04話 これから待ち受けるもの

 スクリーンに映し出されたスーツ姿の神室理事長は相も変わらず自信に満ちた顔で、スクリーン越しにも関わらず存在感を放っていた。


『5日ぶりだな、お前達。こっちの世界でも面と向かって話したいのはやまやまなんだが、そのための場所を用意するのも面倒だったから、こうしてこれから仮想世界内で生活していくことになる島に各クラス配置させて同時通信の形を取らせてもらった。

 だが俺からもお前達の姿は見えているし音声も聞こえるから質問があれば発言してくれて構わない。答えてやれるかは別としてだがな』


 神室理事長はそう付け加えるとニヤッと不敵な笑みを浮かべる。


「絶対答える気ないだろ」


 柿谷にだけ聞こえる程度の声量でぽつりと呟いた増渕に、柿谷は苦笑いしながら「うん、だよね」と相槌を打った。


『どうでもいい話はさておいて、お前達も気になっているだろうから早速本題に移らせてもらおう。まずは率直にこの世界をどう思う? 現実世界と遜色ない情報量、そして精密さだろう?

 これこそが俺の創りたかった環境だ。もう一つの現実と呼んでも差し支えない、俺の思う通りの全てをやることができるこの世界で、お前達には必死に生きて強くなってもらう。

 勿論もしこの世界で死亡した場合は即退学してもらうから心して生きろよ?

 さてもう一つの現実と言うからには自分というキャラクターが重要になってくるが、先日行った全身スキャンと身体測定、体力テストの結果を元にこちらで作成させてもらった。容姿の正確さは周りの奴らを見れば理解してくれるだろう。まだ試せてはいないだろうが身体能力についても現実のものを忠実に再現している、と口で言ってもいまいちピンと来ないだろうから実際のデータとして見せてやろう』


 理事長を囲むようにして展開されている複数のホログラムウィンドウのうちの一つを、右手の人差し指と中指を揃えて横にフリックすると、柿谷達それぞれの頭上に光と共に何かが出現した。


 光が収まるとその何かは重力に従って落下してくる。

 柿谷は慌ててそれを両手でキャッチする。硬い金属のような質感の割に軽いその正体は、黒い光沢を放つ腕時計のようなものだった。ようなものという表現なのは本来文字盤がある円の部分が真っ暗で何も表示されていないからだ。


 生徒全員に腕時計型デバイスが渡ったことを確認した神室理事長は話を続ける。


『今それぞれの手元にあるそれは言わばゲームのメニュー画面みたいなものを呼び出す装置だ。ゲームにあまり触れてこなかった者には理解が難しいかもしれないが、そこまで複雑なシステムではないからすぐに慣れるだろう。

 細かい説明は後で資料を読んでもらうとして、今はとりあえず人差し指と中指をくっつけて円盤の部分に触れろ。そしたらホログラムウィンドウが出るはずだから画面を左に一度スワイプしろ』


 柿谷は言われるがままに左手でデバイスを持ち、右手で操作する。


 すると現れたのは上部に名前、そしてその下に様々な項目が縦に並び、そのそれぞれの項目の横には横長のバーが伸びており、バーの中には数値が記されていた。いわゆるゲームのステータス画面だ。


『今それぞれの画面に表示されている項目、その数値がまさに今のお前達の身体能力を表すものだ。近くの奴と比べれば分かると思うがそれぞれ数値の最大値が違うはずだ。

 数値は100を基本として、男女合わせた記録における平均値の奴は100で、それよりも高い能力がある者はそれ以上、反対に能力の低い者は100よりも低くなっている。ただし全員一律で同じステータスに設定してある項目もある』


 柿谷は増渕とお互いのステータスを見せ合う。


「俺達結構良い部類に入ると思うんだけど、あんまりパッとしないな」


「増渕くんの方が僕より結構よかった項目も大して差が出てないしね」


 2人とも中学は運動部に所属していて運動は嫌いではないことに加え、体力テストが重要になることは事前登校の時点で伝えられており、しっかりと鍛えて望んだため大体の項目は平均より高い。なにより男女合わせた記録から算出されているのが大きかった。

 ただ全体として増渕の方が柿谷より成績は上なのだが、それほどステータス的には大きな差ではないというのが正直なところだった。


『各ステータスの細かい説明は後で各自確認してもらうとして、俺からはこれの意味について話しておく。

 まずは各自の身体能力を数値化したことの意味。これは分かりやすいと思うが、自分という人間の能力を客観的に見るためのものだ。人生において必要なのは学力だけじゃない。身体能力だって重要な要素となる。自分の優れている点、劣っている点を明確にするための数値化だ。

 次にどうして男女共通の基準にしたか。これは単純明快、現実世界は身体能力においては確実に男子の方が優れているからだ。これはどうしたって変えようのない事実であり、仮想世界でのみはその差をシステム的に埋めることは可能だが、俺が目指すのは仮想世界で強い人間ではなく現実世界でも通用する強い人間だ。だからその差はそのまま再現した。

 だがそれだと流石に女子が不利なため、男子の食料値が100に対して女子は一律で食料値を120にしてある。一般的に男子の方が多く食べることを考えれば妥当な対処ではあると思っている』


 柿谷と増渕にはまだ気軽に話せるような女子がいないため確認のしようがなかったが、神室理事長の言葉を疑う理由もないのでふーんと頷くだけだった。


 食料値だけで他のステータスの不利を完全に埋められるとは思わなかったが、死んではいけないという世界観において空腹度はそれなりに重要な要素になってくるのだろうと、柿谷は勝手に納得しておくことに。


『最後は気付いている人もいるだろうがステータスの差が小さいことについてだ。本当に例外的な記録の者を除けば大半はプラスマイナス10程度内に収まっている。これは他でいくらでもカバーできる程度の差であることを示しているわけだが、要するにお前達の身体能力的な差というのは所詮その程度だってことだ。

 小学校、中学校だと特に運動神経がいい奴がモテる傾向にあるだろ? だがお前達が想像する以上に、平均よりちょっといいぐらいの身体能力なんて大した価値もない。武器として通用するようになるにはもっと圧倒的な能力が必要になる。

 それを理解してもらうためにそういう仕様にした。逆に言えば現時点で相当高い数値を叩き出している者は既に一種の武器を有しているってことだ』


 これで入学式の式辞と合わせて現時点での柿谷には学力においても運動能力においても価値の薄い凡人であると、神室理事長によって突き付けられたわけだった。


『まずはこの仮想世界でその仮初の自信を壊し、己の非力さを学び、本物の強さを目指す気持ちを高めていってもらう予定だが、その話は後にして先にステータスについてまとめて述べておきたい。

 この仮想世界内でのどんぐりの背比べ状態は実際の実力を理解してもらうためなわけで、一度身の程を知ればその後は身体能力を現実世界とリンクさせることにそれほどの意味はなくなる。

 よって仮想世界内で経験を積むことでステータスを選んで向上させられるようにしているが、その際の最大値の上昇率は今のステータス値が反映される。つまりステータス項目に対応する現実での能力が高ければ高いほど上昇率が高くなるということだ。

 そしてその上昇率を左右することになる体力テストはこの学校では毎学期の頭に行う。それ以前に割り振った数値には適応されないが、その体力テスト以降に割り振るものに関しては上昇率のパラメータもその結果に従って変更されるから覚えておくといい。

 そして男女のステータスの不平等についても進行具合によるが、1ヶ月を目処に男女それぞれで平均を割り出して全員修正する予定だ。女子は上方修正することになるが、この点は理解してほしい。俺はお前達に選択権のない性別という要素で諦めたり、反対に威張るようなつまらない人間にはなってほしくはないからな』


 これまで目的や心構えなどしか語らなかった神室理事長が、ついに本格的な仮想世界でのシステムについて口にした。


 まとめると現時点でのステータスの差は小さいが、レベルが上がるにつれてその差が大きくなるように設定しているということらしい。


 レベルアップで全てのステータスが上がるわけではなく、自分で上げるステータスを選択するという点に各々の戦略性が出てくることになる。満遍なく全体を底上げしていくか、長所をひたすら伸ばしていくか、はたまた成長率は低くともあえて短所をカバーしていくかなどいくつもの選択肢が考えられる。


 また、現実でのトレーニングの成果がしっかりと仮想世界でも反映されるような良心的な仕様なのは簡単に分かるが、将来的に上昇率を上げられると分かっている場合はあえてすぐステータスを上げず、体力テスト後の上昇率が上がったタイミングでまとめてステータスを上げて効果を高めるという選択肢もある点は気を付けなくてはならない。

 ただしこれはすぐにステータスを上げていれば避けられたかもしれないのに、溜めたがゆえにステータス不足で死んでしまうという可能性だって有り得る、難しい話だった。


 世間で話題になるような人気タイトルのゲームなら多少かじっている柿谷は辛うじて理解できた内容だったが、もしゲームをほとんどやらないような生徒には今の説明だけで理解するのは難しいだろう、というのが柿谷の印象だった。

 一応後で詳しい資料が配布されるらしいが、友人関係も大切になってくるんじゃないかと思い始めていた。


 生徒達が必死に話に追いつこうと頭を回転させるなか、神室理事長は皆の理解が追いつくのを待つようなこともせず話を続ける。


『さて、これでお前達もこの仮想世界が現実世界とリンクした環境だってことは理解してくれたと思う。次にこの世界について語っておこう。数は少ないが未だに勘違いしている者もいるようだからここではっきりと明言しておくが、仮想世界での活動はあくまで他の高校でいう部活動のような位置付けだ。

