05話 凡人

 柿谷達が教室に戻ると既にそれぞれの机の上にA4サイズの紙の束が置かれていた。左上をホチキス止めされてまとめられたその資料の表紙にはでかでかと『仮想世界要項』と書かれている。


「うげぇー。なんだよこの量、20枚以上あるんじゃね?」


 早速増渕は資料を手に取り、その厚みに顔をしかめる。


 ちなみに担任の沢北先生は教室に戻るや否や「昼食の時間になったらまた来るから」とだけ言って出て行ってしまった。どうやら本当に先生に質問させない気のようだった。


 柿谷も資料をパラパラとめくり、


「でもこれ最後の方は表みたいなのばっかりだよ。体力テスト成績ランキングに……実力考査順位表、だってよ。300人全員の名前が載ってるっぽいね」


 どちらの表も1位から順に300位まで続いており、順位の横に名前とクラス、それから各スコアが並び、最後に体力テストの方は総合評点、実力考査の方は合計点が記されていた。


「げっ、実力考査の結果も載ってんのかよ」


「その反応だとあんまり解けなかった感じかな? えーと……あ、僕は61位だ」


「お前そんな頭良かったのか! 俺はー……うん、まあこんなもんだろうな、勉強する時間なかったし仕方ねえ」


 増渕は順位は言わず1人納得して体力テストの結果の方を見始める。

 柿谷には実力考査の結果を隠したいようだったが、同じ資料をもらっている以上は意味のない言動だった。


 柿谷は62位以降の名前に目を通していくが増渕弓影の名前は見当たらず、ページをめくる。そこからさらに視線を動かし、ようやく見つけたときの横に書かれた順位は250位。


「……まあ神室理事長も現段階の学力なんていくらでもひっくり返せるって言ってたしね。これから頑張っていこうよ」


「そ、そうだよな! 俺にはそれだけ伸びしろがあるってことだもんな! どうもっ、無限の可能性を秘めた男、増渕弓影です!」


「そうそう、その調子その調子」


 すぐに調子に乗ってしまう増渕に、柿谷は適当に合いの手を入れておいた。


「つーかよ、柿谷お前体力テストの結果もいいじゃねーか。流石に俺には及ばねーけどな」


「何位だったの?」


「柿谷は55位で、俺は28位。あくまで男女合わせたランキングだけどな」


 謙遜するように一言付け加えていたが、顔は見事なまでにドヤ顔である。


「計測してる時も凄いなぁとは思ってたけど実際順位で見るとやっぱり凄いんだね」


「へへ、だろ? まー勉強も運動もできるお前もなかなかすげーっしょ。もしかしたら俺は将来有望な奴と知り合えちまったのかもな」


 手放しで褒めてくれるのは柿谷としても勿論嬉しかったが、素直にこの結果を喜べない自分がいることも確かだった。柿谷は肩を竦めて、


「でも所詮はそこそこいい程度なんだよね。突出した何かのない、どれも努力すれば到達できるようなレベルを寄せ集めただけの、バランスがいいから凄いように見えるだけの凡人なんだよ。理事長も言ってたでしょ、僕以外にもこれぐらいの人は世の中にいくらでもいると思うよ」


 柿谷も自分のことを凄い存在なんじゃないかと思った時期だってあった。

 テストで満点取るのが当たり前のような小学校から中学校へと進学し、周りが当たり前のように平均点を超えたかどうかを気にするなか、真面目に勉強して高得点を取る自分。

 陸上競技部に所属し、真面目に練習して県大会に出場したこともある自分。

 元来の人に嫌われるのが嫌で優しく接してしまう性格がゆえに周りから信頼される自分。


 しかし日の目を見るのはいつだって特別な何かをもった者だった。ついでに言うのであれば女子からモテるのもイケメンで面白い奴だった。なんでも満遍なくできて優しい程度の奴では、主人公と仲のいい友人Aレベルにしかなれない。


 事実、一学年180人いる中で定期考査で10位に入れても、県大会に出れるぐらいの身体能力をもっていても、今この場ではそこそこいい程度の成績になってしまうような、規模が大きくなればなるほど順位も下がっていってしまうような、絶対的な強さをもたないそんな存在。


 皮肉げに言う柿谷に対し、増渕はつまらなそうに答える。


「でも少なくとも俺よりは凄い、少しだけな。勉強は苦手だけどモテたいしせめて運動はできるようになりたいって思ってきた俺と、勉強もできるのにステータス的にはほとんど違わない柿谷のそれは否定的に感じるもんじゃねーだろ」


