バンドメンバーにソロ活動の意向を伝えたい人

関根パン

バンドメンバーにソロ活動の意向を伝えたい人

 ハルトはスタジオにバンドメンバーを集めた。悩みに悩み抜いて決断したことを、メンバーに告げなければならない。


「みんなに話がある」


 ハルトは、バンドを抜けてソロで活動するつもりでいた。以前から考えていたことだが、なかなか切り出すタイミングがなく、今日までずるずると引きずってしまった。


「実は――」


 オレ、ソロになろうと思う、


 言いかけたハルトを、別の声が遮った。


「待て、ハルト。その前に俺からも報告がある」


「ナツキ……」


 ナツキはハルトと中学の頃からの同級生だ。ひょっとしたら何かを察したのかもしれない。


「報告って?」


「実は俺、結婚することになった」


「ほんとかよ」


「ああ」


 恋人がいることは聴いていた。というより、恋人がいない時期がないような男だ。それだけに、結婚などはまだ考えていないとハルトは思っていたのだが。


「もう、向こうの両親にも挨拶した」


「そうか。おめでとう」


「それで、バンドを辞めようと思う」


「え」


「ずっと考えてはいたんだ。今は幸運なことに、バンドでメシが食えてる。でも、それもいつまでかわからないだろ」


 ナツキの言う通り。バンドマンなど、安定した職業とは言えない。


「就職しようと思う。だから、バンドは辞める」


「そうか……」


 人には人の人生がある。他のメンバーを顧みずに勝手な決断をしようとしたのは自分も同じ。ハルトにそれを止める言葉は無かった。


「……あのさ」


 次に口を開いたのはアキヨシだった。


「僕もみんなに言わなきゃいけないことがあって」


「アキヨシ……」


 アキヨシはもともと軽音楽部時代の後輩だった。ナツキの次に古いつきあい。昔、先輩後輩だった名残で、普段はあまり我を出さない。


「言わなきゃいけないことって?」


「実は、父さんが豆腐屋を今年いっぱいで引退するらしいんだ」


「実家の豆腐屋さんを?」


「うん。それで考えたんだけど、僕、継ごうと思う」


 アキヨシはこちらの言葉を受け付けないかのように、少し早口で続けた。


「バンドやってる間も、どこかで頭の中にはずっとあったんだ。本当の僕の居場所はここじゃないんじゃないかって。子供の頃、店の手伝いで豆腐を作って売って、お客さんの笑顔を見てた時の方が、楽しかったんじゃないかって。だから、この機会にバンドは辞めようと思う」


「そうか……」


 ハルトもナツキも何も言えなかった。きっと決断には勇気が必要だったことだろう。二人にはそれがわかる。


「じゃあ、わたしも話そうかな」


 ミフユがいつものクールなまなざしのままで言った。


「わたしも、決めたことがあるの」


 ミフユはライブハウスで知り合った。初めは他のバンドにいたところを、ナツキが目をつけて引き抜いたのだった。


「わたし、デザイナーの仕事に本腰を入れる」


 ミフユは趣味のイラストが高じて、デザイナーとしても活動していた。最近は個展も開き、高い評価を得ている。


「今までは、バンドだけが私のしたいことを表現できる場だと思っていたの。でも、デザイナーを始めてみて、こういう表現の仕方もあるんだ、って。もっと自由に考えていいんだ、って。わかったの」


「そうか……」


 誰も異論をはさまなかった。もはや挟む必要はない。


「それじゃ、改めてオレから……」


 ハルトはもう迷うことなく告げた。


「オレ、これからソロで活動していこうと思う。バンドとは違う形で、オレの音楽を届けたいんだ。オレのギターの可能性を、もっと試してみたい」


「ハルト」


 ナツキが微笑んで言った。


「そう言うんじゃないかって思ってた」


「うん。遅いくらいだよ」


 アキヨシも頷く。


「わたしたち、あんたのギターの一番のファンだからね。応援するよ」


 ミフユも口を結んだまま、笑みを浮かべた。


「じゃあ、決まりだな」


 ハルトは言った。


「オレたちのバンドは――解散だ」





 後日。


 メンバーは記者会見の場に揃って現れた。


「えー、記者のみなさん。お集まりいただきまして、ありがとうございます」


 ハルトは小さく頭を下げた。


「先日、報道でもありました通り、我々は解散します。我々のバンド『びちゃびちゃ生ゴミ持ち帰り代行サービスアワー』は解散します」


 カメラのフラッシュの音が響く。


「メンバーで話し合った結果、このような結論に至りました。ライブの場での発表ではなく、申し訳ありません」


 ハルトは神妙な顔で続けた。


「解散後のメンバーについてですが、まず――キャンドル尻文字担当のナツキは、一般企業に就職して家庭を持ちます」


 ハルトはそう言いながら、ロウソクを尻に挟んで尻文字を書くようなやつがなぜ女にモテるんだろうと改めて思った。


「それから、床に投げつけたクリームパイなめとり担当のアキヨシは、家業の豆腐屋を継ぎます」


 ハルトはそう言いながら、食べ物を扱う店の息子がなぜ食べ物を冒涜するようなパフォーマンスを今までしてきたんだろうと改めて思った。


「それから、セクシー紐ビキニDIY担当のミフユは、本格的にデザイナーに転身します」


 ハルトはそう言いながら、ステージ上で胸の谷間にノコギリを挟んで木材を切って椅子を組み立てている時、こいつが表現したかったことって一体なんだったんだろうと改めて思った。


「そして私、ボーカルギター担当のハルトは、これまで通り音楽を続けます」


 ハルトはそう言いながら、他の3人がやっていたことは果たして音楽だったのだろうかと改めて思った。


「4人はそれぞれの道を歩みます。これまで二十年間応援してくれたファンの皆様、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げながら、ハルトは改めて思った。



 二十年も、よくもったな。




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