第五七話 隠密行動
不死川が屋敷西側の崖で鳴りを潜めていると、見知った顔が索田の屋敷の入り口に現れた。索田
当主が自ら、なんの用だ? 不死川は声に出さず考えると、様子を見守る。
凛太郎は長いこと玄関の外で待たされていた。腕を組んだ指先を、とんとんと規則正しく小刻みに動かしている。凛太郎はそう気が長くない。
ずいぶんと経ってから、観音開きの扉が片側だけ開かれた。不死川からは確認できなかったが、和登が内側にいないのだから、開けたのはほぼ間違いなく
凛太郎が小言を大声で言いながら中へと入っていく。
玄関が固く閉ざされたことを確認すると、不死川はもう少しで山に隠れそうな夕日を背に、さっと玄関前を通り過ぎる。
不死川の視線の先で、和登が手を動かして「こっちへ来てください」と合図した。二人で庭園側へ回り込み、壁に耳を当てて声の居どころをたどる。
不死川の
強いて言うなら、西側の
和登はその点、命を落とす危険があるため、一切役に立つことができない。しかも耳だって不死川のほうがはるかに良かった。
兄と弟の声は応接間で留まっているようだった。近くで工事をしている音がうるさいので、二人は押しつぶさんばかりに壁に耳を押し当てる。
「……ぜ帰らなかったと聞いている!」
凛太郎の怒鳴り散らす声は聞き取りやすかった。和登でも聞き取ることができた。
「まあまあ、兄さ………………」
「私をそのように呼ぶな!」
弟である索田の声は聞き取りづらい。穏やかに話しているからに違いないだろう。
「……本題を………………」
弟が兄に本題をさっさと話すよう促しているようだ。
その後も凛太郎が何か言っていたが、おそらくクレームまがいのものだ。かんかんに怒っている。おそらく索田は今朝本家を抜け出して以来、帰らなかったのだ。
「祈祷…………していたら、ここが映っ………………」
凛太郎も落ち着いてきたことで、少し聞き取りづらくなった。
「あー、ちとまずいな」
不死川は小さくつぶやいて頭を掻く。和登には最初のうちの凛太郎の声しか聞き取れなかったので、不死川に判断を仰ぐことにした。
不死川は間髪入れず決断し、小声でささやく。
「坊主、中に入るぞ」
和登が頷き、北を指さす。開いている窓なり扉なりを知っているのだ。
二人はほとんどほふく前進状態で進んだ。腰を丸めて歩いても、応接間の大きな窓からは見える可能性が高いからだ。
不死川は、願わくば応接間から離れたところが開いていますように、と多少は祈って、和登についていく。
不死川は「かくれんぼ」がわりと好きだ。
和登が八歳の頃に不死川と初めて会っているのに対し、索田とは索田が四歳の頃から交流を続けていた。そのため、小さな索田とよく遊んでやっていたのだ。
庭と花壇だけは荒らすなと何度か注意を受けたこともある。やがて不死川は索田よりも屋敷に詳しくなり、そう見つけてもらえなくなった。
だから不死川は侵入経路探しや隠れ場所探しは得意なのである。
しかし今回は和登がいてくれるので、不死川はあれやこれやと動き回る手間が省けた。
和登が庭を半分以上進んだところで足を止める。
「厨房か」
「はい」
和登が昨日から開けっ放しにしておいた厨房の窓だった。不死川はちょうど昨日ここから侵入している。今は一センチほどしか開いていない。
厨房の窓は百五十センチくらいの高さにあって、窓自体は縦幅が百センチ、横幅が百六十センチほどだ。大人がくぐり抜けることも容易である。
和登が指でゆっくりと窓を全開にする。いっさい音を立てないことに成功した。
まず和登が窓の
和登は厨房に靴であがるのに抵抗があったが、この際しかたがないとあきらめた。不死川も同様に侵入する。
和登は開閉時に音が立ちにくく、かつ索田が開かないであろう棚を選んで、二人分の靴を収めた。
靴下で歩けば、屋敷のいたるところに敷かれている絨毯が完璧に足音を消してくれる。これで急いで屋敷内を移動できることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます