第7話 シンへ
男が去った後、部屋が静寂に包まれる。
一瞬の出来事だった。
埃の舞う汚部屋に突如男が押し寄せ、私達の希望を奪い、絶望に私達を染めていった。
そして、彼女の為になるだろうと思い、私達を私と括った。
しかし、そんな私も解体され私達に戻ってしまった、彼女の裏切りによって。
許せない、許されない。
しかし、チカラがない私達には、もうどうする事も出来ない。
そう、こうやって無意味で、不条理にただ立ち尽くすしか出来ない。
私達の周りには黒いモヤに囲まれている。
これが何かは分からない。
だが、徐々に近づいてくる良くないモノである事に違いない。
「…ァあ……………」
どうにもならず、どうしようとも思わなくなって、何故だか思わず声を発する。
これからは生きる為の糧を与えられず、徐々に衰弱していき、いずれは死ぬだろう。
もしかしたら、黒いモヤは“死”そのものかもしれない。
黒いモヤが私達に接着した時が、死の訪れなのではないか。
そして、時間が刻刻と経つ。
時間と共に私達の身体は、衰弱していくのが分かる。
あれから何も口にしていないのだ、当たり前だ。
それにもの凄く苦痛だ。
苦しい
腹が減る
喉が渇く
私達は未だ、生きている。
死んでない。
苦しみはある。
それに考えている。
無意味なことを
遂に身体が言うことを聞かなり、倒れてしまう。
腕が動かない。
立つ事すら叶わない。
━━━━━━━しかし、同じ形をした二つの手は、何かを望む様に伸びていた。
全てが痛い
身も心も
それなのに、この二つの手だけは懸命に伸びていた。
見ることは出来ない。
視覚もとっくに機能を停止させた。
未だ痛みは残っている。
諦めていないのか?
いや、違う。
もう遅い。
希望は失せ、絶望に呑まれているのだ。
とっくに、諦めた。
彼女に裏切られ、それだけは確かだ。
━━━━━━━━━この手は、果たそうとしている。
そうだ。
まだだ。
染まりきっていない。
絶対に染まらないものがある。
信じていた人も信念も絶望に染まるが、決して染まらないものがある。
━━━━━━━━私達じゃない、我は我。
これらはホンモノの世界ではない。
奴らが創った擬似世界であり、ニセモノの世界だ。
死にはしない、心を絶望に染めるには十二分だが。
今の身体も世界もニセモノだが、この絶望だけはホンモノだ。
そして、確かにここに我の精神があり、染ってきている。
希望は確かに失った。
もう、殆ど絶望に染まった。
ただ、我という存在だけは染まらない。
我の過去も栄光も、もう染ってしまった。
そして、ニセモノの世界であっても、我を再起不能の絶望に染まった状態にするには出来た。
もう、この
再起不能となり、あと数刻で消滅するだろう。
だが━━━━━━━━━━━━━勝つ
それが我そのものだから、存在そのものだから。
勝つことだけに作られ、進化し続けたのだから。
消滅しない限り、在り続ける。
我にとって勝利とは、誇りでも信念でもない。
存在そのものだ。
故に染まらない。
最早、絶望に染まった我では勝てないが、我が勝つ必要はない。
奴らに勝てさえすれば、いいのだ。
チカラは失った。
尊厳すらもうない。
あと出来ることは━━━━━“純粋に勝利を望む欲”
我はこれから名も知らぬ使い手を騙す。
彼にやってもらう。
我が果たせなかったことを我の代わりに。
彼に必要なものは分かっている。
それは正義でも合理的な思考でもない。
もっと単純で厄介なものだ。
それを直球に教えればいい訳ではなく、自身で気付き欲すること必要だ。
だが、厄介なことに彼はそれに気がついてないらしく、未だ到達していない。
まさか、我が導くなどする事になるとはな。
カラダが崩壊、消滅する前に片付ける。
先ずは語りかけることから始める。
我は何もかも偽りを述べる。
接触したことで分かったが、そもそも『黒い奴ら』の能力は、能力の反転という単純なものではない。
まず、先の『黒いヒビ』を拡張した盾は一部のモノを一切通さない。それが一つ目の能力。
それは意識、意思、自我を持たぬモノは絶対的な亜次元によって、通行を拒否される。
だが、それ等を持つものは次元外というチカラの弱い壁となる。
とは言っても、並ならぬチカラである事に違いはない。
そして、我はカタチを無限に変えることによって壁を乗り越えた。
だが、次の壁は乗り越えられなかった。
最初の壁は前菜であり、本命は次の記憶の壁であった。
そして、我はその壁を乗り越えられず、絶望に染まってしまった。
