Destination

澤田啓

第1話 到達点或いは到着地点にて

 ねぇ……みんな知っているかい?


 現代社会は他者に対するを、人間に求めているんだってさ…………


 そんな馬鹿げた話なんて、ある筈もないよね。


 僕が今まで生きてきた15年余りの短い人生の中ですら、他人からの優しさを受けたことなんか一度もなかったんだけど。


 『ゆとり世代』から『さとり世代』そして僕らは『つくし世代』なんて名前でカテゴライズされているらしいけど、って云ったって……僕らが尽くすのは自分の周囲の人間だけ、小さなコミュニティ……SNSだのスクールカーストだの同じ部活動だのの同位置に存在する身内だけに尽くすって意味なんだよ。


 そんな最新版ムラ社会みたいな現実世界において、僕みたいな人間はどのコミュニティからも爪弾きにされる……生贄の山羊スケープゴートみたいな存在なんだから。


 そりゃあ僕だって、僕みたいな人間……休み時間に誰とも話さず誰とも遊ばず、ずうっとファンタジーだのSFだのホラーだのミステリだの……学校の勉強に役に立たない本ばかり読んでるような、陰気な男と友情を構築して……楽しくてキラキラした学生生活をドブに捨てるような真似なんて、進んでしたい筈がないじゃないか。


 そうそう、カーストの上位勢に媚を売って平和に、そして平穏に暮らしたいのであれば……彼らの役に立つように勉強の必勝法だの自分で努力した結晶である各教科の綺麗なノートを拠出すれば……『普段は関わり合いになりたくもないけど、コイツは定期試験前だけは俺らの役に立つんじゃね?』みたいなガリ勉ポジションを確保出来たのかも知れなかったんだけど、生憎と僕の勉学における成績とは……中位の下段程度と、カースト上位勢とどっこいどっこいの成績なんだから、僕は全く以って誰からものある存在ではなかったんだよね。


 それでも僕がカーストの最下位に沈んでしまわなかったのには、ちゃんと理由があったんだよ。


 それはとてつもなくネガティブな理由ではあったんだけど、この学級内クラスにおいて……が存在していたからに過ぎなかったからだったんだ。


 彼の名前も思い出せないので、彼のことはA君としておこうか。


 A君は僕のような陰キャから見ても……ドン引きするぐらいの陰の者、キング・オブ・ダークネスとも云うべき存在だったね。


 休み時間にはアニメ雑誌を見ているか、それとも自作の美少女キャラをノートにカリカリと描き込むような人間だったよ。

 

 その自作の美少女キャラだってお世辞にも上手いとは云えない出来で、僕のような門外漢が一目見ただけで『この絵は……根本的にデッサンが狂っている』と判別し得るような不味い絵だったんだ。


 どうして僕がA君の絵柄について、そんなに詳しく知っているのかだって?


 いや……別に僕からA君に話しかけた訳ではないよ、ただ単にカースト最上位のB君が……A君から取り上げた絵の一葉で紙ヒコーキを作って飛ばしたモノが、たまたま僕の席の近くまで滑空して近付いただけのことなんだけれどさ。


 そんなこんなで一学期の間は、カースト上位勢にと云う……加害者側から見て都合の良い言葉で、A君はイジり倒されていたよ。


 A君はキング・オブ・ダークネスの名に相応しい程に、学業は最下位に程近く、そして勿論のことながら運動オンチの極みとも云うべき……僕のようなカースト・ブービーからすると、とてつもなく敬愛すべき存在だったね。


 しかし僕にとっての潮目が変化したのは、夏休みが終わって二学期を迎えた頃だったかな。


 件のA君が不登校になって、自宅に引きこもってしまったんだ。


 それに加えて僕にとって都合の悪いことに、夏休みの課題で僕が書いた読書感想文が……市だか県だかもう忘れてしまったけれど、優秀賞だか最優秀賞だかを獲得してしまったのさ。


 提出したのは異世界を舞台にしたファンタジーで、カテゴリとしては児童文学に該当するモノだったんだけれど……僕が課題として提出した直後に、その本がどこかの外国の大きな文学賞を受賞してしまったんだ。


 その所為なのかどうかは大人の事情なので知らないけれど、たまたま僕が書いてしまった感想文は哀しいかな……書いた本人が望まぬまま、受賞の憂き目に遭ってしまったとはね。


 カースト上位勢からすれば『俺たちと成績も変わらないあのバカが、そんな賞を獲得するなんて生意気だ』ぐらいの気持ちだったんだろうけど……八つ当たりするためのツールであるA君は不登校、となると……例のイジりの対象がカースト・ブービーの僕に向かうことは自明の理だったんだろう。


