第18話 殺意の眼光
女子生徒は酷く怯えた様子で僕を見つめる。両手で花束を持つみたいに大事に、目玉の神経を握りしめていた。あまりに強くもっていたのか、諦めて観念したのか、萎れて目玉の部分は垂れ下がっている。
しかし、目玉が僕の姿を捉えると、ピンっと元気になって跳ね上がる。それに驚いた女子生徒、一条朱音は手を緩めた。それと同時に神経をバネのようにして、一条朱音の胸を押す。
僕の顔面に迫る、触手を広げた目玉。
さながら、羽根付きの羽根のようになって額に直撃した。
「うっ、へぇ!」
変な声を出して、僕は尻餅をつく。
ぬるぬるの目玉は僕に当たった事で一度宙に舞い、すぐさま触手を使って僕の首に巻きついた。
一条朱音は両手を口に当てて呆然としている。
首を締める様に巻きついた目玉に、ギブアップのサインを送ると、僕の左掌へと移動した。
僕は立ち上がり、額に付いたヌメっとした嫌な感触を思い出し吹き上げる。
「え、っと、だい……」
彼女の言葉に誤って被せて、僕は言う。
「元気な奴だろ。大切な友達なんだ。」
「と、友達ですか……。」
彼女は何処か拗ねた様に言う。
「ああ、よく拾ってくれた。気持ち悪くなかったか?」
「き、気持ち悪かったですぅ。」
一条朱音の眼から涙が零れ落ちる。
目玉に聴覚が無くて本当に良かった。
「で、でも1人は寂しかったので、芋虫みたいに床を這っていたこの子を持って行ってしまいました。大切なお友達……ですものね。本当にごめんなさい。」
彼女は制服を下に引っ張って、顔を伏せる。
ぽたぽたと床に落ちる涙は、今日の昼の出来事だというのに何処か懐かしい。
会話の内容が聴こえない目玉は、僕の左手の指をぬるぬると巻き付けている。
彼女は何か言いたげに、大きな眼を一度此方に向ける。雫の溜まった双眸は、月明かりがキラリと反射し、またそれを床に向けた。
服を両手で握るその様子は、まるで叱られた子供のようだった。
彼女は1番口を開きかけ、少し考えてはまた口を尖らせる。
少しの沈黙の後、彼女は漸く語り出す。
「……私どうやら居ない人みたいです。誰も私を見てくれない。なのに、どうして。……どうして旅人さんには私が見えるのですか?」
懇願する様に僕との距離を詰める。思わず身体を引いた。
「どうして私は旅人さんを懐かしく思うのですか?」
逃げる僕の両手を掴み上げ、挟む様にして握り締める。冷んやりと冷たくて濡れた手だった。
彼女はそのまま僕を覗き込む様にして、どんどんと僕を追いやる。目玉も彼女から逃げるように肩まで登ってきていた。
茶色の双眸が迫る僕は遂に背に壁がつく。窓硝子が音を立てる。
「どうして……、どうして、私はこんなに貴方の事が……。」
彼女の瞳孔は大きく広がり、ピクピクと小刻みに震える。
「……旅人さん。私今もの凄くドキドキしています。今にも心臓が飛び出しそうです。……これでも本当に、本当に鼓動は無いのでしょうか?」
「じ、自分で触ってみたらいんじゃないか?」
僕の提案に眉を顰める。大きな双眸は潰れ、僕を試す様に睨み付ける。
「旅人さんに触って頂きたいんです。……はいっ!」
昼休みと同じ展開だった。
まるで引力のように僕の腕は彼女によって引っ張られていき、やがては胸元へ掌が到達する。
忘れもしない柔らかな感触が掌に伝わる。
僕はまた心臓を大きく鼓動させる。
頬の赤い彼女はじっと、僕を直視する。蛇に睨まれた様に固まってしまった僕であったが、彼女の鼓動に注意する位の思考力はあった。
やはり彼女の鼓動を感じる事は無かった。
「一条さん、やっぱり鼓動は……うぇぇ!」
目玉は彼女との間を遮る様に、僕の顔に触手を伸ばした。3点で身体を持ち上げ、僕の顔を覗き込んだ。
表情は相変わらず分からない。プルプルと震える神経からして、お怒りのようなのは分かった。
「もう邪魔ですよ。」
暫く手枷の様に繋がれていた彼女の手が僕から離れた。
胸に触れていた掌は宙を切り、彼女は僕から1歩遠ざかる。
彼女は目玉を摘み上げると、叱る様に目玉を覗く。萎縮したのか、彼女の手を振り払い、また僕の肩に戻ってくる。
彼女は、それを少し膝を曲げて観察する。
「やっぱり私には鼓動が無いのですね。」
そう言って、何気無く胸に手を当てて僕を見る。指先が震えていた。
「旅人さん。……私はなんでしょうか。」
「幽霊……だとこの目玉の本体は言っていた。」
嘆息を吐き、観念したように1歩下がる。
既に涙は収まり、眼の周りの赤みみ引き掛けていた。
両腕を後ろで組み、片脚が宙を蹴る。
どこか遠い所を眺める様に、彼女は窓の外を見た。
「はい、納得しました。死人だったら、今までの事に説明が付きます。」
彼女は無理に笑みを作るが、その姿には酷く悲しみを帯びている。
彼女は何故幽霊としてここに存在しているのだろう。
双子という線はどうか? しかし、同じ名前を名乗っている理由が分からない。
成仏させる事が救いとなるのだろうか。そうであれば、何か未練を持っていると考えていいのだろうか。それを知るには、彼女の事を知らな過ぎる。
今は彼女との交友関係を深めるのが先決だろう。
もしかしたら、十女の言っていた、おかしな事故とも関係があるかも知れない。
考え事を辞めて彼女を見た時、悲し気な笑みを浮かべていた彼女の眼は、突発的な強い殺意を抱いたように瞳孔は縮み上がり、小刻みに震えていた。
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