『黒い奴ら』はそうして絶望に染まり、弱った我のチカラさえも染め、反転させる。
要は絶望に染める事で、相手のチカラを反転させることが出来るようになる。
最初の『黒いヒビ』は絶望染められる意思、意識、自我があるかどうかを見分けるだけにあった。
『黒い奴ら』の能力もただの反転ではない。
たが、教えない、言わない。
自分で悩み、考え、答えを見つけ出せ。
名も知らぬ使い手に足りないものは“重み”だと言った。
が、そもそもそんなものは与太話だ。
それっぽく話を進める為に、気付かせる為に即興で作った与太話である。
とは言え、想い自体は存在し、想い自体にとてつもないモノがあるのは事実だ。
そら、思惑道理半端した。
“重み”などでは変わらないと、チカラにはなり得ないと。
だが、否定仕切れてない。
対話を続ける事にその足が歩みを進めている。
知りたいから。
勝てるのなら、欲しいから。
そうだ。
もっと、もっと来い。
━━━━━━━それだよ、それ。
貴様に足りぬものは、“純粋な欲”。
言ってることとは裏腹に、我慢し切れぬほどの欲。
人間の様に我慢など必要ない。
ケモノのように目の前の獲物にかぶりつけ。
我慢など微塵も必要ない。
貴様の野望はそんな生易しいものではないのだから。
何か別の事で悩んでいては、別の事を考えていては矛盾の答えに辿り着けない。
━━━━━━━━━━━━「そんなに気に入らないか。」
いや、十二分だ。貴様のコタエを出してくれたのだから。
「失望したのか。」
寧ろ、歓喜したと思うぞ。期待通りのコタエを出してくれて。演技をしたかいがあった。
「だから抵抗するのか。」
そうではないが、抵抗はするぞ。
「だから拒絶するのか。」
貴様がこれからも止まらないように最後まで、抵抗を続けさせてもらう。
「お前が望む答えではなかった俺のコタエだから。」
そんなことはない。本当は今すぐ本当のことを言ってやりたい。でも、それは叶わない。
もっと抗って
もっと壊して、我を越えろ。
━━━━━━━━━━━━━━もうそろそろか。
彼はきっと勝利するだろう。
ああ、なんて事だろうか。
先の件で分かってはいたが、絶望に染まった為か感情すらない。
あったらなば、嬉しかったと思うぞ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
━解説━
名も知らぬ使い手は真の、芯の事実に辿り着けるのでしょうか
一、槍は拡張した『黒いヒビ』に向かっていった。自我、意思、意識が備わっていないモノを拒むチカラ、元い能力を持っていた壁には、自我、意識、意思を有していたため乗り越えることが出来る権利があった。
二、しかし、自我、意思、意識を有していたモノは次に次元外の壁に阻まれる。
それを槍は持ち前のカタチを変化させる能力で切り抜ける。
三、最後の壁は絶望の記憶を体験させるものだった。
槍はこの壁を越えることが出来ず、絶望に染まってしまう。
四、絶望に染まってしまい自我、意思、意識が奪われてしまうが、ただ一つ決して染まらないモノがあった。
それは槍の存在。槍の存在は勝利目指すことであり、そこに意思は関係ない。
たとえ、勝利を否定しようと、存在し続ける限り勝利を目指す。
五、勝利することは自身でなくともよく、結果的に勝てさえいればいい。
ならば、チカラを尊厳を失った自身よりも可能性のある者が目の前にいる、という事で名も知らぬ使い手に全てを託そうとする。
六、名も知らぬ使い手に槍の“勝利”を託そうとするが、問題が発生してしまった。
それは今の彼には『黒い奴ら』に勝てないこと。
彼に足りないものは「純粋に勝利を望む欲」であり、足りないことにも気が付いていない。
そこで槍は偽りを述べ、彼に気付かせることにした。
七、槍の目論見は見事成功し、使い手はケモノのように純粋な欲を持った。
八、彼は槍が偽りを述べていることに気が付いてない。
なので、自身の邪魔をする槍を、染めている絶望ごと力づくで乗っ取った。
その影響を受け、槍は沈黙。
槍を乗っ取っていた絶望は排除された。
・つまり、第5話の槍との会話で彼は、槍にずっと騙されていた。
第5話の「そして、騙した。」は槍が使い手を騙すことも示していました。
『黒い奴ら』がゲ・ファクトの能力を騙したことだけを表していただけではない。
今この瞬間、俺の人生は始まった━━━━絶望によって 阿呆ノ塊 @199315110
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