日本シリーズ第1戦、0ー0、9回裏ランナーなし、代打。
揣 仁希(低浮上)
代打
「打ったぁぁ!!!これは大きいっ!!文句なしのあたりだぁっ!」
打球はグングンと伸びていき、バックスクリーンの向こう側へと消えていった。
「東武レイオンズ!日本シリーズ第一戦を劇的な一撃でモノにしましたっ!ああぁ〜シャイアンズの下原、がっくりと項垂れてます!今のどうでしたか?解説の槙坂さん」
「ドンピシャでしたね。0ー0のここは下原としても勝負に行くでしょうし、ベンチもそのつもりでのリリーフでしたね。打った大野木が一枚上手でした」
マウンドで項垂れるピッチャーを横目に劇的サヨナラホームランの大野木がゆっくりとベースを回る。
身長198センチ、体重156キロの巨漢は身体に似合わない童顔を綻ばせスタンドに手を振りながら、ホームベースを踏んだ。
「槙坂さんは学生時代に大野木選手とバッテリーを組んでいたんですよね?今の大野木選手に何かひとこと」
「そうですねぇ……もうちょっと、痩せろと」
「ははは!昔から巨漢でしたものね!大野木選手は」
放送席からかつての相棒に冗談まじりの祝福をかけた槙坂は学生時代の相棒を思い出していた。
槙坂が初めて大野木に出会ったのは中学のリトルリーグだった。
中学一年にして180センチを超える長身と恵まれた体格に加え、キャッチャーとしての強肩も備えた大野木は中学屈指の捕手としてすでに有名人だった。
当時の槙坂もまた伸びのあるストレートに多種多様な変化球を駆使する投手として注目され始めていた。
そんな2人がバッテリーを組むのにそう時間はかからなかった。
中学では全国大会優勝、高校は2人揃って名門校に進学し1年からレギュラーに定着。
2年連続で甲子園準優勝、そして3年の甲子園でまたしても準優勝に終わった。
その3年目の決勝、9回裏ツーアウト満塁でバッターは大野木。
ここまで8本のホームランと絶好調だった大野木に誰もが期待し、そして……
フェンスギリギリのセンターフライに倒れたのだ。
槙坂は思う、あれがもし入っていればまた違った道もあったに違いない。
その後、大野木はスランプに陥りプロ入りも断り大学に進学、球界から姿を消した。
一方で槙坂はドラフト1位でプロ入りし新人王をはじめとして数々の栄冠を手にしたが、肩の故障で昨年惜しまれつつ引退。
僅か6年のプロ生活に終止符をうった。
「俺があと1年でもやれてれば……」
お立ち台に立つかつての相棒を見ながら槙坂はそう呟いて、かぶりをふった。
たらればは言いたくはないがついついそう言ってしまう。
なにせ大野木が球界に復帰したのは槙坂が引退してすぐだったのだから。
「いやぁしかし大野木は絶好調ですね!彼にプレッシャーなんてものは無いんでしょうね!」
解説者がそう言って興奮気味に話すのを槙坂は苦笑をかみ殺して頷く。
プレッシャーが無い?それは違う。
あいつは誰よりもプレッシャーに弱いんだ。
あの夏の日にあいつはそれに負けて逃げたんだから。
でもあいつは帰ってきた。
そんな弱味を微塵も感じさせないが、あいつは違った意味でプレッシャーを跳ね返す術を見つけたんだ。
今季の大野木のホームラン数は実に36本。
その全てがなんと代打で、打率は8割を超える。
一見、打ちまくっている様に見えるし実際に打ちまくっているのだが問題はその中身だ。
36本のホームランが全て一点差でランナーが無い場面ばかり、つまりはソロだけなのだ。
きっと監督も分かっているのだろう。
大野木はランナーを置くとその本領を十全に発揮出来ない。
故に球界屈指の強肩を持ち捕手としてもまだまだピカイチにも関わらず、代打なのだ。
球場を見るとそんな大野木のインタビューも終わり、放送時間もあと数分で終了する。
明日からはまた日本シリーズの第二戦が始まる。
けれど大野木はきっとみんなの度肝を抜く様なホームランを打ってくれることだろう。
「シリーズが終わったら飲みにでも誘ってみるか……」
槙坂はすぐに酔っ払って真っ赤になった最高のソロホーマーの顔を思い出し笑いながら放送席を後にした。
日本シリーズ第1戦、0ー0、9回裏ランナーなし、代打。 揣 仁希(低浮上) @hakariniki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます