高生でも通じるいい感じのコスプレっぷり。


 出身には神秘性がほしいな。島だ。島生まれだな。日本海側の島、佐渡ヶ島出身にしよう。いつの日か、俺とつぼみと二人で島に渡る。彼女の両親にご挨拶に行くんだ。佐渡ヶ島で日本酒のうるち米農家をしている義父さんに「でかしたぞ。後継を連れてきたか!」とからかわれる。悪くない未来だ。




 こうして、俺とつぼみのお付き合いは始まった。




 つぼみは動物が好きで、特に大型犬が大好きなんだ。SNSによく犬の画像をアップしている。でも彼女自身は1DKの賃貸マンションの三階に住んでいるので大型犬なんて飼えやしない。最寄駅から部屋までの道のり、そこそこ立派な家の庭で飼われている犬の画像を何枚も撮っていた。


 実際は俺が犬の画像を撮ってつぼみのSNSに更新しているんだが。


 そしてつぼみの唯一のフォロワーである俺が「立派な犬だね。何て犬種?」と質問する。つぼみは「ラブラドールレトリーバーだよ。社交的で優しい性格な子」と答える。


 また別な犬の画像が更新される。老夫婦と散歩中の犬だ。俺は「これは何歳ぐらいの犬?」と的確なレスをつける。犬のことを勉強しているつぼみは「11歳の子だって。人間でいうと60歳ぐらい? ご夫婦とおんなじくらいかな」と教えてくれる。


 家のすぐ近所に仔犬を見つけた時も、もちろん俺が、飼い主に許可を取ってSNSにあげる。俺が「かわいい仔犬だ。でもけっこう重そう?」と問えば、つぼみは「生後2ヶ月らしいけど、もう4キロあるって」と返す。


 つぼみの更新する犬日記に必ず俺のレスがあり、つぼみもすぐさま好意的な答えを返してくれる。なかなか良好な関係だ。




 つぼみが働いてるのはS市駅前のペットホテルも併設されているドッグサロン。という設定だ。さすがに特定されるわけにはいかないのでそこらへんは濁しているが。


 ランチタイムには職場の近所の小洒落たカフェで美味そうな食事の写真を撮る。


 オムライスが好評なカフェにて。たっぷりのデミグラスソースの海に浮かぶふわとろ卵の島に生クリームで模様が描かれている画像が更新されれば、すぐさま「美味しそうな模様だ!」と俺がレス。「今度一緒に行こうよ」とつぼみが返す。このオムライス画像にはいくつか「イイね!」がもらえた。


 タピオカドリンク専門店の期間限定メイプルタピオカミルクティーも十数分も並んでやっと画像を撮れた。「このドゥルルン感がイイね!」というつぼみの投稿に俺がレスをつけるよりも早く「イイね!」がついたりした。慌てて「俺もドゥルルン飲みたいな」と打ち込んだ。


 女性も気軽に入れる評判のお蕎麦屋でカツ丼をランチに頼んだ時も、やはり飯画像は忘れない。それが日課になりつつあった。このカツ丼の画像には初めて俺以外のコメントが投稿された。「ここのカツ丼はカロリー高いけど美味しすぎる!」との書き込みに、何て返事したらいいかわからず、適当につぼみらしい言葉を返答するに留まった。「コメありがとー(カツ丼だけにコメ(^_^))。犬の相手はけっこう体力使うのでヘーキです!」




 俺とつぼみとの付き合いも3ヶ月が経とうとした頃、ついにこの日がやってきた。


 SNSでつぼみに俺以外のフォロワーがついた。それはいい。今までも義理程度のフォロワーはいた。相互フォローというよりも自分の写真を見せたがる自己主張の強い女どもばかりだった。しかし今回は違った。


 そいつは積極的に相互フォローを求めてくる男だった。


 何だこいつは。SNS上とは言え、人の彼女にちょっかい出すなよ。明らかにナンパ目的のチャラいコメントばかりで、その薄っぺらい人間性も下心が見え見えだ。


 つぼみもつぼみだ。最近になって飯画像によくコメントもらえるからって少し調子に乗ってるんじゃないか。俺が選んでやったプロフィール画像だって、頬の可愛いラインを見切れさせて美形アピールし過ぎだし。