 そして僕にとって、苦痛でしかない学校生活が始まったんだ。


 そう……二学期の開始早々から、カースト上位勢の軍団が僕にその牙を剥いたからだ。


 まぁ……中流家庭でゆとり世代を齧った親に、甘やかされて育ったようなカースト上位勢のイジりなんて……幼少期からずっと孤独を噛み締めて生きて来た僕にとっては、大した脅威ではなかったのだけれども……それでも休み時間の、いや……生活の糧であり唯一の楽しみであった読書用の文庫本群を、奴らに取り上げられて、キャッチボールのボール代わりにされてしまうのには割と辟易としたかな。


 それでも、僕は平静に……そして冷徹に、奴らのイジりを黙殺し続けたよ。


 奴らがそれに苛立って、更に強烈なイジりからイジメもどきへとエスカレートしようが……まるで気にせず馬耳東風の体で、カースト上位勢B〜F君をのように取り扱ったんだ。


 奴らにとっては大人しいだけの草食動物から、手痛いしっぺ返しを喰らったような気持ちだったんじゃあないかな?


 だって……奴らのイジりにノーリアクションで対抗した人間なんて、未だかつて居やしなかったんだろう……先代のカースト最底辺のA君ですら、卑屈な笑顔を浮かべて『止めてくれよぉ〜』なんて云いながら、カースト上位勢B〜F君の嗜虐心サディズムを楽しませていたんだから。


 そう……僕が無言の挑発を行えば行う程に、奴らの行為はイジりやイジメの枠を越えて、ある意味での犯罪行為に近しいモノとなって行ったんだ。


 僕の所有物に対しての破壊行為(器物損壊)、そして僕に対する直接的な暴力行為(傷害致傷)、更にはSNSへの投稿による僕への根拠も証拠もない誹謗中傷(名誉毀損)、腹立ち紛れに増長し激化エスカレートして行く……奴らの低脳さが集団心理によって膨張し、罪の意識が上手い具合に軽減されていることを隠れ蓑にして、面白いほどに色々な越えてはいけない線を踏み越えて行く奴らの姿は、伝説に描かれるレミングによる死の行進を地で行くような滑稽さがあったよ。


 僕は身体精神こころもズタボロになったをしながら、密やかに……そして着々と奴らの悪意と罪の蓄積を蒐集し、最後の一手を打つための準備を進めていたんだ。


 そして追い詰められた哀れな仔羊のをした僕は、もう一つの道筋から反撃するための布石を打つために……ただのことなかれ主義がアイデンティティの地方公務員に過ぎない担任の教職員に相談を持ちかけたんだ……勿論、ICレコーダーのスイッチはONだよ。


 哀れな僕は、真の意味では最も哀れな存在である担任の教職員から無責任極まりないテンプレの『先生にはイジメには見えない』だの『イジられるお前にも問題があるんじゃないか?』だの『お前だけの意見を一方的に聞く訳には行かない』との……完璧パーフェクトな言質を賜り、その御託宣を見事に録音させて戴きましたとも。


 そして僕は全ての証拠と記録されたデータと全関係者のフルネームを記載した文書、そして手書きの遺書(複写)を同封して……全国紙の五社と地元紙、国営放送を含む全キー局へと送りつけてあげたのさ。


 そして、せめてもの親孝行として両親には……マスコミ各社に送った物と同じネタに加えて、カースト上位勢B〜F君の親御さんの勤務先データと予想年収、そしてイジメ関連で自治体から損害賠償請求で切り取り可能額を記載した上で、その方面の訴訟に強い弁護士の一覧を……オプション遺書として渡しておいたよ。



 さあ……僕の回想もそろそろ終わりに近付いて来たようだ。


 一応は巻き添えの被害者を出さないように、生徒が完全に居ない時間帯を狙って……母校の学舎の屋上から飛び降りてみたんだ。


 最後のイタズラとして、担任教職員の愛車が良い位置に見えたので……目測では彼の白く輝く愛車に僕の脳髄と血飛沫が撒き散らされるように頭から飛んでみたよ。


 ほら……見ててご覧……僕の頭がコンクリートに触れた……そして頭頂部を叩き潰し……頭蓋骨の内側から脳髄を爆散させ……眼球も飛び出した直後に押し潰され……裂け千切れた血管から血液を周囲に噴き上げながら……僕の視界は暗転した……………


 



 ねぇ……みんなは知っているんだろう?


 現代社会は他者に対するを、人間に求めているんだってさ…………


 そんな馬鹿げた夢物語が叶うよう、僕はこの永劫の暗闇の中で祈っているんだ…………………ずっとね。


 

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Destination 澤田啓 @Kei_Sawada4247

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