人形作りの少女

月十字

人形作りの少女

 人里離れた森を、僕はたった一人で歩いていた。辺りから聴こえる何かの鳴き声や茂みが揺れる音、果ては吹き抜ける夜風すらも魔物の吐息に聴こえて来る。もはや、手に持ったランプが唯一の頼りだった。とはいえ、これもいつ燃料が切れるか分かったものじゃない。予備が無い今、そんな事になったら……考えるだけで恐ろしい。

「うぅ、こんな事になるなら夜中に抜けようなんてしなけりゃ良かった……」

 涙ぐみながら、僕は一人呟いた。



 事の発端は少し前。

 日が暮れてきた時に、上から何か音が聴こえてきてたんだ。それで上を見た瞬間、降ってきたんだ。子犬位はありそうな大きな蜘蛛が。

「う、うわあぁァァァァァァ!!」

 僕は蜘蛛型の魔物を辛うじて避けると、死にものぐるいで走り出した。

 そう、言われていたんだ。腕に自身が無いなら、夜に森を抜けようとするんじゃないって。なのに、僕は「早く抜ければなんてこと無い」って思ってたんだ。ちくしょう。その時に戻って自分の顔をぶん殴ってやりたい。

 その時の僕に、後ろを振り返る余裕なんてあるわけ無かった。捕まったら、僕がアイツの餌になってしまうんだから。

 ひたすら走って、走って、走って。

「うわっ!!」

 そうやって走り続けていると、脚が縺れて転んでしまった。何とか立ち上がって周りを見ると、幸いにもあの魔物は居なかった。

 だけど、それ以外は最悪だった。

「くそっ、道も看板も見当たらない。それに、荷物も落としてきちゃったし……」

 今手元にあるのは、ベルトポーチに入っている物くらいだ。

 布に包まれた小型ランプに小さなナイフ、それと銅貨数枚。これが今の僕の全てだ。

「僕の人生、こんなんばっかりだ」

 頭を抱えながら愚痴を零す。もちろん、こんな事をしていても何も変わらないのは分かってる。それでも、こうしないとやってられない。

「……仕方無い、行こう。ひょっとしたら、運良く道に出れるかもしれないし」

 何とかそう思いながら、僕は森を歩き始めて、今に至ると言う訳である。

 道には出れないわ、夜にはなるわでもう散々だ。

 とはいえ、野宿する訳にはいかない。食料や魔物避けも落とした荷物に入っていたのだ。それに、早く森を抜けないと状況は悪化する一方だろう。

 多少脚が痛くとも、空腹だったとしても、耐えるしかない。そう、耐えるしか……。

 その時、僕の腹の虫が鳴いた。

「……やっぱり、お腹空いたなぁ」

 空腹から足取りは重くなり、ネガティブな思考になってくる。

 その時、ある物が見えた。遠くに、明かりの灯った小さな小屋があるのだ。

(いやいや、結局都合の良い幻だよ)

 そう思いながらも、その小屋の明かりは僕に気力を振り絞らせ、小屋の前に辿り着かせた。

 それは木製の小さな小屋で、中からは金属がぶつかる音が微かに聴こえる。食器だろうか?

 僕は深呼吸をすると小屋の扉をノックした。

 もし泊めて貰えるならば有り難いが、無理だったらせめて食料を譲って貰おう。銅貨が足りると良いけど。もし門前払いされたら……その時考えよう。

 ノックしてからさして時間が経たないうちに、中から「誰?」と女の子らしき声が返ってきた。

「すみません、僕は旅の者です。もしよろしければ今晩泊めて貰えませんか?」

 そう僕が言った後、扉がゆっくりと開かれる。

 そこに立っていたのは、十四歳程の少女だった。多分、この子が声の主だろう。

「こんばんは。中に入って大丈夫よ」

 少女の言葉に、僕は「ありがとうございます」と、礼の言葉を言って小屋へと入った。




 小屋の中は微かな生臭さこそある物の、意外と掃除が行き届いており、大きなランプの様な照明器具の光もまた暖かさを与えている。

「今晩ご飯持ってくるから、ちょっと待っててね」

 少女はそう言って、向こうに見える台所に向かう。しかし、すぐに戻って来ると、僕に向かってこう言った。

「そうだ、奥に二つ扉があるでしょ? 手前の扉は絶対に開かないでね」

 その言葉に僕が頷くと、彼女は台所に戻って行った。する事の無い僕は、テーブルの近くにあった椅子に座ろうとする。

 しかし、そこには先客がいた。

「うわっ!?」

 椅子の上には、一つの人形が座って居た。テーブルの下に居た為分からなかったが、この人形はずっと座っていたのだろうか。

 この部屋を再び見てみると、結構多くの人形が飾られていた。数にすると十数体だろうか。

「ビックリしたな……」

 そう言って人形を手に持った。目は白い四つ穴ボタンで縫われており、布地は革の様な物だ。

 どれも別々の姿をしているが、あの少女が作ったのだろうか?

