教会から
ひとまず、僕が把握している『ステータス』についての情報を整理しておこう。
・名前、年齢、性別、種族と、20の数値化される項目がある。
・自身の能力が数値になるのではなく、数値の分だけの能力を持たされる(数値の大小は、恐らく、神の気分次第)。
・数値は、時たま変えられる(脈絡のないものが多い。恐らく、神の気分次第)。
・努力に応じて、数値の上方修正がたまにある(本当に“たまに”。恐らく、神の気分次第)。
大体、このくらい。
私情が混じり、アイツの気紛れさを強調してしまった。『神のみぞ知る』という言葉が、最近大嫌いになってきた。
ちなみに、今の情報は歩き旅の時に調べた。歩くだけ、というのも随分暇だったため、ノート片手にふらふらと歩いてた。
『将来性』『良心』『運』とかは、ノートを開いて確認するたびに変わっていた。反対に、あれだけ頑張って歩いていたのに、『生命力』や『努力』とかのフィジカルに関する項目の数値は、最後の方に1だけ上がった。気紛れ、としか言いようがない。
何はともあれ。
今わかっている四つの点を踏まえて、さっき見た『神の寵愛』の欄を考察する。
『神の寵愛:100000000000000000000000000 』
あの神がいじった結果、こんな数字になったのだろう。
文字通りの、桁違いな数値をどう受け取るべきだろうか。
……、アイツの嫌がらせか。
うっかり頼んでしまった、僕に対する嫌味。
感謝しろよ、と言われてるようだった。
気持ち悪い、気分悪い。
嫌悪感に苛まれていたら、ノートから文字が薄くなっていることに気付いた。
時間が経てば消えるから、当然か。
眺めていると、すぐに消えた。
五分位で消えるらしい。
すっかり真っ白になったページを眺めていたら、ドアが再び開けられた。
例のシスターと、おじいちゃん神官が出てきた。今回は二人だけのようで、ちょっと安心。
シスターが、おじいちゃんの補助をしながら、ソファに座っている僕の前までやってきた。
「お待たせしました、一心さん。このペンダントがあなたの生活許可証となります。ずっと持っておく必要はありませんが、当分の間は、これがあなたの身分を証明するものなので、大切にしてください。『主』の加護を身近に感じるためにも、首にかけるのをお勧めします」
渡されたペンダントは、石がついていた。宝石でも何でもない、ただの石。白くて、四角に研磨されていて、滑らかな手触りで、複雑な模様のように溝が彫ってあったけど。ただの石でしかなかった。なんだこれ?
紐は普通だった。首にかけやすいように色々工夫してくれているのかもしれないけど、まあ普通としか言えない。
こんなので、身分が証明できるのか。この程度で?
風習の違いと言ってしまえば、それまでだけど。違和感はあった。どうでもいいことだけど、気になった。気にしない気にしない。
前の世界の、情報社会とは違うのだ。お粗末なように見えても仕方ない。
宗教が実権的な力を持っているから、自分の常識と違うのは当たり前。
感謝だけ伝えて、受け取る。受け取るだけに留めておくつもりだったけど、視線に耐えきれずかけてみた。見た目より重い。
ずっと首にかけるのはキツイな。
「いやあ、それにしてもさっきの光は素晴らしかったですね。輝き方が、こう、違うというか……」
シスターさんが、また言い出した。目の光がおかしい。狂信的というべきか。
この話には一生ついていけそうにないし、全く共感できそうにない。適当に相槌だけしておいて、聞き流そう。
「それにしても、あれだけ強く光るのは珍しかったですね。普段はもっと穏やかに包み込むような光なのに。今回の光は、まるで周り全体を焼き尽くすような過激さがあって……。これも、何か意味があって?もしかしたら……」
聞き流せない話だった。さっきの光、やっぱりおかしかったのか。
それも含めて、僕への嫌がらせか。手が込んでいる割に、せこくてくだらない。心底嫌いなタイプだよ。
まだまだ、シスターさんは楽しそうに語っているけど、もう興味ない。アイツについて、これ以上知りたいとも思わないし。
隣のおじいちゃん神官に目を向ける。相変わらず、よぼよぼで、ふらふらして……。
?儀式のときよりも、更によぼよぼでふらふらに見える。なんで?
