【KAC20219】ソロ〇〇をあてろ!

木沢 真流

ソロ〇〇ネーミングで大金を勝ち取れ!

 私はネーミング師。この職業が意外と知られていないのは、我々の仕事の成果を残念ながら表に出してはいけない点にある。せっかくいい名前をつけても、それが自分で考えたものではないと知られるといい印象を持たれない。しかし実際にはかなりの需要があり、中小企業の会社名だったり、最近だと芸人のコンビ名なんかはほとんど我々同業者がつけている。

 コツは簡単、全く関係ない、もしくは意外性のある二つの言葉をつなげるだけだ。例えばホワイト・ブッキング、ワイルド・ジャングルジム、スーパー・センチメートル、この関係の無い二つの言葉を繋げるのは意外と難しいが、我々プロにかかればそれほど苦にはならない。

 確かに珍しい仕事かもしれない。だがそんなネーミング師としての仕事をしていて、最も奇抜な仕事といえば紛れもなくあの依頼だろう。


 あれは3月の終わり、春一番の吹き荒れるある晴れた日のことだった。依頼内容は言うまでもなく、あらゆる点において奇抜な依頼だった。まず依頼主が変わっていた。肌艶こそ良いにもかかわらず、頭には真っ白な頭髪が一糸乱れることなく肩まで伸びていた。若々しい壮年、もしくは老けた中年といったところだろうか。元IT企業の重役だったというその紳士は、新たに作る子会社の名前をつけて欲しいという依頼で私の事務所の戸を叩いたのだった。その指定された金額も常軌を逸していた。こちらが金額を提示する前に、通常の見積もりの五十倍ほどの値段を言ってきた。それだけでは終わらない、その締め切り時間も常識を逸していた。


「もう一度聞きますが、17:58までに納品希望ということで間違いないですか? 本日の」


 時間指定が分単位だった、しかも58分という細かい指定だ。それを超えると飛行機に間に合わないのだとか。制限時間は48分しかない。まあいいだろう、気が変わらないうちにやれるだけやってみよう、そう思って依頼を受けたのだった。

 依頼内容はこうだ。ソロから始まる言葉で、ソロらしさが全面に出ていて、ぼちぼち行くぞ、というニュアンスが欲しいとのこと。私は早速いくつか候補を挙げた。

 まず馴染みのない人のために駄目な例を先に挙げよう。ソロキャンプ、ソロアーティスト、のような既にある言葉ではだめだ。一般的な名前なのに通常では決して出会うことのない言葉、これがよりレベルの高いネーミングとなる。

 例えばこうだ。

 ソロデュエット、ソロマラソン、ソロコンビネーション、ソロニューヨーク、ソロマメ……


 しかし私が挙げたどのネーミングもクライアントにはピンと来なかったようだ。無情にも迫り来る期限。所詮間に合わぬか、単なる冷やかしだったのかもしれない。諦めかけたその時だった、私がぼそっととある言葉を呟いた。その一言に依頼主の白髪が一気に逆立った。そして突如すっくと立ち上がると、私の前に立ち、私の目をじっと見つめた。そしてこう言ったのだった。


「それだ——」


 それだけ言い残して、依頼額の小切手を置くと、依頼主は毛先まで整った白髪を揺らしながら何事もなかったかのように去っていった。

 あれでいいのか? 本当に。それが率直な感想だった。あれくらいの言葉だったら簡単に思いつくんじゃないのか? 金持ちの思考回路はつくづくよくわからん、そう思わざるをえなかった。

 まあいい、ここ数軒ネーミングの持ち逃げで報酬を貰いそびれていたから、ありがたくその金額をいただくことにした。

 ちなみにその言葉はこうだった。


「ソロソロ、いい言葉が浮かばないかな……」


 その後、隈なく企業のネーミングを調べてみたが、ソロソロという文言の入った会社名は未だ見つかっていない。

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