シスコンと妹のソロ活

葎屋敷

それとボク


 ソロ活。それはひとりの時間を楽しむこと。ひとりだからこそ好きなように過ごせる、まさに自由の時間である。



 *



 ボクの目の前でため息を吐いているのは友人の晃彦だ。彼はボクと屋上で昼食を楽しんでいるはずなのに、その心はどこか沈んでいた。


「もう何回めのため息かもわからないな。どうしたんだ? 相談なら乗るよ」


 ボクがそう尋ねると、晃彦は伏せていた目をボクに合わせる。そしてそっと口を開いた。


「実は」

「実は?」

「妹が、ソロ活が始めるって言うんだ」


 恐る恐る打ち明けられたその言葉に、ボクは首を傾げた。「そろかつ」という単語が聞きなれなかったのだ。


「そろかつ?」

「ソロ活動っていうんかな……。とにかくひとりで出かけたり、ひとりで遊んだりするんだ。自由に過ごしたいんだと」

「なるほど。別に悪いことじゃないじゃないか。なにか困ったことでもあるのかい?」


 ソロ活と名前はついているものの、その実態はただの休日の過ごし方のひとつに思える。それこそ名前をつけるようなことでもなければ、妹がそれに取り組んでいるからといって悲観するようなものでもない。


 ならば、晃彦はなぜここまで落胆している様子なのか。


「妹がソロ活を始めて早一週間。正直、すぐ飽きると思ってたんだ。なのに全然飽きなくて……」

「だから、それのなにが問題だって言うんだ?」

「問題に決まってるだろ。だって――」


 答えを急かすようにボクは晃彦の瞳を覗き込む。すると彼は意を決したように続きを口にした。


「――だって! ソロ活してる間、妹が俺とデートに行ってくれないんだよ!」

「妹と出かけることをデートって呼んでるのか? 嘘だろ?」


 友人の発言に、ボクは喉が引きつくのを感じた。自分の耳を疑ってかかりたかったが、晃彦はさらに衝撃を重ねてくる。


「男女で出かけたらデートだろ!?」

「いや、家族間では当てはまらないだろう。普通は恋人同士とかで使う言葉だ」

「恋人!? ……俺、妹に恋人なんてできたら殺してしまうかもしれない」


 晃彦はわなわなと震えながら、低い声で呟く。


「君の妹、たしか中学生だろう? 恋人がいてもおかしくない歳だし、そうでなくとも初恋くらいはしてるだろうに」

「じゃあ、その初恋の相手殺す!」

「それはシスコンという概念を越えて、ただのヤバい奴だぞ」


 暴走する晃彦の言葉に、ボクは思わず眉間に皺を寄せる。


 晃彦が昔から妹を猫可愛がりしていたのは知っていた。彼の家に遊びに行ったときに、その妹に会ったこともある。小さくて可愛らしい子だったから、構いたくなる気持ちもわかるが……。


「晃彦。そこまでシスコンだと、妹にも嫌がられるんじゃないか?」

「…………実は、そうかもしれないんだ」


 図星を突かれたからか、妹の態度を思い出しているのか。晃彦は深くため息を吐き、わずかに伏している頭を余計に下へと向かせていく。


「妹が『プライバシーもプライベートもあったもんじゃない! もうお兄ちゃん過保護なんだよ! 私、ソロ活するから!』って急に怒りだして……。それ以来、口もろくに利いてくれないし、テレビ一緒に見ようって言っても無視されるし。勉強教えようかって言っても、ノーセンキューされるんだよ」

「それはなかなかに妹も真剣だな。そんなに過保護にしていたのか?」

「いや、そんなつもりはなかったんだけど」


 真っ直ぐにこちらを見る晃彦の瞳に曇りはない。ボクには彼が嘘を吐いているようには見えないが、念のために確認をする。


「でも妹は嫌がっているんだろう? 無自覚に妹を拘束しているんじゃないのか?」

「そ、そんなことねぇって! そりゃ、ちょっと反抗期で『ひとりにして』とか『しつこい』とか言われることもあるけど……。いや、でもあれは照れ隠しのはず!」

「ストーカーか? それは反抗期や照れ隠しでは片づけられないだろ」

「そんなことねぇって! だいたい、俺はそんな拘束とかしてねぇよ。ちゃんと風呂とかトイレのときは一緒じゃない!」

「もしそこまで付きまとっていたなら、妹の代わりにボクが君を殴ってた」


 なんてこった。ボクはあまりの事実に驚きと戸惑いを隠せない。ボクの大切な友人は重度のシスコンであったらしい。


 先程までの晃彦のように、ボクは深いため息を吐く。そっと横目で晃彦の顔を見れば、彼は不安げに瞳の色を揺らしていた。


「なあ、俺どうすればいいかなぁ? 妹に冷たくされたままだと嫌だしさぁ」

「……まったく、仕方ないな。それなら、ボクが君の妹と話してみよう」

「……はあ!?」


 僕がそう提案すると、晃彦が目を丸くし、口をぽかんと開けた。


「なんでお前が妹と話すんだよ?」

「兄よりも他人であるボクの方が本音を話しやすいかもしれないだろう? これからどうするつもりなのか聞き出せるかもしれない」

「いや、でも……」

「安心してくれ。幸い、ボクは君の妹と面識がある。大切な君のために一肌脱ごうと言ってるんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

