ペア

常陸乃ひかる

ソロの名を持つふたり

 西暦2XXX年。どっか遠くの、どこぞの惑星の、某国。

 そんな片隅でひっそりと生活している拙者は、ユニ・ソロと申す。手前味噌ではあるが、それなりに位の高い武士をやっているでござる。

 けれど昨今の武士は、そろ〇〇を弾いては勘定の話ばかり。そろ〇〇、武士の時代も終わってしまうのでござろうか。そろ〇〇そろ〇〇、腑抜けばかりで溜息が止まらぬでござる。

 ちなみに、『拙者』とか『ござる』とかは雰囲気で言ったみただけで、実際にそんなしゃべり方はしていない。

 西暦2XXX年にもなって、『ござるー』なんて言葉を使えば、後ろ指を指されて馬鹿にされるのがオチだ。あぁ、おそろ〇〇。他人の目が気になる時代だ。


 さて。

 俺は今日、友人のソロ〇〇と街ブラする約束をしている。ソロ〇〇も武士をしており、同じ釜の飯を食った仲間で、大人になった今でも付き合いがある。腕の立つ奴だが、なにぶん臆病で困る。

 俺は家の軒先で、たもとからスマホを取り出し約束の時間を確認した。そろ〇〇、良い時間だが――そう思って通りを遠望すると、

「ユニちゃん、お待たせー!」

 幼い風貌の男が、小柄な体と腰に差した刀剣をぴょこぴょこと揺らしながら、走り寄ってきた。

「ようモンちゃん、久しぶりだな。今日はどこ行くか決めてるのか?」

 友人のソロ〇〇のことは、末尾の二文字を取ってモンちゃんと呼んでいる。竹馬の友との時間に、思わず俺は顔をほころばせてしまう。

「セレクトショップに行きたいな。僕、新しい服が欲しくて」

「そうか。その……着物じゃ嫌なのか?」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……時代じゃないっていうか、さ」

 モンちゃんは申し訳なさそうにうつむいた。彼の気持ちは痛いほどわかっている。武士といえど、洋服の一、二着は持っていたいのだ。

「そういうユニちゃんは? なに買うか決めてるの?」

「俺はそろ〇〇誕生日だから、自分のプレゼントを買う。たまには贅沢しないとな」

「ハハっ、なんか寂しいよー!」

「なにをー!」

 冗談を言い合いながら特急に乗った俺たちは、車窓からまるで変わってしまった街並みを観望した。ともに育った地元のは、もう俺たちの知るではないのかもしれない。


 隣町の複合商業施設へ着くとすぐ、モンちゃんは数多のお店に目を輝かせた。タピオカドリンクを飲んだり、クレープを食べたりと、寄り道が多い友人を俺は微笑ましく眺めていた。

 一時間ほどして、ようやく目当てのセレクトショップへ入ると、モンちゃんは嬉々として服を選んでは、試着を繰り返した。言動がまるで女子みたいである。あまりの笑顔に少し羨ましくなったが――俺は武士だ、着物があれば良いのだ。