 これではいけない。俺がつぼみを守ってやらなければ。最近つぼみとも会えてないし、直接会いに行ってフォローブロックの仕方を教えてやろう。大丈夫だよ、つぼみ。俺がいるから。


 そういえば、つぼみが働いてるのがドッグサロンとは知っているが、店名とか正確な場所とか聞いていないな。たぶん今は仕事中だろうから、直接店に行ってみるか。場所はだいたい見当が付いている。


 ヒントはSNSにある。つぼみはランチタイムに職場近くの飲食店で飯画像を撮る。その飲食店をリストアップし、マップ上で展開させればその中心点ちかくのドッグサロンがそれだ。つぼみはそこにいるはずだ。


 女性も気軽に入れると評判の蕎麦屋。カツ丼が人気の店で、なるほど、客層が明るくて女性客二人組も多い。つぼみもこんな風に職場の先輩とランチしながら俺とのことを相談していたのか。


 そのすぐ近くに潰れたタピオカ専門店の痕跡があった。この店もつぼみのSNSに上がっていたはずだ。とっくに潰れていたようだが、このちかくにつぼみはいるはずだ。


 デミグラスソースがかかったオムライスの商品サンプルを飾ったカフェ。覚えている。つぼみが最初に画像を載せた店だ。そのカフェの通り向かい、片側三車線のバス通りの向こう側、ペットショップを俺は発見した。


 ここだ。間違いない。不覚にも心臓が跳ね上がった。つぼみと初めて出会った時と同じだ。つぼみはいるか?


 俺は通りの反対側から眼を凝らした。邪魔なバスが何台も通り過ぎる。それでも眼を凝らし、意識を集中させてペットショップ店内を覗く。じいっと息を潜めて覗く。


 いない。つぼみはいない。あの小柄ながら快活で、跳ねるような前髪ぱっつんな可愛い姿は見当たらない。今日は休みか? そういえば、今日はまだSNSが更新されていない。家にいるんだな、つぼみ。




 つぼみの家に遊びに行ったことはまだない。いつかは一緒に帰る部屋になると思っていた。最寄駅が俺と一緒で、意外とすぐ近所に住んでいるということはわかっている。すぐにつぼみの部屋を見つけられるはずだ。


 つぼみの部屋がどこか。そのヒントもつぼみのSNSにある。犬だ。


 広い庭のある家で飼われているラブラドールレトリーバー。見覚えがある犬だ。犬小屋も特徴的で、長いリードでゆったり庭を歩ける仕様になっている。


 老夫婦が老犬を連れて散歩していた小径。俺もよく知っている道だ。つぼみがどこにいるのか、きょろきょろと1DKの賃貸マンションを探して歩いていると、道の角から老夫婦が姿を現した。間違いない。この道の先につぼみはいる。


 まだまだ小さい仔犬が庭でボールとじゃれついている。少し成長して大きくなっているが、あの画像の仔犬に間違いない。このすぐ近くに賃貸マンションは一件しかない。あの建物だ。とうとう見つけたぞ、つぼみ。




 つぼみが住んでいる賃貸マンション。その3階の角部屋。つぼみはここにいる。安っぽい鉄扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。不用心だな、つぼみは。それとも、俺が来るのを待っているのか。開けるよ、つぼみ。


 一人暮の狭い1DK。見覚えがある風景だった。部屋の電気は点いていて、薄汚い部屋の様子がぼんやりと浮かんでいる。


 ここは、俺の部屋? つぼみの部屋じゃないのか? つぼみと俺と、いつの間に同棲を始めたんだ? つぼみは俺を探していたのか?


 部屋の様子を探っていると、ふと、毛布がくしゃっと畳まれたベッドの下に人の気配がした。そこか。そんなところに隠れていたのか、つぼみ!


 喜んでベッドの下を覗き込む。つぼみ、今帰ったよ。


 ベッドの下に隠れていたのは、俺だ。突然の侵入者に怯えてうつ伏せになっている俺自身だった。


 どうやら俺はモテなさすぎて二人に分裂してしまったようだ。


 つぼみとどうやって出会うか。これから二人で作戦会議だ。つぼみ、待っててね。

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