第四章:二人の季節――二〇二一年、横浜。
「この二人はこの後、どうなったのかな?」
プロジェクターに映る二人の姿を見上げながら、隣のカメラマン兼主演男優の彼はいたずらっぽく笑う。
「案外、普通に仕事のインタビューしてそれで終わりかもよ」
監督兼主演女優の私は絡ませられた指を握り返す。
「
「まあそうだけど」
NGOに所属してカンボジアに派遣されていた医師の従姉は取材に訪れた日本人の新聞記者と結婚した。
――日本にいる時も女性は結局生きづらいと感じたけれど、この国に来て、男の人が本質的にもっと嫌になった。
――日本から買春に来る男性もまだちょくちょくいるし、日本人の男性は“女もそれで食っているんだから”などと開き直る人が多い。果ては“女には売るものがあるから羨ましい”などと言い出す。でも、こちらにはまだ子供の内から男性から搾取され心身を壊される女性があまりにも多過ぎる。セックスワークは貧困女性のセーフティネットでは断じてない。貧しさゆえに手を出さざるを得ない危険行為だ。そこに気付かないフリをして女性を買う、そういう同性を擁護する男性ばかり。
――たまに帰国する度に日本もどんどん貧しくなってきているから危険なセックスワークをせざるを得ない女の子が増えると思う。そうなっても、大抵の日本人男性は“本人が自分の意思でやってるんだから”“元から自堕落な女だから”と口を拭うだけだろう。
メールでもそんな風に男性一般への絶望を語っていたのでとても驚いた。
「出会うべくして出会ったんだろうな」
私も今、思っていたことを彼が呟く。
「過去の二人もね」
第一話の蘇州芸者は私の曾祖母とその姉芸妓がモデルだ。
中国人だった曾祖母は戦前の蘇州で芸者をしていて日本人の曾祖父に身請けされた。
――私は
曾祖父が実際に馴染みになったのは曾祖母の姉芸妓だったが、一度日本に帰国して、再び会いに来た時にはもう彼女は病気で亡くなっていた。
――それで、
祖母の家に曾祖母と姉芸妓が一緒に映った写真があったが、まだほんの少女にしか見えないセピア色の二人はお化粧と服装のせいか実の姉妹か同じ
――これは本当は姐さんのだから、着けずに仕舞っておくの。
撮影に使った藍色の瑪瑙の耳飾りも曾祖父が実際に姉芸妓に贈ったもので、死後に曾祖母が形見として貰い受けたものだ。
「
第二話の租界の男女は彼の大叔父さんと恋人の中国人女性がモデルだ。
通信社の記者をしていた大叔父さんとタイピストをしていた彼女は上海で一緒に暮らしていたが、日本の敗戦を機に別れ、大叔父さんは日本に帰国し、彼女は香港に渡った。
「はるばる日本にやって来たのにお墓参りでは彼女もやりきれなかったでしょうね」
七年後、彼女が日本を訪れた時、恋人はもう世に無かった。
大叔父さんは日本の敗戦撤退から五年目に内戦の勃発した朝鮮半島に記者として渡り、そこで命を落としたのだ。
――日本人がやれ一億総懺悔だ、平和が一番だと殊勝げに唱えているすぐ隣で、つい五年前まで日本だったこの半島には砲弾が飛び交っている。
――日本がかつて大東亜共栄圏と呼んでその実は踏みつけにした地域に残ったのは同じ民族同士が争う憎しみと分断ばかり。元凶の日本人だけが戦争が終わって平和が訪れたことにしている。
――戦争は終わっていない。でも、君に逢いたい。香港にはまだ行ったことがないな。
彼女が最後に受け取った手紙にはそう綴られていたそうだ。
「七年経っても彼女の方から会いに来てくれたんだから、大叔父さんの霊は喜んでいたかも」
彼は今度はどこか寂しい笑いを浮かべてギュッと確かめる風にこちらの手全体を握り締めた。
「七年ね」
私たちがこうしてコンビを組んで映画を撮り始めてからももうそのくらい経つ。
良い思い出も辛い記憶も積み重なって今があるが、七年間のどの季節にも私の隣には彼がいた。
今は、戦前の蘇州で芸妓と客として別れたのも、租界の上海で日本の敗戦を受けて別々の船に乗ったのも、リアルタイムのカンボジアで医師と記者として出会ったのも、等しく私たちの歴史であるように思えた。
「じゃ、飯食いに行こうか」
「ええ」
立ち上がって並んで歩き出す。
藍色の夕闇が浸す外に出ると、二人に吹き付ける風はまだ肌寒いが、春の甘い花の匂いをたっぷり含んでいた。(了)
別れて、待って、その次は。 吾妻栄子 @gaoqiao412
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