「――ありがとうございましたー」

 一時間ほど吟味し、納得のゆく買い物をしたモンちゃんと店を出ようとすると、ふと目前を、肩で風を切って歩く集団が横切っていった。

 ぞろ〇〇と雁首がんくびそろ〇〇、他人をはばからず、目をぎょろつかせる粗陋そろ〇な輩たちである。この手前は、おおよそゴロツキだ。ほとほと、時代に合わない。

 俺はそいつらを軽く睥睨へいげいして通り過ぎようとしたが、

「おい、テメエ! 人のことジロジロ見やがって! どういう了見だ! そんなに文句あんなら、オレらと勝負しやがれってんだ!」

 運悪く、目をつけられてしまった。あぁ、こうなると非常に時間がもったいない。さっと峰打ちでもかまして、次へ行ってしまうのが一番だ。

「クズどもが。良いだろう、最近はそろ〇〇だかい奴ばかりで、剣の腕が鈍って仕方がねえ。いっちょやってやるよ。表へ出な」

 俺も威嚇の意を込めて、わざとらしく鯉口を切った。すると、どうだろう――

「はあ? おめえ、なに言ってやがんだ? 勝負と言ったらコレよ」

 ゴロの頭は、ズボンのポケットから透明のダイスをみっつ取り出して、誇張してきたのだ。いわゆる、チンチロリンである。

「殴り合ったり、ましてや刀で斬り合ったりしたら危ねえだろ。バカじゃねえのか」

 ゴロの頭が言い放つと、取り巻きが笑った。

「そ、そうだよユニちゃん。危ないことはダメだよ。武士はこの国家の象徴であり、力を誇示してはいけないって法律で決まってるじゃない」

「くっ……腑抜けどもばかりが」

「大体、お前らみたいな武士にケンカ売ったって誰も勝てねえよ。そんなの周知の事実だろ。この国で一番強えおめえらは、むしろ一番弱えんだ」

「くそ……褒められてんだか、貶されてんだかよくわからん!」

「さあ、どうする。武士が逃げんのか?」

「やってやろうじゃねえか、一発勝負だ」

 ここまできたら、売り言葉に買い言葉だ。近くのフードコートへ移動し、俺とゴロはなるたけ隅の席に、向かい合って座った。


「親を決めるから賽をよこしな」

 俺に向けて放られた賽をキャッチし、それを振ると――あぁ、ついていない。目は2だ。続いてゴロの頭が降ると3が出た。親は、出目が大きいゴロの頭である。

「ツキはオレにありそうだ」

 憎まれ口を叩き、ゴロの頭はいびつな形のどんぶりに賽をみっつ放り投げた。チンチロ鳴らりながら、天井を向いた面は――

「あっ、ユニちゃん……」

 モンちゃんのやるせない声が、勝敗を表していた。

 ゴロの頭の出目は、ロクゾロ――六のゾロ〇だったのだ。

 俺は負けた。座って一分で負けた。親がゾロ〇を出した時点で子の負けである。あぁ、なんて無力なのだ。刀も抜けず、さいにも嫌われるなんて。


「くそ……今の有り金はコレだけだ。全部持ってけ」

 俺は財布に入っていたお札を全部テーブルに置いて、足音を立てないように、そろ〇そろ〇とその場を離れようとした。するとゴロの頭が、「おい待ちやがれ!」と怒号を浴びせてきた。――まだ足りないとでも言うのだろうか? 睨みつけるようにゴロへ目線を戻すと、

「テメエ、金なんて置いてどういう了見だ! 賭け事は違法だろうが! 持って帰れ馬鹿野郎が! この時代遅れオヤジが!」

 金を突き返されてしまったのだ。

 潔く負けさえ認めさせてもらえないなんて――あぁ、武士の時代は終わってしまったのだ。最悪、腹を切って――

「あと、悔しいからって自刃なんて絶対すんじゃねえぞ! 命を粗末にすんな!」

 と思ったのだが、それさえ読まれて苦言を呈されてしまう始末だ。

 ――時代、か。


 帰り道。

 とぼとぼ歩く横で、モンちゃんがうつむきながら口を開いた。

「ユニちゃん……! もう、僕は剣を置くよ。やっぱり時代遅れなんだよ!」

 モンちゃんの大きな声が、心にも体にも響く。

「……そう、だな。モンちゃんの言うとおりだ。これからどうするんだ? モンちゃんは新しい服に着替えて……新しい場所へ、か?」

「うん、そうだけど――少し違うよ。新しい場所へ行くのは、キミも一緒さ。ねえユニちゃん、コレ開けてみてよ。キミに似合うかなあ、って思ったんだけど」

 モンちゃんは左手に提げていた、ふたつのセレクトショップの袋のうち、ひとつを手渡してきた。中を確認すると、灰色のシックなジャケット、白いTシャツ、そして黒いパンツのセットが入っていた。

「こ、これは?」

「内緒でキミの洋服も買ったんだ。ほら、その……少し早いけど、お誕生日おめでとう! だから服を着替えてさ……舟にでも乗って、一緒に別の国に行こう? なんかね、こないだ本屋でアンソロ〇〇を読んだんだけど、この国に似た……確か、にっぽん? とかいう国があるんだってさ」

「モンちゃん……」

 今までずっと臆病だったモンちゃんが出した答えに対し、俺は――


 数週間後。

「舟が出るぞー! ようそろー!」

 船頭さんの大きな掛け声とともに、小さな舟は某国を離れた。

 ゴロとの一件のあと、俺とモンちゃんは武士の名を国へ返し、刀剣や着物を質屋に入れた。清々しい気持である。勝負には負けたが、金も命も取られず――ただ、サイコロ遊びをしただけだった。

 いや。そもそも、ゴロたちは悪人ではなかったのかもしれない。今となっては、どうでも良いことだが。

「俺は――俺たちは、もう単独ソロじゃないんだ」

「あとで名前も変えようね。ソロなんてつく名前、僕はこりごりだよ」

単一uniって名前も勘弁してほしいけどな」

 ふたりは、『ソロ』から『ペア』になった。そうして自然と、希望に満ちた目を向け合い、静かに顔を寄せると――そっと目を閉じるのであった。

 潮っぽいその唇の感触は、ふたりしか知らない。

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ペア 常陸乃ひかる @consan123

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