 基本的に通常の授業で仮想世界を利用することはないし、仮想世界での活動時間確保のために授業時間が減ることもない。そこらへんまで自由にやってしまうと高等学校を名乗れなくなるっていう現実的な話ではあるが、それを別にしても社会の上に立つような人間になるのに学力は不可欠だから勉学を蔑ろにする気は毛頭ない。

 ゆえに学業面では相当高いレベルを要求するからその点は覚悟しておいてくれ。勿論定期考査の結果は仮想世界にも影響するようにしているから気を付けろ』


 隣から「え? 嘘だろ……」という声が聞こえてきたが、柿谷はスクリーンから視線を外さなかった。学校のパンフレットにも書いてあるようなことのためみんな承知しているとばかりに思っていたが、どうやら相当身近に知らぬ者がいたようだった。勿論、声の出どころを確認していないため誰がとは言えないが。


『基本的に仮想世界へのアクセス可能日は毎週水曜日と日曜日を除く曜日だ。平日は16時から19時半までの3時間半、土曜日に関しては13時から18時までの5時間が利用可能だ』


 これも新しい情報というわけではないが、やはり隣に立つ誰かは初めて知ったようだった。


 現実と仮想を混同させないようにするための制限らしいが、実際仮想世界のリアルさを目の当たりにすると納得の措置だった。


『仮想世界の利用についてはこれぐらいにして、お前達が最も知りたいであろう仮想世界で行われることについて話そう。まず実施内容は大きく分けて2つある。

 1つ目は普段から活動することになる、大筋の枠組みこそ決まっているが各々自由に活動できる通常試練。

 これはいわばゲームのメインモードのようなもので、1年次におけるノルマはたった1つだけだ。と言ってもそのノルマをクリアするのに1年近くかかるだろうから別に簡単というわけではない。

 通常試練は仮想世界利用可能時間であれば常に行うことができ、デフォルトでその世界に転送されるようになっている。なんなら今お前達がいるその場所がそうだ。

 ステータス画面を見て察した者もいるかもしれないが、まずお前達には通常試練で思い思いにサバイバルをしてもらう』


 死ねば本当にそれで終わりのサバイバル試練。自由に行動できるのはいいことのように思えて、正解も分からず全て1から考えていかなければならない難しさがある。


 柿谷は考えることが多そうだと思うと同時に、1つの可能性に思い至る。

 唯一のノルマというのが分からないが、あえて仮想世界にリンクしなければ死ぬことだけはないのではないか、と。


 そんな考えを見透かしたかのように神室理事長は、


『ただ死を恐れるあまり中にはそもそもやらないという選択肢を取る者が出てくるかもしれない。しかしそれでも仮想世界でのアバターは常に世界に存在することになるため、無防備な状態を晒すことになる。

 ならば安全地帯で放置しようと考えるかもしれないが、そういった場合の対策として実施内容の2つ目、特別試練がある。

 これは通常試練とは異なり主に定期考査後の短期間で行われるもので、短いものだと1日もかからず終了する。有り体に言えばゲームのイベントモードみたいなものだな。

 また、それぞれの特別試練は完全に独立した試練内容であり、共通のアバターを使用する以外は通常試練との関連性もない。それぞれの試練に独自のルールが設けられ、明確なゴールや目標が設定されている。当然難易度は高く、己の殻を破れるかが重要になってくる』


 つまり通常試練を避けることですぐに死ぬことはないかもしれないが、レベルが低いままでは特別試練で振るい落とされてしまうから通常試練で経験値を稼ぐ必要があるということだった。


『これがここ創栄高校における仮想世界の概要だ。早速今日の午後から特別に通常試練を開始する。細かいルール等はこの後各教室に戻ったら配布される資料を読んで確かめてくれ。

 しっかりとルールを理解できるか、それもまた必要な能力だ。分かんなかったらとりあえず先生に聞けばなんでも答えてくれるなんていう甘い考えは捨てておけよ。

 それからもう1つ』


 神室理事長は自身の周囲のホログラムウィンドウを一瞥し、


『どうやら必死こいてグループ作りを頑張ったみたいだが、そんなとりあえず作った上っ面でつるむような仮初のグループに俺は微塵も魅力を感じない。ここでの生活を通して本物を見つけられることを願っているぞ』


 神室理事長は最後の最後でまた余計な一言を付け加えた。


 柿谷はクラスになんとも言えぬ微妙な空気が流れるのを感じる。


『それでは未来あるお前達、この世界で生き残ってみろ』


 神室理事長はそう発破をかけるとスクリーンの映像を切った。


 後に残された柿谷と増渕は顔を見合わせる。


「とりまここでサバイバルゲームをするってことでオッケーなんだよな?」


「そういうことになるね」


 その後柿谷達は沢北先生の指示に従い、順にログアウトして教室へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る