 柿谷はハッとさせられたような気持ちだった。

 そこそこよくても凡人と変わらないのは確かなのかもしれない。ただ、凡人が悪いことだとは誰も言ってないのだ。努力したのに凡人として一括りにされるのは嬉しいことではないが、凡人=何もしない奴とは繋がらない。何もしなければ平凡にすらなれない。

 凡人であることは特別を備えていないだけで、努力を否定するものではないのだと、そう納得することができた気がした。


 増渕は転じてニヤリと笑い、


「まーたかが1の差とかが運命を左右するわけで、そういう意味じゃ俺の方が生き残れるんだけどな」


「だけどそれを僕は頭を駆使して上回ればいいってことだね?」


 柿谷も吹っ切れたように笑顔を見せて応じる。


「それで結局なんでったって俺の恥ずい成績が皆に公開されてんだ? 体力テストの方はステータスに関係してるから他の奴らの強さが分かるけどよ、実力考査の結果ってなんか仮想世界で影響してくるんだっけ?」


「本物の強さには学力も大切みたいなことなら言ってた気がするけど、直接仮想世界に関わってくるかは言ってなかったと思う。でも関係ないならこの資料に載せる意味が分からないし……。まあちゃんと最初から読んでいけば分かるよ」


「はぁ、少しは読む量減ったけどまだ10ページは余裕であるんだよな」


「これ読まなきゃ仮想世界での試練で不利になるのは間違いないんだから頑張ろうよ」


「だよなぁ」


 増渕は文句を言いつつも読まないことには始まらないのを理解しているようで、1ページ目を開いた。

 柿谷も同様に最初から読み始めることに。


 最初のページは仮想世界の利用についてだ。技術棟の利用可能日や時間、注意点など神室理事長の話と被る部分が多いがより詳細に書かれており、重要な情報を見落とすわけにもいかないため飛ばさず読み進めていく。


 すると柿谷がそのページの半分ほど読んだところで、前の席の増渕がページをめくる動作をした。勉強が苦手と言っていた人の読むペースとしては明らかに速すぎだった。


「ねえ増渕くん、利用時間過ぎて仮想世界にリンクしてるとどうなっちゃうんだっけ?」


「えーと……警告画面が目の前に現れる?」


 増渕の答えに柿谷は嘆息する。


「疑問形な時点でちゃんと読んでないって白状してるようなもんだよ。それに答え違うからね。結構大切なことも書いてあるからしっかり読むんだよ?」


「ちなみに今の質問の答えは?」


「自分で探しなよね。読んでも分からないことなら僕も協力するけど、読んでないことを聞かれても答えないからね」


「分かった分かった、ちゃんと読みますよーだ」


 増渕はぶつくさ文句を言いながらページを戻したので、柿谷も読むのに集中する。


 2ページ目は創栄高校が採用する完全没入型VR装置の仕組みの解説で、3ページ目はデバイスの説明、及び使用方法についてだった。


 そして4ページ目からついに本格的な仮想世界内の説明が書かれていた。

 まずは神室理事長から配布された腕時計型デバイス改めコントロールデバイスについて。



・コントロールデバイス(以後単にデバイスと表記する)は仮想世界内における個人の情報を全て管理するものである。


・デバイスは破壊不能オブジェクトである。


・常にデバイスを装着する必要はないが、いかなる理由があろうとデバイスの再発行を行うことはできない。また、代替物となるものは仮想世界内に存在しない。


・デバイスは任意の手の人差し指と中指で円盤に同時に触れることで起動する。


・ホログラムウィンドウは円盤に対して垂直に展開される。


・画面は合計5面あり、起動時に展開される画面から順に〔時計〕〔ステータス〕〔持ち物〕〔作成〕〔詳細確認〕となっている。


・画面の切り替えは任意の手の人差し指と中指でスワイプする。


・デバイスの操作はそのデバイスに登録されているプレイヤーのみが行うことができる。



・〔時計〕は画面中央に仮想世界内における日付と時刻を表示している。


・画面右下に現実世界の時刻も表示される。



・〔ステータス〕は上部に名前が表記され、その下に各ステータスが縦に表示される。それぞれのステータスの横に最大値と現在値を表示したバーが並んでいる。


・強化ポイントを使用する際は強化したいステータスバーを3秒間人差し指と中指で長押しする。


・強化によるステータス上昇率は体力テストと定期考査の結果に依存する。


・生物に攻撃を与えた場合、アイテムを作成した場合に経験値が貯まり、経験値が一定基準を超えるとその都度強化ポイントを入手できる。


・各ステータス説明


〈体力(HP)〉アバターがダメージを受けた場合に減少し、ゼロになると死亡となる。体力が最大値の半分以下になると視界の隅が赤くなり始め、そこからさらに減少するに従って赤の割合が増える。最大値の20%を下回ると【怪我】状態となり、身体能力に関わるステータス値が半減する。10%を下回るとそれらのステータス値が1/4となる。また、体力に比例して持久力と念波保有量の回復速度が変化する。体力回復は食料値を消費することで自然に行われる。


