ひとり怪談
きざしよしと
ひとり怪談
「ねぇ、聞いてくれる?」
また来た、と俺は内心でため息をつく。
放課後の教室でうとうとしていると、友人の鬼塚偉成が、向かいの席に座って頬杖を付いた。
彼がここに来て話すことは、大抵ろくでもない事なのだ。友人としていつも付き合わされているオレは、その事をよく知っている。
絶対に嫌だね。早く帰れよ。
オレがすげなくしても、偉成は「ふふ」と転がるような笑い声をあげるだけで聞く耳を持たない。
「一昨日の夜の事なんだけど」
ああ、話し始めやがった。どうしてこいつは俺の話を全く聞かないんだ? その形の良い耳は飾りかな?
「ソロ肝試しに行ったんだけど」
ほら見ろ、ろくでもない。
1人で肝試しって場所によっては、最早ただの不法侵入じゃないか。大人数で行っても不法侵入であることに変わりはないが。
「行った、というよりは来た?が正しいかも。会場はこの学校だから」
馬鹿かお前、夜の学校に忍び込むなってお母さんから言われなかったのか?
そして何でその話をオレにするんだ。これから怖い話が始まるのは知ってるんだぞ。明日からオレはどんな気持ちでここに来ればいいんだ。
「いや、途中までは楽しかったんだよ? 正面玄関から入ったら、俺の下駄箱に赤いピンヒール入ってたし」
待て待て、何で放課後の下駄箱にそんな気の強い婦人靴が入ってるんだ。普通に怖すぎるわ。
「そう? ウェルカムシューズかなって思って普通に履いちゃったよ。おかげで靴擦れがひどくって」
何で履いて肝試ししてんだよ! 学ランに赤いピンヒールを履くんじゃない。上履きはどうしたんだよ。
「隠されちゃったみたい。あ、これはおばけちゃんじゃないよ。隣のクラスの吉田くん」
お、おう。それは俺が聞いても良い話なのか? 明るく言うから、何の話をしているのかわからなくなったぞ。
「吉田くんはね乱暴者だけど、実は可愛そうな子なんだよ。1組の飯田さんの事を、後をつけたり落としたハンカチとか捨てたストローを拾ったりするくらい好きなんだけど、飯田さんは吉田くんの事をホクロゴリラとしか認識してないんだ。女子からはだいたい嫌われてるよ」
それは、気持ち悪……いや怖いな?
吉田の事を知りすぎじゃないのか。どうやって調べたのか聞きたくもないけど、それだけ弱みを握ってるんだったら上履きくらい取り返せるだろうよ。
「他人の手に1度渡ったものって履きたくないじゃん」
おばけからのウェルカムシューズ履く奴が言って良いセリフじゃねぇ。
「それでね、話を戻すんだけど」
戻すのか。吉田の話で終わりにしねぇ?おばけが出るとわかった時点でもう聞きたくないんだが。
オレの願いもむなしく、偉成は不満げにしたまま話を再開する。
「教室の窓に子どもの顔が映ったり、シャワー室のカーテンに手形がついたり、理科室の骸骨標本が襲いかかってきたりしたんだけど、まあ、それは置いといて」
置くな。だいぶ激しく怪異に見舞われているじゃないか、議題に上げろ……いや、やっぱあげなくていいや。怪談を詳細に語るのは校則で禁止されているからな。
「これ見てよ」
なんだこれ、写真?
「最後に記念で一枚写真を撮ったんだけどさぁ」
撮らないで。
何なんだお前、真夜中のおばけでた学校でよく記念撮影が出来るな。斜め角度からの顎下ピースやめろ、一体何処の修羅の国出身なんだ。
「もー! 何処見てんの? そこじゃないよ!」
写真映えを狙う女子みたいなポーズを指摘したら怒られた。指摘されるようなポーズをとる方が悪いと思う。とても解せない。
ぷんぷん怒りながら、偉成が指差したのは写真に写る己の背後だ。よくよく見るとそこには恨めしげにこちらを睨む女の姿が。
「ソロだと思ったのに、ずっと2人だっんだよ! 邪魔された〜!!」
どこに怒ってんだとか、肝試しに行っておばけにたいしてその反応はどうなんだとか、言いたいことは色々あるんだが、まず確認させてほしい。
お前、この女連れてきてないだろうな?
「さあ?」
さあ、て。お前ふざけんなよ。オレが呪われたらどうしてくれる。お前の身に何が起ころうと知った事じゃねぇが(どうせ起きたところで歯牙にもかけないだろうし)、こっちに飛び火してみろ、動物愛護団体が黙ってないからな。「僕おばけ見えないし〜」じゃねぇんだよ。
「さ、話してスッキリしたし帰ろっか」
好き勝手話して満足しやがって。オレは今日怖くて眠れねえかもしれねーってのに。
ぎゅっと手を握られて机から落ちる。そのまま引きずられるようにして、オレは教室を後にした。
夕暮れ色に染まった廊下を、人懐こそうな小柄な少年が鼻唄を歌いながら歩いていた。すれ違う生徒達が遠巻きに眺める彼は、この学校内でも変人と名高い鬼塚偉成である。
彼の手は大きなテディベアと繋がれていた。
ひとり怪談 きざしよしと @ha2kizashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます