第16話 決着

 人は、生きているうちに何度後悔するのだろう。


 過去に戻ってやり直したいと思うのはどれくらいあるのだろう。

 

 今、英司の目の前にあるに広がっているのは、英司が自分の命と引き換えにしても戻って救いたいと願った場面である。


 茜色の住宅路。


 その茜色にぼつんと浮かぶ女子中学生。


 映画のポスターになってもおかしくないほど美しいこの場面を、英司は何度も思い出し、悔やんで、なげいて、後悔した。


 時を戻すことが出来れば、必ずこの場面を選択する。


 ここに戻れるならば、何だってする。それこそ、織部凛を売ってでも。


 何にも変え難い存在が今、目の前にいる。


 コツン、コツン。


 彼女が、後ろを振り返らずに―――英司に気付かず―――ゆっくりと歩いていく。


 そっちに行ってはダメだ。


 一生ない傷を負う。


 ダメだ。行くな。


 行っちゃダメなんだ。


 呼び止めようと、手を伸ばして彼女の名前を口を開けた。


 ※


 三島は激しく消耗しょうもうしながらも、リアが動かすアハトと戦っていた。


 さて、ここからは時間との勝負。


 三島が異能を使い果たして倒れる前に、アハトを殺さなければならない。


 防御せずにくらったアハトの電撃銃が、予想以上に効いた。


 今は異能を発動して体を強化し、無理矢理動かしている。


 三島が発動した第二の異能は、『幻』を見せること。


 幻の内容は決まっていて、『相手の印象に残っている過去』を再現するのみ。


 三島は選ぶことも、相手の過去を見ることも出来ない。


 わかることは、相手が異能にかかったどうかだけ。


 異能にかかった相手は過去を追体験し、望むなら過去に介入し、過去改変が可能である。その先は、異能にかかった人間が想像する都合の良い未来が展開される。


 しかし、所詮しょせんまぼろし


 実際にタイムスリップしているわけではないので、過去は変えられない。


 幻にかかっている間はいわゆる夢を見ている状態になるので、相手は無防備になる。


 なので、三島がこの第二の異能を使う時は、腕っぷしだけでは勝てない時に限る。


 懸念事項としては、異能周波数が自分より高い人物に幻を見せることは出来ない。

 

 また、幻にかかったとしても、解除方法はある。


 現実世界で流れている時間の20倍、幻を見ている時間のスピードが速い。


 そのため、三島は相手が幻にかかっている間に倒しきれるかが重要となってくる。


「噂には聞いていたが、凄いね。本当に人間無しで戦うことが出来るんだ」


 アハトは何も言わないかわりに、パンチやキックを放ってくる。


 手本のようなパンチから、現在アハトを動かしているのは中にいる人間ではないことは予想出来た。


 これほど型にはまった技であれば、三島に分がある。


「悪いけど、余裕はないんだ。一気に決めさせてもらうよ」


 三島は防御を捨て、猛攻する。


 アハト2号機改のスペックもあって、リアはそれに上手く対応することが出来なかった。


「このままでは非常に危険です」


 リアは幻想に抗っている英司に問いかけるが、返事はもちろん無い。


 そのまま15秒が過ぎる。


「アハト様から返答がありません。よって、独自運行モードに切り替えます」


 問いかけから15秒過ぎても、来ない場合、リアは独自の判断で動くことが出来るようプログラムされている。


 このまま戦っては、2分と経たず三島に破壊されると判断したリアは、


「アハト様、お許しください。スモークグレネードを使用します」


 スモークグレネードを投げた。たちまち研究室が煙だらけになる。


 これで三島の攻撃の手を緩めることが出来る、とリアは計算した。


 が、甘かった。


 ※


「―――――」


 すんでのところで、呼ぶのを止めた。


 伸ばした手も、力無く下ろす。


(まやかしだ)

 

 自分に言い聞かせ、彼女が立ち去るのをじっと見る。


 すると、心の中に映るもう1人の自分が問いかけてきた。


 ――――ここで声をかければ、過去は変わる。


(まやかしだ、これは)


 ――――本当に過去に戻ってきたのかもしれない。


(望むな。すがるな。見たいものだけ見ようとするな。そんな都合の良い異能など、あるはずがない……!)


 瞬きせずににらむ。


 彼女が歩いていると、灰色のバンが止まり、ドアから無数の白い手が伸び、彼女を車の中へと吸い込む。


 バンは走り出し、英司の横を通り過ぎていった。


 ――――アハトを着ている今なら、あの車を止められる。中にいる変態どもを、殺すことも出来る。


(黙れ!)

