第15話 スカイウォーカー

 首をぐるりと回し、軽くジャンプをする三島。頬は、殴られて少し赤くなっているだけで、流血はしていない。

 

 それだけだ。


 渾身の一撃を当てたというのに。


「リア、奴の皮膚ひふは天然か? それとも異能か?」


「お待ちください。……解析した結果、殴られる瞬間、左頬に大量の異能周波数が確認されました」


「防御力を高めたってわけだな」


「その通りです」


 しかし、現在の異能周波数は先程の戦闘時と変わらない。


 三島はまだ本気を出してきていないということだ。


「あと何発、奴の顔面にぶち込めばいい?」


「全て異能による防御をされた場合、30発ほど当てる必要があります。ブリッツガンであれば、防御されたとしても5発で済むと予測されます。やはり、貴方様あなたさまかドローンによる雷弾を当てるのが現実的です」


「なるほどな」


 意表を突く一撃すら、三島は咄嗟とっさの判断で防御した。


 そんなバケモノじみた人間に、こちらが狙って勝てるほど甘くはないはず。


 だから、英司は30発当てることも考えていた。


 ブリッツガンを狙って当てることは難しい。ドローンに関しては言わずもがな。

 

 相手が防御不可能なタイミングで撃たなければならないということか。


(さて、どう攻めるか)


 ふぅー、とリラックスした息を吐いた三島は、アハトを見る。


「悪いね、準備を待ってもらって」


 準備を待っていたわけではなく、単に攻めあぐねていただけだったが、反論はしなかった。


 そう解釈しているならそれで構わない。


 余裕があった方が、相手も身構えてくれる。


「さぁ来いよ、三島」


「では、遠慮なく」


 シュッ、と音を立てたと思った瞬間、三島の右ストレートが顔面へ近づいていた。


 あまりの速さに英司は驚くが―――


(いけるっ!)


 英司は少女の近くで戦わないように広い場所へ避けつつ、カウンターする。

 

 三島も英司のパンチを軽快なステップで避けつつ、顔か腹を狙ってくる。


 互いに拳の打ち合いとなる。


 拳をくらっている回数は、英司の方が上だった。


 さすがは、腕っぷしだけで幹部までのし上がっただけはある。


 アハトへのダメージがどんどん蓄積していく。このままではジリ貧だ。


(ただ殴り合うだけじゃ奴が上か。なら……!)


 英司は、三島が打ってきた鋭い右ストレートを左手で掴み、流れるようにふところへ入る。


「っ!」


 三島が英司の狙いに気付いた時は、すでに世界が反転していた。


「おおおお!」


 雄叫びの一本背負い。


「ぐっ!」


 三島がぐるりと半円を描いて地面へ叩きつけられた。


 ぼんやりと見ていた、一本背負いを知らない少女でさえ、綺麗だと思った。


 英司はすかさず左手でブリッツガンを持ち、三島の眉間めがけて撃つ。


 ズガンッ!!


 雷撃は寸でのところで三島の腕にガードされた。


「ちっ!」


 角度を変えて撃とうとした瞬間、三島が左手をはたく。


 ヒュン!


 銃が飛ばされたと思ったのも一瞬、すぐに三島の両足が英司の胸を強襲きょうしゅうする。


「ぐぁ!」


 防御する間もなく、モロに食らってしまった英司は3mほどの高さのある天井に背中と後頭部を強打し、そして落下した。


 受け身を取ることが出来ず、地面に激突した。


 軽く咳き込みながらも顔を上げる英司。


(やばい!)


 三島から目を切ってしまった。


 英司は慌てて防御体勢を取ろうと周囲に目を向けた瞬間、黒い影が迫ってきた。


(しくった—―――)


 黒い影が、三島の鋭い蹴りだと気づいた時には、防御は間に合わない。


 やられるっ!


 衝撃に備えたところで、英司の左腕が勝手に動き、蹴りをガードした。


「っ!」


「ナイスだ、リア!」


「いいえ」


 英司は蹴りの押し出す力を利用して地面を転がり、三島から距離を取る。


「すごいね、今のは。柔術にも警戒しておこう」


 言いつつ、アハトの元へ走る三島。得意の殴り合いに持ち込むつもりだろう。


「アハト様。同じような戦い方では負けます」


 リアの助言に少し苛立つも、英司は堪えて受け入れた。


「やはり、奴は強い。俺よりもずっと」


 正々堂々と戦えば、敗北は必至ひっしである。


 体術において三島より上であると証明するという、陳腐なこだわりは捨てなければならない。


 しゃくだが、認めるしかない。一対一の格闘において、三島は上であると。


「対人戦が強いんなら―――」


 英司は立ち上がって、三島を迎え撃つ。


「人間じゃ出来ない戦い方をすりゃあいいんだろっ!」


 射程距離内に入った三島がパンチを放った瞬間、英司はスカイウォーカーを起動し、高速でスライディングした。


「なっ!」


 一驚いっきょうしつつも、三島はサイドステップで何とか避ける。


 が、英司はスライディングする中で三島の重心が置かれた足をつかみ、そののまま引っ張る。


「ぐっ!」

 