この短時間で老いが進むはずがない。でも、そうとしか見えない感じだった。
大丈夫か、声をかけようか。
「ああ、すみません。つい、話し込みそうに。司祭様も、魔法を使ったばかりでお疲れのところを。すみません、大丈夫ですか?ええと、それでは一心さん。許可証もお渡ししたことですし、外までお連れしますね。先程の門兵さんも、そろそろいらっしゃることでしょう」
急にシスターさんが、こっちの世界に戻ってきた。
失態を誤魔化すかのようにまくしたてる。
おじいちゃんの役職が司祭だったこととか、魔法が身体的な疲れにつながることとか、気になることも言ってるけど。
取り敢えず、このおじいちゃん司祭を早く休ませてあげたいから、さっさと立ち上がる。
おじいちゃんは奥の部屋に下がり、シスターさんが礼拝堂までのドアを開けてくれた。
ソファからドアまで行く間に、ふと壁の方を見た。
大きな鏡が飾られていた。控えめながらも丁寧な装飾がしてあって、高級なものだとわかる。
考えてみれば、この世界初めての鏡だった。
自分の顔を見たのも久し振り。何も変わっていなかったけど。
髪は黒く、普通の男子高校生より長い。手入れなんてまともにせず、ボサボサ。
顔の美醜はよくわからないけど、深く刻まれた隈や無気力な目付きが、マイナス要素になっていることはわかる。“素材はちょっといいのにね”と、言われたこともあった気がするが、どうだろうか。
服は貰ったものを着ているだけだから、特筆事項なし。
その他も、特別なことはなく、いつも通りの自分の姿が映っていた。
鏡からもすぐに目を離し、ドアまで行く。
シスターさんも待っている。
礼拝堂では、ベテラン門番さんが待っていた。
後ろの方の椅子に座り、こぶしを強く握り込んで、目を瞑っている。
寝ている……、わけではなさそうだし、何かあったのだろうか?思い悩んだように、眉間に皺が寄っている。祈っているのか?
「あ、ああ。終わったのか、坊主。ん、許可証もちゃんと貰えたんだな。よかったよかった」
こちらに気付いたベテラン門番さんが、言ってきた。
さっきまでの険しい雰囲気はすっかりなくなっている。
「失礼、お取込みのようでしたが……。ええと、教会はいつでも門を開いているので、またお時間のあるときにでも……」
シスターさんが気を使ったように応える。やはり、ベテラン門番さんの様子に、何か感じ取ったのだろうか。
「一心さんの件は、済みました。御覧の通り、許可証もお渡ししています。これで、一心さんも『主』のご加護の下に、生活を送ることができます」
シスターさんが、必要なことを伝える。神の加護とか、別にいらないんだけどな。
「わかりました。じゃあ、坊主は例のとこに連れていきます。坊主、行くぞ。それでは」
ベテラン門番さんも、挨拶を済ませてさっさと出て行った。やっぱり、何か抱えているように見える。
「はい、今行きます」
ベテラン門番さんに応えてから、教会の外へ何歩か進んだが。気になることがあったから、振り返ってシスターさんに尋ねる。
「『ステータス』について、どう思います?」
「『主』のお助け。我々への慈悲。この世界の根幹。なくてはならない、私の全て」
素直に答えてくれたお礼に、にっこりと笑って、
「わかりました。ありがとうございました」
と言い捨てて、教会から出て行った。
良い人ではあったけど、一生分かり合えそうにない。
「坊主、これからどこ行くか知ってるか?」
「知りません」
「そうか。……、坊主みたいなやつが集まるとこだよ」
「僕みたいな?」
「ああ、色々事情あったりして、一人では生きていけない若造どもが集まるとこだ」
「へえ、そんな場所があるんですか」
ベテラン門番さんと話が弾む。もう、いつもと同じ感じの門番さんだ。
一人では生きていけない若者……。この世界には多そうだけど、そんな人を助ける余裕があることには驚きだ。何か理由があるのだろうか。
数分歩いただけで、ベテラン門番さんの足が止まった。
目の前には、そこら辺によくある木造建築の建物がある。他より少し大きいようだけど……。
「ここだよ。一応、宿みたいなもんだ。生活のルールとかは、主人に聞いてくれ。話はもう通してるから」
「はあ……」
ベテラン門番さんが、おもむろにドアを開ける。教会と同じように、ドアの上についていた鈴が鳴る。リィンリィィン。
「あれ?あの嬢ちゃんは……」
何かに気付いたように、呟く声が聞こえる。
僕も、ベテラン門番さんの脇から、建物の中を覗く。
朝、道でぶつかった少女が、そこにいた。
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