「……じゃ、じゃあ。頼む」


 ボクはふざけた口調で大袈裟に言葉を重ねながら、最後に笑ってみせる。ボクとしてはそれが彼を説得するための、渾身の一撃であったつもりだ。それを晃彦がどう思ったかはわからないが、彼は少し照れたように頬を掻きながら、そっと目線を逸らした。



 *



 晃彦が指定したのは彼の家の近くの喫茶店だ。そこに行くと、すでに彼の妹は先に入店し、ボクを待っていた。


「やあ。久しぶりだね。待たせたかい?」

「あ、いえ。今来たばかりなので……」


 しっかりとした妹さんだ。席を立ってからお辞儀をする彼女に、ボクも小さく頭を下げた。


「晃彦からボクが話しに来た目的は聞いているだろう? さっそく話そうか」

「はい……」


 ボクが着席しながら話を切り出せば、彼女は両の肘を机につけ、己の両手の平を合わせた。そしてそこに額をつける。


「うちの兄……」


 妹は重々しく口を開くと、


「うざいんです」

「だろうね」


 ストレートに悪口を吐いたので、ボクもそれを肯定した。


 ボクが聞いた晃彦の家での様子はわずかなものだ。しかしそれだけでも匂ってくるシスコン臭。まさに鬱陶しさの塊であった。


「勘弁してほしいんです。家の中でどこ行ってもついてくるし。私だって、も、もう女の子なわけで」

「晃彦、そういうところ鈍いからなぁ」

「そうなんですよ。デリカシー皆無だし……。私との買い物をデートって呼ぶんですよ! 私にべったり過ぎるんです! ドン引きだわ!」

「たしかにドン引きだった」


 ボクらは互いにため息を吐き、晃彦という人間ついて頭を悩ませた。


晃彦はボクが妹を説得してくることを期待しているだろうが、どちらかと言うとボクは彼女のソロ活を応援する立場だ。ボクの目的は妹の気持ちを知ると同時に、晃彦の病状を改善するための道筋を探すことであった。


「はあ。恋人でもできれば、兄のシスコンもマシになるのかもしれないですけどねぇ。私中心に動くあのキモイ兄に、彼女とか――」


 晃彦の妹は諦めを多分に含んだため息を吐く。彼女はもう打つ手がないと思っているようだが、反対にボクは彼女の発言にピンときた。


「なるほど。晃彦にも恋人ができればいいと」

「はい……。でもそんな無理難題――」

「わかった。それならボクが晃彦の恋人になろう」


 妙案ここにあり。ボクは自信たっぷりに宣言する。すると一秒後、眼前の少女が黄色い叫び声をあげた。



 *



「――ということで、晃彦。付き合おう」

「待て待て待て待て! なにがどうしてそうなった!?」


 翌日。他に誰もいない屋上にて。ボクは晃彦の昨日の結果報告を兼ね、ついでに告白をしていた。


「ずっと君のことが好きだった。この際だから付き合おう」

「待って! お願いだから待って! おま、まって!」


 混乱する晃彦の言葉に従い、ボクは話すのを止める。

 晃彦は頭を抱え、うめくように低い声を放つ。


「はあ? え? いや、一個ずつ確認していこう。お前、男が恋愛対象なの?」


 晃彦の失礼な質問に、ボクは眉を寄せた。


「あたりまえだろう」


 ちらっとこちらを見てくる晃彦に対し、ボクは少々不機嫌になりながら答えた。


「ボクだって女の子なんだから」

「……いや、知ってるけどさ」


 そう。このようなボクはこの一人称や喋り方で中性的に見られることもあるが、れっきとした女子である。おっぱいも大きいし、スカートだって履いている。


「男っぽい口調だったから、俺はてっきり『心は男の子なんだ』みたいな、そういうデリケートなことだと思って――」


 どうやら晃彦は彼なりに気を使い、ボクの性別観に関しては触れないようにしていたらしい。


「ああ。君とは高校からの仲だから、勘違いするのも無理ないか。ボクは身体も心も女の子だ。この話し方は中学でかかった病の名残でね」

「病? どっか悪いのか?」


 一瞬、晃彦の表情が不安げに曇る。しかしボクの次の発言によって、その曇りはすぐに晴れた。


「いや、厨二病って言うんだけど――」

「厨二病ってなごるもんじゃねえだろ!」


 声を張る彼の言うことは最もだが、残ってしまったものは仕方がない。今の話し方にあまりにも馴染んでしまったのだから。


「ボクの口調の話はどうでもいいんだ。それより今は君の返事が聞きたい」

「うっ」

「ふふん。晃彦、断言するけどボクは優良物件だと思うよ。君がシスコンであることもあらかじめ了承しているし、スタイルだって悪くない。料理もできるし、なにより――」


 ボクは自分の身体をぐいっと晃彦に近づける。顔を赤くしながら目を見張る彼の様子に、ボクはクスリと笑ってしまった。


「――なにより、君が大好きだ。それこそ、物理的にも一肌以上脱げてしまうほどには」

「物理的に!?」

「さて、晃彦」


 ボクはにんまりと笑いながら、晃彦の手に自分の手を重ねた。


「返事を聞かせてもらおうか?」



 *



 後日、晃彦の妹から「兄のシスコンがマシになった。ソロ活が捗っている」と、お礼の連絡がきた。ボクは自身の功績を実感し、思わず鼻歌を歌ったのだった。

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シスコンと妹のソロ活 葎屋敷 @Muguraya

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