 

 心の中で叫んだ瞬間、とあるマンションの一室に場面が変わる。


 8畳ほどの部屋。


 そこにみにくく太った男や、鋼のような筋肉男ら5人の異能者が、彼女を囲む。


 彼女は、恐怖に陥った顔をしていた。


 制服を無理矢理脱がされ、炎の異能で肌を焼かれ、理不尽な拳を叩きつけられ、彼女の大切な部分を破いていく。


 少女は泣き叫ぶ。助けを求める叫び声を。


 その叫びの中には、アハトを纏った少年の名前も入っていた。


 やがて助けを求める声は消え、虚ろな目をしたまま泣いている。

  

 泣き声に生気がない。彼女の心は壊れてしまった。


 —―――こんな凄惨せいさんな事件を止められるんだ。お前が、あの場所に戻りたいと願えば、すぐに戻れるんだぞ。


(止められるわけがない)

  

 目を覆いたくなるような現場を、英司は目を逸らさずに見た。


(忘れちゃいけない……!)


 手を強く握り締め、歯を噛み締める。唇から血が流れる。


(深く胸に刻まなきゃいけない……!)


 動悸が荒く、胸は悪魔に鷲掴みされたように痛い。


 憎悪が身体中を支配する。暴れないのが不思議なくらいだった。


 せめて、設置されたカメラだけでも破壊したかった。


 だが、してはならない。


 名前を叫び、今すぐ助けに行きたかった。


 だが、してはならない。


 これは、まやかしであり、三島の異能であるのだから。


 ここで助けに入っても、現実は変わらない。


 助けた先にあるのは、妄想だ。叶うことのない、哀れな妄想。


 だから、いくら助けたくても、助けてはならない。


 そのかわり、心の中で何度も叫ぶ。


 自分が守りたいものを見失わないように。


「――――小幸こゆきッ!」


 パリンッ!


 目の前の景色が割れた。


 ※


 リアの英司を真似た戦い方にやや苦戦するも、ついに三島はアハトの首を掴んだ。


 アハトを追い詰めたのだ。


 あとはこのまま鎧ごと首をへし折ればよい。造作もない。


 異能を最大限集中すれば、10秒で折れる。


「これでショウダウン―—――」


 瞬間、とてつもない疲労が三島に襲いかかる。


「っ!」


 手に力が入らなくなるのがわかる。


 ―――ゾワッ!


 アハトの内にある激しい憎悪を感じ取り、三島はすぐにアハトから距離を取った。


「ま、まさかね……。こんなに早く帰ってくるは思わなかったよ」


 アハトは周りを見渡す。


 正面には肩で息をする三島。


 斜め後ろにはspeechless beauty。


 ヘルメットにはつんざくようなアラート音が鳴り響いている。


 内蔵ディスプレイには、全身にダメージが蓄積されている。


「アハト様。よくお戻りになられました」


 戻ってきたのだ。目を背けてはいけない現在に。


「申し訳ございません。スモークグレネードを使用してしまいました」


「問題ない」


 英司は三島を鋭く睨む。


「そんなものが無くても、十分倒せる」


 対する三島は、笑みを浮かべた。その割に、顔は汗がたくさん流れている。


 どうやら表情ほど余裕はないらしい。


「せっかく過去に返してやったというのに」


「お前がやっていることは、人間の弱い部分につけ込むだけのことだ」

 

「あのまま、トラウマを払拭ふっしょくしていれば、幸せだったものを」


「……子どもを実験台にし、人の過去を弄びやがって………! 絶対に許さねぇぞ」


 英司は激昂げきこうしていた。


「実験台?」


 三島は笑った。


「実験台ではないさ。今日食べる物にも困る、貧乏な子や家族から疎まれて殺されそうな子に、這い上がるチャンスを与えただけさ」


「チャンスだと?」


「ああ。ギャンブルと言ってもいいかもね」


「ふざけるな。そんなのはギャンブルとは言わない。強制参加のデスゲームだ」


「その代わり、大金を得る。ついでに、この世界に革命を起こせるほどの力を得る。ただ死ぬのを見過ごすより、よっぽど慈悲深いと思うんだけどな」


 三島はSpeechless Beautyを指差す。


「そして、彼女はギャンブルに勝った、特別な人間だ」


 英司はSpeechless Beautyを見た。絶望の底にいるような目をしている。あの日以降の小幸と同じを目をしている。


「確かにこの子は特別な人間だ」


 英司はSpeechless Beautyの盾になる位置に立つ。


「だがそれは、お前らの実験に成功したからじゃない。この子も、特別なんだ。この子だから特別なんだ。人間は一人ひとり、生まれた時からすでに特別なんだ。異能に耐えられなくても、この子は特別なんだ」


