第五六話 A Man's Sadism

「おいおい。どうしたんだ、坊主」


 和登が風を吹かせながら荷物をいっぱい引きずっている――連れまわっているのを、不死川が見つけて言った。


「……不死川さん」

 和登はかろうじて声を出す。目には生気が宿っておらず、世紀末を実感しているかのように見える。


「先生に、出ていくよう言われました」

 和登が少しだけ気を緩めたので風はやんだ。それと同時に、和登の特殊技量アビリティでまとまっていた荷物は、音を立ててばらばらに地面へ叩きつけられる。バスケットボールが緩やかな斜面を転がっていった。


「はぁ? あいつ、お前にそんなこと言ったのか? 辰坊しんぼうが?」

 不死川は珍しく熱のこもった問いかけをする。

 それに対して和登が力なく頷くと、不死川が落胆の表情を見せた。

「信じられん」


 不死川が腕を組んで何か考えていると、和登が唇を噛みしめて言う。

「里佳さんが……見当たらなくて」

 和登は草むらに座り込んだのを見て、不死川もその隣に腰を下ろす。

「先生が地下室に閉じ込めたんだと思います。探しているところですが、なかなか当てられなくて」

 和登は息をついた。


 人・モノ問わず、置かれている光景が特定されたものに限って引き寄せることができるのが和登の特殊技量アビリティだ。そのため、里佳の居場所が分からなければ当然失敗する。失敗というよりも、風も何も起こらずとなる。和登は歩きながら空いた片手で何度も何度も試していたが、やはり当てずっぽうではどうすることもできなかった。


 顎ひげを触りながら話を聞いていた不死川が、やがて和登の頭をなでて言った。

「捕まっちまったもんはしょうがねぇよ。おれが探してきてやる」

「ですが……」

 和登が言いかけるのを、不死川が手で遮る。

「ちょっくら行ってくるから、気にすんなって」

 不死川はニカッと笑うと、大股で歩いていった。


「ちょ、ちょっと。俺も行きますから!」

 和登は不死川の背中に声をかけ、後を追う。荷物はいったん、祈祷かなえの家の前に置き去りにした。


 索田のもとで育ってもなお、和登にはがあった。


 索田にどう思われようが、里佳のことは助けなければならない。和登は、そうした線引きをちゃんとできているつもりだった。

 しかし、和登にはなんの力もない。厳密にいえば特殊技量アビリティはあるのだが、そんなものは誰にでもある。和登には里佳を助け出すための必要な力が備わっていなかった。


 一方の不死川は、どこにでもぶつかっていくことができる。和登は自分と不死川を見比べると、誰にも聞こえない距離で、人知れずため息交じりの劣等感を漏らす。


「俺は役立たずだ……」



 ――――――――----‐‐ 



 索田は紫煙しえんくゆらせながら、指で小刻みにテーブルを叩いている。まっさらだった灰皿は、四本の吸い殻ですっかり汚されていた。


 ベッドには里佳が寝かされていた。彼女の両手首を拘束したのは索田だ。


 索田はそんな里佳の様子を見ていると、いらいらが吹き飛んで気分が高揚するのが自分でも分かった。


 小さくて弱いものを、自らの手で限りなく壊してしまいたい。壊れていくのを見たい。索田にはそういう衝動が昔からあったのだ。

 起きたらどんな言葉を浴びせてやろうか。どういう風に顔をゆがませてやろうか。どんなことをしたら絶望するだろうか。

 索田はさまざまなを考え、冷たい笑みを浮かべた。煙草の灰を灰皿へ落とす。


 索田は自分の支配欲の大きさを十分に分かっていた。


 だから、特殊技量アビリティの研究ついでに女性たちをたぶらかし、軟禁してもてあそんでいたというのもあった。

 しかし残念なことに、索田の複数特殊技量マルチアビリティの効果――平たくいえば、魅了――により、女性たちはそれを喜んで受け入れてしまう。収集のために傍に置くことは叶ったものの、そういう意味で索田はずっと退屈していた。


 里佳はあらかじめ予防線を張ったのか、索田に心を明け渡さなかった。

 これは索田にとって、ありがたいことだ。索田の嗜虐しぎゃく心は、相手がおびえたり嫌がったりすることでうずく。

 里佳の恐怖した表情、動かない身体を思い出し、索田はまた笑みをこぼす。


 しかし、ふと和登のことを考えると索田はたちまち表情を曇らせるのだ。

 和登に愛情を注いで育ててきたのは事実だ。索田は父親などという柄ではないかもしれないが、兄にならなれると思っていた。もちろん、索田自身の兄のような「兄」ではない。



 索田が五本目の煙草に火をつけようとしたその時、玄関のベルの音が鳴った。地下で過ごしていても届くよう、この部屋にもモニター付きのドアフォンを取り付けてある。それが今、不快な音を奏でていた。


 モニターを見ると、年に二日しか顔を合わせないのにすでに見飽きてしまった顔が、眉間にしわを寄せて映っていた。

 数時間ぶりに拝む顔だった。


「……はあ、面倒だな」

 索田はそう言うと、子機を手に持ち、煙草を胸ポケットに入れて自室を出ていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る