ソロリストの日常
今澤麦芽
ソロリストの日常。
僕の趣味は、少し変わっている。いや、少しではなく、かなり変わっていると自覚はしている。どんな、趣味かと、問われたらこう答えるしかないのだが。
『ハイディング』
つまり、潜入。ではなく、友人や知人、店員、果ては自動ドアや、反応感知式の電灯照明など様々である。
学校へ行くまで、帰り道、至るところに僕の挑戦心を煽るものがある。
気づかれないこと、『ハイディング』を僕はこう言っている。一人で楽しむことと、忍び足などを使うことから『ソロリスト』と。
僕の趣味は起きてから直ぐに始まる。着替えの音、部屋の扉を開けるとき、鞄を背負うとき、とにかく音を立てない事に集中する。
両親は慣れたもので、僕の背後からの囁くような『いってきます』にも動じない。
家を出ると、春の陽気と冷たい朝の風がほほを撫でる。飛んでくる花びらを楽しみながら、今日も玄関の難関に挑むのだ。少し錆の生じた門、その
音を立てない、その事に集中するのだ。
▽▼▽
「もう、あの子ったらまたやってるわ」
「ははは、おかぁさん、あの位の年頃の男の子なんてあんなものだよ?」
かじっていたトーストを皿に置き、彼は笑顔で彼女に伝える。
「そうなの? あなたもそうだったのかしら? ふふふ、でも可愛いわよね」
「笑ってやるな。あの子はアレで真剣なんだからさ」
「だって、寝相や、寝息、寝言が大きいのに……ふふふ」
彼女は息子の寝相を思い出しながら柔らかく笑う。起きてるときとは真逆で、『ココにいるよ』そう訴えるような寝返りと、大声の寝言。誰かと喋っているのでは? と疑うばかりの寝言を思い出しながら。
「ははは、だから、そういう年頃なんだよ」
彼も彼で、自身の過去を思い出しながら、優しく笑うのだ。『それに近いこと』をしていたな。と。
そんな優しい朝の時間は彼女の一言で、一気に霧散するのだった。
「あなた時間は平気なの?」と。
時計を確認して、慌てて残りのトーストとコーヒーを流し込み席を立つ彼を見て、彼女は笑うのだ。やはり、親子なのだ。と。
子供とは正反対に慌てて準備をする彼を見て。
▼▽▼
ふぅ、なんとか門は抜けた。次は……、はす向かいの幼馴染みだ。これは難敵と言える。彼女はどんなに気配を絶っても、直ぐに気づくのだ。何によって気づかれているのかがわからない。
だけど、今日こそは……。そう、心で思いながら彼女が待つ家へと向かう。
▽▼▽
あ、彼が来た。わたしは、彼の趣味を知ってる、でも、なにが楽しいのかはわからない。
でも、だからこそ、彼の趣味に全力で応えているとも言える。
ランドセルが本人は気づかないみたいだけど、金属音のスレ合う音を小さいながらも鳴らしながら来るのだから。もちろん、わたしは背を向けている。
そう、これは彼の趣味に付き合ってるだけなのだ。まぁ、毎日悔しそうにする彼の顔が見たいからって言うのはあるけど。
もしかしたら、それがわたしの趣味なのかも知れない。さぁ、彼がもうすぐそこまで来た。僅かな風に乗ってよく知る彼の香りがするから間違いない。もちろん、金属音もするのだけど。
だから、わたしは直前までは素知らぬふりを続けるのだ。いつものように。
彼がいつか気づくその日まで、さぁ、今日はどんな風に見破ったふりをしようか、とわたしも、楽しみながら。
ソロリストの日常 今澤麦芽 @bakuga-imasawa
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