 英司の言葉に、三島は鼻で笑った。


「クサくて薄っぺらい台詞だ。鳥肌が立つほど。確信したよ。君は確実に未成年だ。荒波に揉まれたことのない、青臭いガキだよ。社会のリアルを知らないから、そんなことが言えるのさ。だけど―――」


 三島は嬉しそうに続ける。


「僕はやっぱり、君のことは好きみたいだ。青臭い台詞を堂々と言える君が、ね」


 その台詞に英司は嫌悪感を抱いた。冗談じゃない。人間失格者に好かれるなど、反吐へどが出る。


「俺は、お前を許さない。お前は、社会に出てはならない人間だ」


 互いに戦う姿勢を取る。


「ここで俺が潰す」


「出来るかな? もうじき僕の仲間も救援に来る。例え負けたとしても、」


 英司は拳を握る。残り13%のエネルギーを全て三島にぶつける。


 三島も、異能を出し惜しみせずに解放している。


 このフェイズで決着がつく。2人は確信した。


 準備が整った両者は、一斉に動き出した。


 三島は地面を駆け、英司はスカイウォーカーを最大解放して狭い研究室を滑空かっくうする。


「はあああああ!」


 アハトの胸に、音速を越える三島の全力右ストレートを放つ。


 英司はそれを上空に飛びながら避け、三島の後頭部に蹴りを出す。


「読めてんだよ!」


 三島は左手で蹴りを防御。


 手甲にピシッとヒビが入るほどの威力に怯むことなく、そのまま半回転して動きが止まったアハトの足を掴もうとする。


 アハトもすぐにスカイウォーカーをふかす。


 だが、全力の三島の方が速い。


 三島の手がアハトの足に届きそうな刹那、


「っ!?」


 アハトはスカイウォーカーパックをパージした。


「くっ!?」


 切り離したスカイウォーカーパックが、三島に勢いよくおそいかかってくる。


 異能で防御力を高めているとはいえ、それなりのスピードで鉄の塊がぶつかってきたら倒れてしまう。しかも体力の限界を迎えている今、全てを避ける力もない。


「避けねば――――」


 体を逸らした時、スカイウォーカーパックの残骸ざんがいの奥から、青白い光点が見えた。


 ブリッツガンの銃口だと気付いたのは、撃たれてからだった。


 雷弾が目下まで迫ってきたところで、三島は反射的に避けられた。


 避けることが出来た。


 勝った、そう思った瞬間、三島の脇腹に耐えがたい衝撃がほとばしる。


 次いで、スカイウォーカーの残骸が三島の至る場所に辺り、三島は吹き飛ばされる。


「ぐがっ!?」


 三島はそのまま、地べたに倒れた。


「ぐっ……」


 立ち上がろうとするが、上体を起こすことが出来ない。


 かろうじて首を上げ、足音を鳴らして近づいてくるアハトを見た。


「な……なんで……?」


「まだ意識があるとは、さすが幹部だ。タフさだけなら、城ケ崎を越えるな」


 近づいてきた英司が手に持っていた物はブリッツガンと、


「ドローン……か……」


「偽物と同じやられ方をするなんて、滑稽こっけいだな」


 英司はスカイウォーカーパックを切り離した時、ドローンを射出していた。


 スカイウォーカーパックの残骸にドローンを紛らわせる狙いがあった。


 英司としては、なるべく屈辱的な敗北を三島に味あわせたかった。


「やる―――」


 ズガンッ!


 称賛の言葉を送る前に、三島の顔面を撃ち抜いた。


 敵から褒められたところで、微塵みじんも嬉しくない。


 ついに気絶をした三島を見下す英司。


「やったよ。小幸」


 不意に、疲労が英司に襲いかかり、その場で片膝をつく。


 エネルギー残量は5%。


 リミッターは三島が地べたを舐めた時点で、リアが自動的に付けた。


Speechless Beauty彼女を連れて帰らねば)


 無理矢理立ち上がろうとするも、体に力が入らない。


「リア、オートモードだ。お前に操縦を任せる。この子を連れ出すぞ」


「残念ながら、難しいようです」


 すると、研究室の扉が開く。


 スーツを着たSPのような人が、ぞろぞろと研究室に入ってくる。


「あと少しだったんだがな……」


 英司は、死を覚悟した。

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異能渦巻くこの世界で、無能力者は鎧を纏う taki @makabe3takimune

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