ソロお見合い大作戦

まきや

第1話



 また呼び出し音が鳴っている。スマホの画面をチラ見して、呻いた。


 俺、高木たかぎ 洋介ようすけには悩みがある。原因はこの着信のせいだった。


 相手は実家にいる年老いた両親だ。用件は簡単に想像できる。


「親戚のみよ子ちゃん、結婚したってよぉ」


「今年もう33歳やろ。洋介、お見合いせんか」


 始まった。ここからが長い。


 結婚なんてする気ないと、ちゃんと返事をせず、なし崩しにしてきた俺も悪い。だがしょっちゅう催促されるのはわずらわしい。


 試しにお見合いしてみたらどうかって?


 無理。俺は超がつくほど奥手なんだ。母親以外の女性と、2人きりになるなんて考えられない。


 けれど両親の期待をないがしろにし続けるのも、結構ストレスが溜まる。だから困っているんだ。



 そんなある日、状況が一変した。


 未知のウイルスの世界的な蔓延だ。人と人が顔を付き合わせることが、敬遠される時代が幕を開けた。


 嬉しかった。この理由があれば、見合いをしなくても責められない。


 ただ問題が根本的にした解決した訳じゃない。ウイルスはいつか淘汰されるだろうし、親の心配は残り続ける。


「最近はオンラインでお見合いするらしいな」


 画面の向こうにいる会社の同僚の何気ない一言が、俺の頭を駆け巡った。


 オンラインでお見合いをする。その様子を親に観させる。


 俺がどれだけ女性に弱いかを理解してもらって、結婚を勧めるのを諦めてもらう。


 いや待て、オンラインだろうが相手は必要だ。違う場所にいても、女性に耐性がない事実は変えられないし。


 悩んだ結果、ようやく結論が出た。


「見合い相手をってやる」



 早速準備に取りかかった。


 最初に設定を決めよう。俺と見合い相手は、同じ部屋に距離を取って座ることにする。マスクは必須だ。


 なぜリアルに対面する形式にしたのかって? 今回女性役はがするからだ。場所が離れていては、出来ない。


 次はノートパソコンとカメラを2台ずつ用意する。マイクは干渉しないよう、ひとつだけ接続しておいた。


 机に機材を背中合わせに置き、互いの席を映す。


 女性の上半身のポーズ集(フリー素材)をネットで拾い、背景と合成する。それを10秒間でループする動画に加工したら、Xoomのバーチャル背景として登録すればいい。これで席に女性がいるよう映るはずだ。


 音声は女性に声を変換できるXoomの機能を使おう。マイクがひとつしかないので、お互いが同時に喋らないよう注意しないといけない。


 最後に俺の両親を会議に参加させれば舞台は完了だ(地元側の機材のセッティングは、従兄弟に頼んでおいた)。



 準備は整った。20XX年4月の吉日、俺の人生で初の単独ソロお見合いが決行された。


「本日はお日柄も良く――」


 お見合いには仲人なこうどなる人物がいるらしい。だがそんな者の映像まで用意する暇はない。音声だけでごまかした。


「高木 洋介です。ね、年齢は32歳」


 目の前に誰もいないのに、なぜ緊張するのか、俺よ。


「高木 ハナと申します。29歳です」


 相手の名前は好きなアニメのヒロインから拝借した。


「ベッピンさんだねえ!」


「洋ちゃんには、もってぇねえ! ハハっ!」


 その声、相手に筒抜けなんですけど。おそらくTVを観ている感覚に違いない。


 『今日は天気が良いですね』『桜が見頃ですね』。そんな当たり障りのない会話が終わった後、親父が爆弾を放り込んできた。


「じゃあ、先にお昼にしようかね」


 お昼……え、お昼!? 予想外の言葉を聞いて、俺はあわててネットを検索した。


『伝統的なお見合いの席では、軽く挨拶をしたあと、昼食の時間が設けられます』


 マジか!? 見合いって1時間ぐらい適当に会話して、解散ってパターンが普通じゃないの? っていうか料理なんてまったく用意してないし!