〈持久力(スタミナ/SP)〉あらゆる動作を行うたびに減少する。動作が大きく激しいほど減少量も多い。歩き程度ではほぼ減少しないが、長時間の歩きは次第に減少幅が大きくなる。持久力がゼロになると【疲労】状態になり、動くことができなくなる。静止状態の時に自然回復する。回復速度は体力に比例し、多いほど回復速度も上がる。ただし〈食料値〉及び〈水分量〉がゼロの時は回復しない。


〈念波保有量(MP)〉【魔法】を使用する際に減少する。使用する魔法レベルによって減少量に差がある。念波保有量がゼロになっても他ステータスに影響は与えない。回復には静止状態を5秒間維持することで自然回復を開始する。回復途中に動き出した場合はその時点で回復が終了する。回復速度は体力に比例し、多いほど回復速度は上がる。


〈食料値〉時間経過と共に減少する。運動量が多いと減少量も上がる。ゼロになると【飢餓】状態になり、視界が明滅して徐々に体力が減少する。食料を摂取することで回復する。


〈水分量〉時間経過と共に減少する。減少速度は食料値の2倍。運動量が多いと減少量も上がる。気温の寒暖によっても変化する。ゼロになると【脱水症状】状態になり、視界が明滅して徐々に体力が減少する。水分を補給することで回復する。


〈重量〉モノを所持できる最大重量を示している。最大重量の80%を超えると徐々に移動速度が落ち、最大を超えると動けなくなる。


〈移動速度〉走る際の最大速度を示している。最大速度ではない移動速度での移動は持久力の消費を抑えることができる。遊泳速度にもこの値が適用される。


〈瞬発力〉瞬発的な動き出しの速度、加速度、跳躍力を示す。


〈腕力〉投げる力や実体化したものを振る速度を示す。攻撃などの威力にも影響する。


〈柔軟性〉落下ダメージの軽減率、衝撃を受けた際の【硬直】状態軽減に影響する。


〈適応能力〉寒暖に対する耐性に影響を与える。身に付けるもので対処可能。厳しい気温下では体力が徐々に減少するのを防ぐことにもなる。


〈製作効率〉モノを作成、修理する際の速度に影響する。また、大幅に強化することで作成、修理に必要な素材の量を減らすことができる。制作可能なモノの種類が増加するわけではない。



・〔持ち物〕では所持するモノの一覧を確認することができる。


・1つの種類のモノを複数個所持している場合はそのモノのアイコンの右上に「×○○」という形式で表示される。


・各アイコンの下部にそのモノの重量が表示される。


・詳細を確認したいモノのアイコンを1度タップすることで、そのモノの詳細説明を読むことができる。


・アイコンをダブルタップすることでそのモノを1つ実体化することができる。複数個実体化させたい場合はさせたい数だけさらにタップする。例えば2個実体化させたい場合は3回連続で、5個の場合は6回連続でタップする。


・アイコンを3秒間長押しすることでそのアイコンを〔持ち物〕画面内で自由にドラッグすることができるようになる。主にリストの整理に利用する。



・〔作成〕では作成可能となったアイテムの一覧が表示される。


・作成に必要な素材が〔持ち物〕内に揃っている場合はそのアイコンに色彩がつき、素材が不十分な場合はアイコンは白黒で表示される。


・アイコンをタップすることでそのアイテムの詳細、作成に必要な素材を確認できる。


・作成可能なアイテムはそのアイコンをダブルタップすることで作成され始める。複数個作成したい場合は実体化と同様にさらに複数回連続でタップする。


・作成されたアイテムは自動で〔持ち物〕に入る。



・〔詳細確認〕ではこの資料の内容を確認することができる。


・リストから見たいものを選んでタップすることで開ける。


・この画面の右上にのみログアウトボタンが存在し、そのボタンを3秒間長押しすることでログアウトできる。



 ひとまずデバイスの説明を読み終えた柿谷は頭の中で反芻し、大体の内容は理解できていることを確認する。

 増渕の方はゲームをよくやるということもあってか、こういったシステムについては柿谷よりもすんなりと理解できたようだった。

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主人公育成論 白井熊 @radames168

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