トンビが歌った

金子ふみよ

第1話

 林がザワザワしていました。風が強く吹いて木々が揺れたのではありません。

「やい、なんてひどい声をはりあげているんだい。子どもが眠れないじゃないか」

 母熊が一本の木の下で、ある枝を見上げながら吠えました。

「いや、俺は歌っていただけで」

 その枝に留まっていたトンビが弱った返事をしました。

「あんなのが歌だってのかい。あれなら人間が木を切る時の機械の音の方がまだましってもんだ」

 母熊のお怒りはなかなか収まりそうにもありません。

「いやほら、何の騒ぎかと思ったら、トンビが歌うだって? あたいの耳を壊す気かい」

 オオカミがのっそりとあらわれて、しかめ面を向けました。

「いいか、歌ってのはああいうのを言うんだ」

 言われて耳を澄ますと、さえずりが聞こえました。

「あれでもあんたよりもずっと若い小鳥の声なんです。あたいの耳を汚すようなら、あんたを噛み切るしかないね」

 オオカミがするどい牙を見せつけました。トンビは震えました。

「でも、俺は」

「言い訳ですかい、いいですぜ、おっしゃってごらんなさい。みなさんも聞いてみませんかい」

 ちょうどその時、カラスが隣の木の枝に留まり、母熊とオオカミを制しました。

「俺は人間の街に食い物を探しに行ったんだ。年寄りも若者も子供もいろんな調子で歌っていたんだ。楽しかったんだ。だから、俺が歌っても楽しくなってくれるかなと思って」

 トンビはだんだんしょんぼりとしてしまいました。

「気持ちは分からなくはないが、あんた歌わない方がみんなのためだぜ」

 カラスは首を振ってから、飛んで行ってしまいました。

「いまいましいカラスでさえ、ああ言ってるんだ。いい加減にすることだな」

 オオカミはもう一度牙を見せました。

「そんなに好きならもう人間の街で一生暮らしな。ここにいたいなら歌わないこった」

 母熊は立ち上がって斧のような爪を見せてから離れて行きました。

 トンビはため息をつきました。林の中から鳥の声が聞こえました。心が和む静かな歌にトンビはうっとりしました。歌おうとして止めました。母熊が言うように人間の街ならどんなに歌っても、爪に引っかかれたり、牙に噛まれたりする心配はなさそうでした。

「人間はあんたの歌なんか聞きやしないよ」

 トンビが見下ろすと、キツネがいました。

「街なんかで歌たって、うっせー鳥だなって迷惑がられるだけだぜ。そんな目に合うくらいならおいらと組んで食い物かっぱらおうぜ。最近はここにも森にも川にも人間たちがひっきりなしにやって来るからな」

 キツネはニタニタとしていました。

「それなら俺はここにいたいよ、少なくとも歌だって、みんな気付いているじゃないか。決して騒音じゃないよ」

 トンビは悲しそうな顔で遠くを見つめました。

「ああ、こりゃだめだ。まあ、いいさ。おいらと組みたくなったらいつでも声をかけな」

 キツネはあきれて行ってしまいました。

 トンビはしばらく考えました。うまく歌えるようになれば林で歌ってもだれも文句を言わない。練習をすればいいんだ、でもどうやるのがうまくなる練習なんだろう。

「そんなにしょげるものではない」

 トンビはびっくりしてキョロキョロしました。

「ほら、お前さんが留まっているこの木だよ。お前さんの歌、いいねえ。味わいがある。上手じゃないがな」

 トンビは褒められているのかそうじゃないのか汗をかきそうになりました。

「お前さんに足りないのは聞くことだ。上手だと思う歌をたくさん聞いて真似することだ。それをずんずん繰り返すのだ。今の気持ちをずっと忘れずにな」

 トンビはすっかり勇気をもらった気がしました。それからトンビは他の鳥たちの歌をよく聞いて、真似するようになりました。


 ある昼過ぎのこと。母熊は子熊を連れていました。オオカミもいますし、カラスも、キツネもいました。他にもたくさんの動物が集まって楽しいひと時を過ごし、これからお家に帰るところでした。

動物たちは、トンビのコンサートを聞いたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トンビが歌った 金子ふみよ @fmy-knk_03_21

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