 僕がそんな事を考えながら人形を見ていると、美味しそうな匂いがしてきた。シチューだろうか。

 やがて、スプーンと食器を持って少女が戻って来た。

「お待たせ、晩ご飯出来たよ」

 そう言って、彼女は食器を二つテーブルに置く。食器の中には、予想通りシチューが入っていた。

「ねぇ。貴方も『友達』が気に入ったの?」

 彼女は、僕の方を見てそう言った。

「友達?」

 もしかして、この人形の事だろうか。

 少女は別の所にあった人形を抱きしめると、嬉しそうに話す。

「この子達、みーんな私の『友達』なの!私はね、『友達』皆が大切なんだ!」

 僕はその話に対し、「そ、そうなんだ」と答えた。

 ……他になんて答えろと?

 彼女は人形を元あった場所に優しく戻すと、再び台所に行き、今度はライ麦パンを持って来た。

「それじゃ、食べようか」

 彼女はそう言うと、シチューを食べ始める。僕もスプーンを持ってそれを食べ始めた。

 食事は質素な物だったが、今ならどんな物でも美味しく感じるだろう。僕はあっという間にシチューとパンを平らげた。

「全部食べてくれたんだね、良かった」

 少女は殻になった食器を見て、嬉しそうにそう言った。

「他の人に料理を出す事なんて殆ど無いから、味付けとか不安だったんだ。でも、大丈夫だったみたいだね」

 その言葉と共に、彼女は食器を下げた。

僕はそんな彼女を見て、ある疑問を持った。

(あの娘、親はどうしたんだろう?)

 普通、女の子一人でこんな小屋は建てられないだろう。仮に出来たとしても、ここまでしっかりとしたものであればそれなりに時間がかかるはずだ。恐らく両親か誰かが、昔建てたんだろう。

 では、その両親は何処へ?

 僕がそう考えていていると、少女は洗い物を終えたのか、こっちに戻って来た。

 彼女は僕の方を見て「ねぇ、君はどうしてここに来たの?」と訪ねてきた。

 ……正直、答えたくない。

 しかし、彼女のガラス玉の様に澄んだ瞳に見つめられた僕は、口を動かし始めていた。

見ず知らずの他人なのに、そんな話をさせる様な魅力が、その目にはあった。

「僕は、ある商人の屋敷の奉公人として仕えていたんだ。だけど、この前その主人が商売で大損を出したんだ」

 どうして僕は殆ど他人であるこの少女に、自分の話をしているんだろう。身の上話をして、共感や慰めを貰おうとしているのか。

「それで主人は、立て直しの為に大半の奉公人に暇を出したんだ。僕は力もないし、奉公してから間もないから、手切れ金だけ渡されてすぐに追い出されたよ。それで、仕事を探す為に街まで行く途中で迷った結果ここに居る、って感じかな」

 そこまで言うと、僕は溜息を付いた。本当に、思い出すだけで嫌になる。

「ねぇ、どうかしたの?」

 少女のその言葉を聞くと、「ごめん、変な事言っちゃって」と返した後に溜息を付いた。本当に、何をやってるんだ僕は。せっかく親切にしてもらった人に、こんな話をして。

「大丈夫だよ。……ねぇ、私の話もしていい?」

 彼女は僕を見て、そう話す。僕が頷くと、少女は話し始めた。

「私ね、小さい時にお父さんとお母さんが悪い病気に罹って、死んじゃったんだ。近くの村の人達も、沢山その病気に罹って死んじゃったの。だけど、私はその病気に罹らなかったの」

 少女は悲しげに言葉を紡ぐ。その話は僕の物よりも、重く暗いものだった。

「残った村の人達は、病気に罹らなかった私に『悪魔』って言ったの。お前がこの病気をもたらしたんだろう、お前が罹らなかったのは、お前が原因だからだって。村にいた子達も、私から離れて行っちゃったんだ」

