第19話 2人の一条

大きく湾曲した口から白い歯を剥き出しにしている。殺意を抱いたように、強い意志を感じさせる見開いた眼を見た。


僕の肩に掴まる目玉は、怯えた様に首に神経を伸ばしてその身を隠す。


しかし次の瞬間にはそれが気の所為だったと思える程、可愛いらしい顔を此方に覗かせた。


いつの間にか月は雲に覆われ、街灯が届かない3階の最果ては、異様な暗闇に包まれる。

廊下の随所に設置している、赤い非常灯は僕に危険信号を送っているようだった。


僕はそろそろ帰ると、彼女に伝えると眉を顰め、そして、どうしても引き止めたいのか、口をもごもごとさせている。しかし、その口から声が発せられる事は無かった。


「ほら、一条さんも家に帰るだろ? もう遅いしさ。あれだったら送っていくから。」


幽霊に危険が迫るとも思えないが、やはりこれが幽霊だと今でも疑わしい。今まで僕が見た幽霊は、全員何処か部位が欠損していた。一条さんは、目を見張る様な綺麗な姿をしたままだ。


「私はこの学校から動けないんです。」


「え! そうなの? それって地縛霊のようなもの?」


彼女は首を傾げて眼を丸くする。

僕は以前にネットで調べた事を思い出す。


「死んだ時にいた土地から離れられなくなる霊の事だけど。ああでも、ここで死んだ訳じゃないもんな。」


「そうですね。そもそも死んだ記憶もありません。それに……私以前は別の学校から動けませんでした。」


「そういえば、記憶……」


彼女は消えるような小声で付け足した。


「どうやってこっちに?」


過去を思い出すように上を向く。ただ、やっぱりよく分からないという風に眉を顰めた。


「急に……行かなくちゃって気持ちになったからです。そうすると出れるようになりましたが、気付いたらこうでした。」


「それはいつ頃の話?」


「1週間前辺りです。」


「転校してきた日か……」


彼女は、頷いた。


確か地縛霊は、その土地に特別な理由を有していると、そこからは出られなくなるとの記載があった。


つまり、もう1人の一条さんがいる場所が、彼女にとっての特別な理由として成立するのではないか。だから、ここからは出られないけど、前居た所は出れた。無理やり感は拭えないが、今はこれで納得するしかない。


彼女も何となくそれについては認識していたようで「はい、私もそうだと思います」と答えた。


何故学校から出られないのか。もう1人の一条さんが、日常生活で最も長い時間学校にいる事が起因しているのかもしれない。


彼女が何故無傷で幽霊となっているか、何故2人もいるのかについてはさっぱり分からない。


僕は幽霊が見える様になって1週間、いくつかオカルトも含めて調べた。


今の状況に少し近いと感じたのは、ドッペルゲンガーというオカルト話だ。


諸説あるがドッペルゲンガーは、同じ人が2人いて、その人を見ると不幸な事が起きるとかで、十女の言う、神委高校で起きた不自然な事故にも通づるとこがある。


しかし彼女は、僕以外からは見えないような発言もしていたし、そこは矛盾するかもしれない。


すると……、


首筋に何かが当たった。

気付くと一条さんが心配そうに見ている。

僕があまりに考え込んでいたから、不安に思ったのだろう。


警戒を既に解いている目玉は、暇そうに僕の顔を覗きこんだ。そして、僕の襟を引っ張る。


もう帰りたいという合図だろうか。


「あの、その子何処で拾ったんですか? 私ちょっと見てられないです……。」


そう言って彼女は口を抑える。

無理もないが、良くずっと握っていたものだとも感心した。


「さっきも言ったけど、こいつは離れた所に本体が居て、1人は嫌だから眼だけ連れてってくれって頼まれたんだよ。」


彼女は少し引き気味だが、

「なんだか私と同じですね。」


「そうだな。……もし出れるようになったら会いに来なよ。こいつも友達が出来て喜ぶと思う。」


「はい、分かりました。」


少しの間があって彼女は恐る恐る尋ねる。

「あ、あの……私と旅人さんは、お友達でい、いいのでしょうか……。」


「ああ、勿論。」


彼女の顔から影が消える。周りにお花でも出るんじゃないかってくらいに、パッと顔を明るくさせた。


思えば、こんな一条さんは久しぶりに見たような気がする。


「ほんとう! 嬉しい。」


「遠くからいつもいつも私の姿を見て、ずっと羨ましく思っていました。沢山の人達に囲まれて。……私は誰にも相手にされないのに。」


「そっか、そうだよな。」


「でも、私も遂に友達が出来た! 旅人さん。好きです!」


「え? あ、それはどうも。」


唐突な告白に身体が固まる。でも他意は無い。純粋にそう言っただけだ。僕は自分に言い聞かせる。


「はい! で、お返事は?」


「え、なんの?」


「好きのお返事ですよ! 私を惹きつけるその、何でしょう。まあ、兎に角です。多分この私の気持ちは愛です。」


最後に彼女は、絵本で読みました、と付け加えた。

どうやらこっちの一条さんは、メンヘルチックな所があるらしい。

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神に委ねられた街[7/26現在 物語をいちから作り直してます] 真昼 @mahiru529

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