 カメラの向こうには、テーブルに大皿の料理を盛り付け始める母が映っていた。


「洋介。そっちは立派なホテルなんだろ? さぞかし豪勢な料理が出るんだろうなあ。中華に寿司に、ピザなんかも出るんかね?」


 もはや父の言葉はプレッシャーでしかなかった。


「ご、ごめん! いったん映像消えるから!」


 カメラをミュートした俺は、スマホを滑らせまくった。


 どんな料理が出るかを調べたかったのだが、ページの読み込みが半端なく遅い。うちの貧弱なネット環境に、カメラ2台分の通信が重すぎた。


 検索を諦めた俺は、テーブルの上に放置していたチラシを漁った。


 『北京キッチン』『がんこ寿司』『ピザランド』。デリバリーを頼めそうなのはこの3つ。俺は電話をかけまくった。


「20分でお届けします」


「いまちょっと注文が混みあってまして、35分でお願いします!」


「10分でお届けできるっす」



 到着時間は見事にバラバラだった。


 あまり長く映像を切っていると疑われてしまうので、中継を再開した。


「なあ洋介? おめえたち、ちゃんと食ってるか? こっちはなぁ――」


「ピーン・ポーン」


 父の声をさえぎったのは、最初に到着したピザ屋の呼び出し音だった。


「どうもー、ピザランドっす」


 チャラい兄ちゃんの声が大音量で響いた。インターホンのボリュームを必死に下げるが、もう手遅れだ。


「ぴざらんど?」


「会場のテレビの音だよ! ここの昼食、ビュッフェなんだ。ちょっと取ってくる!」


 慌てて玄関に走った。勢いに驚く配達員の手に代金を握らせて、ピザを奪い取る。


「そんなに腹減ってんっすか?」


「いいからさっさと帰ってくれ!」


 綺麗な皿などある訳もなく、シワの寄った紙プレートを引き伸ばし、ちぎったピザを乱暴に並べた。食器はプラスチック製だがこれしかない。


「なあ洋介。そのピザ、だいぶくたびれてるなあ」


「ピーン・ポーン」


「ちょっと、トイレ行ってくる!」


「洋介、『びゅっふぇ』つーのは『ばいきんぐ』とは違うんかね?」


「ピーン・ポーン」


「け、化粧直しに行ってくる!」


「はあ、最近は男も紅をさすんか?」


 両親の質問に答えている暇はない。何とか2人分の料理を皿に盛り終えて、ひと息つく俺。


 しかし次の問題に気づいてゾッとした。この料理、どうやって食べさせるつもりだ?


 考えろ……考えろ、洋介! パニックになるな!


 悩み抜いた結果、俺はクローゼットからつっぱり式の白いポールを取り出した。右端にフォークをテープでぐるぐる巻きに固定し、カーテンを切って洋服の袖っぽくぶら下げる。


 これが腕だと信じなければ、この先に道はない。


 俺は寝そべりながら皿に近づいた。映像を見つつ、女性の口元に食事を運ぶ真似を繰り返した。


「美味しいかい。花さん」


「え、ええ……とっても」


 両親に返事をしつつ、相手のカメラに映らないよう無理な姿勢を取り、苦心して突っ張り棒を操るこの姿。絶対に誰にも見られたくない。


「都会の人の腕は真っ白で細いんだねえ。ご職業はモデルさんかい?」


「ほほほ、普通の……会社員ですわ」


 腕が痺れてプルプルする。頼むから質問はそれくらいにしてくれまいか。


「そろそろデザートにするかね?」


 でざああああとぅぅぅ? なぜそのような無理難題をおっしゃるのか!!


 デザートのデリバリーなんてあったか? いや、あったといても、さっきの注文で俺の財布に不安がある。コンビニまで往復したら30分はかかるだろうし。


 デザートといえば、定番はフルーツ、アイス、ケーキ、それとドリンクぐらいなものか。


 一人暮らしの男の冷蔵を開けるが、思ったとおりロクな備蓄がない。


 中身は実家から送られた根菜類(じゃがいも、里芋、赤カブ)、期限切れの近い豆腐と納豆ぐらいだ。


 もはやこれでデザートを作るしかない!


 じゃがいもの皮を向き、なるべく白い部分を選んで、食べやすいサイズにカット。そいつらに赤カブの皮を貼り付けた。どうか、ウサギのリンゴに見えてくれ。


 里芋も皮を向いて丸くツルツルにして、氷の欠片をあしらう。なかなかのアイスクリームじゃないか。


 絹ごし豆腐はウスターソースで徹底的にコーティングする。どこからみても、チョコレートケーキの完成だ。


 里芋の残りを摩り下ろしてコップに注ぐ。そこに軽く混ぜた納豆を沈ませてストローを刺す。頼むから、ヨーグルト入りタピオカドリンクと信じてくれ。


「『びゅっふぇ』のデザートは豪華だねえ」


 両親は俺の『作品』に疑いを持たなかった。デザートを口にする都度、俺の表情が苦しげに歪んだが、ツッコミはなかった。


「じゃあそろそろ、私たちは引き上げますかねえ。あとはお若い2人でうまくおやんなさい」


「は?」


 し、しまったぁぁぁぁぁ!!


 お見合いの演出に夢中になって、俺の女性に対するダメっぷりを披露するのをコロッと忘れてた!!


「じゃあ、失礼しますねえ。花さん、洋介と仲良くしてやってくださいねえ」


 (ユーザー:『両親』が退室しました)


「……」


 終わった。終わってしまった。『ソロお見合い』は見事過ぎるぐらい成功した。このカップルは100%成婚するだろう。


 目の前が真っ暗になった。俺に残された道は、今から『ソロ結婚式』の計画を立てることしか無いのだろうか。


 俺は放心状態のまま、何時間も部屋に座っていた。


「ピーン・ポーン」


 インターホンが鳴った。


 誰だ。頼むから俺を頬っておいてくれ。それにもう出前は頼んでいないだろう?


「洋介」


 スピーカーから聞き慣れた声がした。


「え?」


 俺はふらふらと玄関まで歩き、部屋の扉を開けた。


 そこに両親が立っていた。従兄弟の姿もあった。


「洋介の実家じゃあネット環境が心配だから、上京してもらったんだよ。お前に心配かけないようリモートで参加したけどな。なあ、あんなお見合いで誤魔化されるやつ、いないぜ!」


「洋介は優しい子だから、嫌だって言い出せなかったんだね。無理させてごめんよ」


「本当に好きな人が出来るまで、孫は我慢しようって母さんと決めたんだ。もう心配しねえでいいから」


「母さん……父さん……。俺、頑張るよ。頑張って自分で嫁さん見つけるから」





(ソロお見合い大作戦     おわり)

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ソロお見合い大作戦 まきや @t_makiya

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