 少女は俯きながらそう言った後、悲しげに涙を流す。

 僕は頭を下げると、彼女に対してこう言った。

「……ごめん。君の方が辛い記憶を抱えてたのに、無神経に自分の事話しちゃって」

 その言葉を聞くと、彼女は僕の方を見て返した。

「大丈夫だよ。もう慣れちゃったし、今は『友達』が居るから」

 そう言って、彼女は顔に笑みを浮かべた。しかし、それはいかにも無理矢理作った物に見えた。その痛々しい作り笑顔を見た僕は思った。

 この娘の助けになりたい、と。

 殆ど他人の相手だったとしても、誰かの為になるのなら。

 そう思った僕は、気付くとこんな事を口走っていた。

「ね、ねぇ。良かったらさ……僕と、友達にならない?」

 キョトンとする少女に、僕は続けてこう言った。

「毎日来るとかは難しいけど、なるべく遊びに来るようにするし、寂しくしないようにするよ」

 そこまで言った後、僕は自分の言った言葉の意味を考え直して顔を赤くした。

 そんな事に気付いていないらしい少女は、少し間を置いた後、太陽の光の様に明るい表情になった。

「本当?貴方も私の『友達』になってくれるの!?」

 少女の質問に、僕はしっかりと頷いた。すると、彼女はニッコリと笑って「ありがとう」と言ってくれた。



 その後、他愛も無い話をした後に、少女は椅子から立ち上がった。

「ねぇ、ちょっと待ってて。忘れ物しちゃった」

 そう言って、彼女は奥の部屋に入って行った。それを見た時に、件の手前の扉が開いてる事に気付いた。

「あの扉、閉めた方が良いよな?」

 別に入る訳じゃないし、それくらいなら良いだろう。そう思った僕は扉の前に向かい、閉めようとする。

 ……その時、二つの事に気付いた。

 一つは、この家に漂う生臭い匂いはこの部屋からする事。

 そして、もう一つ。それは、開いていた隙間からある物が見えたからだ。

「……人の、手?」

 嫌な予感がする。自分の本能が、今すぐこの扉を閉めろと促す。

 しかし、僕は愚かにも扉を開いてしまった。そうして見た扉の中には、凄惨な光景が広がっていた。

「ひっ……」

 そこにあったのは、死体の山だった。殆どは男の物だったが、女の死体もいくつか混ざっていた。

 どの死体も皮を剥がれ、頭髪を抜かれている。中には、衣服が切りとられている物もあった。

 あまりの光景に僕が立ち尽くしていると、後ろから声が聴こえた。

「ねぇ、何でその部屋を見てるの?」

 ぞわりと鳥肌が立つ。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには先程までと同じ笑顔を浮かべて、あの少女が立っていた。

 しかし、先程までと違う点がある。

 彼女の右手には、乾いた血がこびり付いた斧が握られている。

「その部屋に居るのはね、みーんな私の『友達』だよ」

 少女は笑いながらこちらに歩み寄る。僕は後ずさるが、後ろに置かれた死体に躓き転んでしまった。

「ねぇ、さっき話したよね。昔、あの病気のせいで、皆私から離れて行ったって」

 僕は彼女の顔を見ながら、ひたすらに頷く。

 彼女は笑みを深めながら、なおも僕に近寄った。

「それで、私考えたの。どうすれば皆離れなくなるかって。そしたら思いついたんだ、人形にすれば、誰も私の近くから居なくならないって。名案でしょ?」

 そう言った彼女の目は、先程と同じくガラス玉の様に澄んでいる。美しいが、こちらの言葉は一切届かない。

 僕の目を見た後、彼女は斧を両手で握り、振り上げた。

「ねぇ、『友達』になってくれるんだよね。だったら、逃げないでよ」

 その直後、斧は僕の右腿に振り下ろされる。肉と骨が一気に潰れる音ともに、僕の右腿は両断された。激痛に、悲鳴を上げる。

 本当に、本当に迂闊だった。全くの他人に心を許すんじゃ無かった。

 イカれた人殺しは笑いながら、「逃げようとするからだよ。大丈夫、脚はあと一本だけだから」

 その言葉の後、左腿は僕の眼の前で身体から離別した。僕は激痛と恐怖から、涙を零す。

「ふふっ、これで大丈夫。後は怖がらなくても、すぐに終わるから安心してね!」

 そう言いながら、斧を振り上げる。

 嫌だ、殺されたくない。

 たすけ





「ここをこうして……よし、出来た!」

 少女は先程新しく作った人形を持つと、満足そうにそう言った。その手には、少女と同じ位の年齢の少年を模した人形があった。

 少女はその人形を抱きしめると、こう言った。

「よろしくね、私の新しい『友達』」

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