可憐の決断

高野ザンク

4人はアイドル

 その日、舞波可憐まいなみかれんは人生の岐路に立っていた。


 4人編成のアイドルグループ「Catchy Catsキャッチーキャッツ」に所属している彼女がマネージャーに呼び出されたのは、グループ結成1周年記念のライブを10日後に控えたリハーサル時だった。


「実はあなたをソロデビューさせる計画があるの」

 マネージャーは、二人きりの楽屋でそう切り出した。


 ソロデビュー。グループとしてではなく、自分単体で勝負ができるというのは、この世界に身を置く者としてこれ以上ない喜びであり、自分の商品価値が高くなったという証明でもある。

「ありがとうございます!」

 可憐は楽屋中に響き渡る声で叫ぶ。


 そのときに、マネージャーの顔色が少し曇ったので、可憐は「おや?」と思った。

 マネージャーは眉をひそめながら言う。

「ただし、その場合Catchy Catsは解散します」

「解散ですか?!ソロ活動と一緒にやるんじゃなくて?」

「そうよ。だから真剣に考えてほしいの。返事は明日でいいからね」

 そう言うと、マネージャーは可憐を置いて楽屋から出ていった。


 Catchy Catsは、まだまだ知名度の低いアイドルだ。他のグループと違って珍しいのは全員中学の同級生だったということだ。

 仲の良い4人組の中で一番容姿端麗な鹿島璃奈かしまるなの発案で「アイドル同好会」を名乗り、流行りのアイドルのコスプレをして、曲とダンスを練習するところから始まった。

 中学3年の文化祭で、卒業記念のつもりでやったステージが好評を博し、高校に入ってから地元の行事に呼ばれるうちに、今の事務所から声がかかり1年前にデビューしたのであった。

 素人で活動していた当初は、璃奈のルックスで注目されていたと言ってもよく、可憐は他の3人同様、彼女の引き立て役的な存在だった。

 ただ化粧をすると、可憐は文字通り化けた。

 童顔、たぬき顔の彼女がメイクのおかげで目鼻立ちがくっきりとし、そのコケティッシュな魅力でたちまち璃奈と人気を二分するようになった。数多いるアイドルグループの中で、これといった特徴もないのに生き残ってこれたのは、この2人でCatchy Catsを牽引してきたからと言っていい。


 ソロデビューは嬉しい。自分の頑張りが事務所に認められたということだろう。ただ、自分はそもそも一人で歌ったり踊ったりしたかったんだろうか。いや、単純に4人で集まって、好きなアイドルのマネをして楽しむのが好きだっただけだ。その延長で今がある。

 プロとして求められるものは厳しかったが、この業界にしがみついていられるのは、4人がそもそも友人だったことと、同好会時代の遊びの感覚でやってこれたからだった。ソロになっても、私はこんなふうに楽しんでいけるんだろうか。


「どうしたの?ボーッとしちゃって」

 ダンスレッスン中の足が止まってしまって、明海あけみレイアから声をかけられる。彼女はダンスが好きで、メンバーでも一番真剣に踊っていた。残念ながら天賦の才はないようだが、その懸命なダンスはファンの心を打ち、とくに女子中高生からの人気があった。

「そうだよ、私たちの記念すべき1周年ステージだよ!もっと気合入れて!」

 そう発破をかけたのは城之崎弓弦きのさきゆずる。4人の中ではトークが得意で、特徴的な目の大きさをネタにした自虐トークは、主にインドア派の男子たちから支持を得ていた。


「可憐、なんか悩んでることあるの?」

 3人の前で決して憂鬱な表情を見せない自信はあったのに、璃奈はそれを敏感に察したようだった。

「いいこと?今度のステージは私たちの集大成……そして新しい一歩を踏み出す、再出発の日にしたいんだ。可憐はCatchy Catsの柱なんだから、期待してるわよ」

 キリリとした顔立ちの璃奈がいつものリーダーぶった口調で励ました。


 そうだよね。私はこのCatchy Catsで歌って踊ることが好きなんだ。ひとりでやったって全然楽しくない。この4人でいつまでも一緒にいたいと思う。だから、明日、マネージャーさんにはきっぱり断りの返事をしよう。


 可憐はそう決意して、他の3人とともにレッスンに集中した。




「ソロに転向します」


 二人きりの楽屋で可憐はマネージャーにそう言った。自分でも不思議なくらい冷静に言えたのに、マネージャーのほうがむしろ動揺していた。

「ええ?ウソ……ウソでしょ?冗談だよね?」

「いえ、一晩真剣に考えて、考え抜いて出した結論です。ソロやります」

 可憐ははっきりと繰り返す。


 その途端にドアが開き、他のメンバー3人が楽屋になだれ込んできた。

「ちょっと!可憐、どういうことよ!」

 烈火のごとく怒りをみせたのは璃奈だった。

「これはねー、1周年ライブで流す『解散ドッキリ』だったんだよ!なのになんでソロ選んじゃうのよ!」

 そう言われて、可憐は状況を飲み込んだ。でも、悪びれる様子はなく淡々と言葉を紡ぎ出す。

「私ね、みんなとの活動が好きよ。璃奈、弓弦、レイアちゃん、みんなとずっと歌って踊れたらいいなって本当に思ってる。でも、きっとダメだよ。私たちの実力じゃ、このアイドル業界に生き残っていけないよ」

「それは、みんなの努力で……」

 消え入るような声で弓弦が反論する。

「努力でも無理なんだよ。どんどん若い子たちが出てきてる中で、私たち、今どこにいると思ってるの?500人の箱を埋めるのだって苦労してる。テレビだってネット放送しか出たことないじゃない!」

 可憐が現実を伝えると、誰も黙ってうなだれることしかできなかった。

「Catcy Catsとしては成功できない。一晩考えたらそういう結論になった。それにこんなドッキリひどくない?こういうことするメンバーとは友達としても一緒にやれない。ソロデビューがドッキリなら、私、他の事務所に行きます」

 可憐の目には炎が宿っていた。それは仲良し4人組としてではなく、ソロアイドルとして生きていくのだという決意の炎だった。


 1周年のライブで、Catchy Catsの解散が発表された。会場のファンは驚き、泣き崩れる者や失神する者もいたが、世間的にこのアイドル解散のニュースが話題に上ることはなかった。



 その後、舞波可憐は事務所を移り念願のソロデビューを果たす。鹿島璃奈、明海レイア、城之崎弓弦も芸能界に残り、それぞれの道を歩み始めた。最終的にこの中で成功した人物が一人いるのだが……


 その話はまたの機会に。

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可憐の決断 高野ザンク @zanqtakano

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