 異能によって身体能力が向上したとはいえ、物理法則には逆らえない。


 三島はそのまま前から倒れる。


 地面に顔がぶつかる寸前に両手を地面について顔面強打を防いだ。


 英司はスライディングからスカイウォーカーを巧みに操り、ムーンサルトで追撃する。


 弧を描いて地面にいる三島に向かう刹那、英司はブリッツガンを手に取り、銃口を三島の顔に向ける。


「甘いッ!」


 三島は腕で射線を遮りつつ、避けようとしたそのとき、腹に衝撃が来る。


 アハトのとがったつま先が、腹にめり込んでいた。


「ぐぁっ! 銃を囮にッ!」


 無防備だったため、痛みが緩和されなかった。


 だが、このような痛みは過去に何度も体験してきた。怯むほどではない。


 左腕で顔を隠しつつ、右腕で腹にめり込んだアハトの足を殴ろうとする。


 ボウッ、と足のブースターを稼働させ、三島の服を焼きながら避ける。


 そして再び、倒れている三島に蹴りをお見舞いする。


「二度は食らわないよ!」

 

 素早く横に回転した三島。火消と同時に蹴りを避ける。


 完璧に避けたつもりだったが、服にかすってしまう。


 ビリッ、と音を立てて三島の左脇腹があらわになった。


 そして、今度は滑空して、立ち上がり最中の三島に突撃する。


「……どうやら、異能をケチってる場合じゃないようだね」


 三島の異能周波数が跳ね上がる。


「アハト様、お気を付けください。今の三島の拳は、アハトの装甲を砕きます」


「当たらなきゃ問題ないっ!」


 英司は怒鳴った。


 エネルギー残量27%。余裕はない。疲れは感じない。ハイになっている。


(必ず仕留める!)


 英司は三島が放った全力右ストレートをぐにゃりと直前で曲がって回避した。


「来るッ!」


 ガードするため素早く左腕を上げるが、アハトがあり得ない体勢から回し蹴りで阻止する。


「っ!」


「読めてんだよ!」


 腕を蹴られてよろけた三島の前には、ブリッツガンを構えるアハトの姿が。


 憎悪の目を向けるアハト。


 トリガーが引かれた刹那、三島は理解した。


(注意しろと言ったのは鎧の性能ではなく―――)

 

 三島の眼前に雷弾が迫る。


……!!)

 

 ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ!


 雷撃が3発、三島に直撃した。異能で防御力を高める前に3発叩き込むことが出来た。


 三島の動きが鈍くなる。確実に効いている。


 続けてもう1発、といったところで三島の全身から異能周波数が格段に上がる。


 危険を察知した英司は、本能に従って一旦退がって距離を取る。


 そして銃口を向けたまま、英司は三島の動きをうかがう。


「やるね……君は強い……。正直、想像以上に強いよ」


 ぐらっ、と三島がよろける。どうやら3発連続で食らったことが、ダメージを大きくしたようだ。


「どうやら、僕は君に勝てないらしい」


 三島の思いがけない言葉に、銃口を下ろしてしまいそうになる。


「負けを認める。降参だ。君は僕より強い」


 三島は構えるのをやめ、無防備に立った。


 しかし三島の異能周波数は依然として高いまま。


「無能力者でここまで強いとは、敵ながら天晴あっぱれだ」


 時間稼ぎをしていることは明白であった。


 エネルギーはあと少しで残り20%を切る。話し込んでいる時間はない。


「それだけ強くなるには、相当なトラウマを持っていることだろう」


 トラウマ、という言葉を聞いて、英司の目の前に1人の少女が浮かんだ。


 銃を握る手に力が入る。


「あいにくと話に付き合っている暇は無い」


 銃口を再度、三島の眉間に向けた。


「お前を撃ち、この子をここから奪う。それだけだ」

 

「……取引をしよう」


 三島はニヤッと笑う。


「君が抱えているトラウマ、無かったことにしてあげる」


「……どういうことだ?」


「つまりね、過去に送ってあげる」


「過去だと? そんなことが出来るわけないだろう!」


「出来る」


 静かに、強く断言した。


「僕の表向きの身体能力強化だが、裏向きは他人の過去をやり直させる能力なのさ」


 過去をやり直せる。やり直すことが出来る。


「取り返せない後悔を、取り返すことが出来る」


 後悔を、取り返す。


 そんなこと、出来るはずがない。


「ふざけたことを抜かすな!」


 ブリッツガンを強く握り、スカイウォーカーで一気に距離を詰める。


「行ってみればわかるさ」


 予測困難な軌道で近づく英司。三島との距離まであと2mまで詰めたところで、三島がパンと手を叩く。


 途端、英司の目の前が場面が急に暗転した。


 研究所から違う場所に飛ばされている感覚がする。


「――――これは賭けだ。僕が生き残るだの、賭け」


 ポツリと呟いた三島の声を最後に、場面が変わった。


 ※


 夕暮れの住宅路に、アハトをまとった英司はいた。


 忘れもしないこの場所。これこそ、英司が人生で最も後悔した場面である。


 目の前には、制服を着た女子中学生が、英司に背中を向けている。


 背中まで伸びた艶やかな黒髪。傷一つない白く透き通った肌。細く美しい脚。


 わかる。


 顔を見なくてもわかる。


 彼女こそ、英司が唯一好きになった人であることを。





 ここは、各務英司の起源であった。

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