「やっぱ外に出てアイス」


「おい」


「なによ」


「アイスならさっき買ったし、そんなに外に出なくてもいいよ」


「なんか、なんかこう、もやもやするのよ。何か、大事なことを忘れちゃったような、そんな、変な感じが」


「そうか。そいつは大変だな」


 彼が、ちょっとだけ笑う。


「なにがおかしいのよ?」


「いや。いい勘してるなと思ってさ」


「勘ってなによ。もしかして、何か、わたしに隠しごとしてるの?」


 彼。

 にやにやしている。


「してるな。隠しごと。当ててみろよ」


「うええ」


 いきなりクイズか。


「ヒント。ヒントくれヒント。ヒントください」


「俺とおまえの馴れ初め」


「は?」


 馴れ初め。


「言ってみろよ。俺とおまえの馴れ初めを」


「あれは、さいあくだったわよ。ほんとにもう」


 夏の夜。そう、こんな感じの夏の夜。

 何回も何回もアイスを買いに行ったり来たりしてて、そしたら。


「公園のベンチに座ってたあなたが、突然わたしの足をひっかけたの。で、わたしが派手に転んで」


 それで当然のごとく、取っ組み合いの喧嘩になって。


「そこからの仲よ。なによもう。なんで私を転ばせたわけ?」


 もこもこのソファから立ち上がる。やっぱり外に。


「ほれ」


「ぉわっ」


 また、足をひっかけられた。もこもこのソファに、もこっとダイブ。


「またひっかけた。もう。なにすんのよっ」


 クッションを投げた。

 クッション?


「あれ、なんでクッション?」


 ソファにクッションは置かない派です。置いてたら引きちぎります。


「引きちぎれよ。置かない派」


 言われたとおり、引きちぎる。綿とか、ぜんぜん出てこない。

 そのかわり。

 円くて、きらきらしたのが、ひとつだけ。


「指環」


 指環だった。


「ぁぅ」


「なんだおい、オットセイの真似か?」


 思い出が。

 あふれてくる。

 どうしようもなくなったので、彼に抱きついた。彼が、軽く抱きしめてくれる。


「あうあう」


「オットセイどうした。がんばって発話しないと声にならんぞ?」


「何回。何回でも」


「何回でも、なんだ?」


「あなたが血だらけになって公園のベンチにいたら。何回でも。何度でも、いえにつれてかえります。だから、これからも。なんども。わたしがあなたのこと忘れたら、足をひっかけてください」


 思い出した。

 馴れ初め。

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夏の夜、クッションは置かない派 春嵐 @aiot3110

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