第二四話 砂時計の砂が落ちたら

 里佳はフルーツティーを注文することにした。

 メニューを見ながら、ちらりとガラス張りの窓際に座る索田を見た。涼しげな表情でガラス越しに外の風景を見ている。


 ジャケットを羽織ってきて正解だったと里佳は思った。必死にカジュアルダウンした結果がこれなのだろうが、索田がカジュアルなどとんでもない。

 店だってそうだった。なんとなく喫茶店とは呼べない。ここはでしかないのだ。来店した索田がそうさせているのかは分からないが、六階に位置するこの店は高級感のあるところで、里佳はちっとも落ち着かなかった。ぐるっと客を見渡すと、ロックな少年やギャルなど一人もおらず、代わりに育ちのよさそうな女性陣がたくさんいた。心なしか時折索田をちらちらと見ているようにもみえる。


「決まったかい?」

 里佳がきょろきょろしているので、索田は確認した。里佳がうなずくと索田は椅子の背から体をがし、スタッフがいるカウンターに目をやる。するとアイコンタクトを受けたギャルソンエプロン姿の男性スタッフがこちらへ近づいてきた。

 オーダーは里佳がアイスかホットか伝え忘れて店員に聞かれたこと以外はスムーズに終わり、索田はよくできたね、と言わんばかりの爽やかなスマイルを里佳にくれた。


「ここは僕のお気に入りなんだよ。里佳ちゃんが来るまでは、夕食後にいつもここへ来ていたんだ」

「そうなんだ。なんか索田さんに似合うよね、ここ」

 里佳は思ったままのことを言った。そしてもう少し何かよい返しはなかったのか、と答えてから深く反省した。


 索田は注文が届くまでのあいだ、里佳にいくつか質問をしたし、彼自身のこともいろいろと話してくれた。聞くと索田には兄が一人いて、子どもの頃は小中高一貫校に通い、そのまま大学へエスカレーター式に入学したのだという。里佳は慶應かな、なんか慶應っぽいな、学習院もありうるな、などと心で勝手に盛り上がりつつ時に相づちをうって聞いていた。両親ともにすでに亡くなっているらしい。今住んでいるのは父母がのこした遺産の一つで、もとは別荘として長期休暇の際に使っていた場所なのだそうだ。


 索田のことに少し詳しくなった頃には、注文したものも届いていた。里佳はホットのフルーツティー。ポットには本当に生のフルーツが入っていた。砂時計の砂がすべて下に落ちるのを待って飲みはじめる。

 索田が注文したのはシンプルなチャイだった。この店のチャイは本格的で、インドを旅したときの気分が味わえるらしい。


 そして里佳は索田にスコーンも頼んでもらっていた。大きくて真っ白な皿の真ん中にスコーンがちょこんと二つ置かれており、そばには生クリームとジャムが添えられていた。皿のふちにはジャムでアートが施されている。


「ここのはスコーン自体の自然な甘みがあるだけで、生クリームがとてもさっぱりしているんだ。里佳ちゃんもきっと気に入ると思うよ」

 里佳は頷くと、改めて皿を覗き込んだ。スコーンの皿の横にはフォークとナイフが置かれているのだが、里佳にはどう使ったらよいのか分からない。少しのあいだためらっていたら、索田から「ナイフで半分に切ったあと、フォークで刺せばいいんじゃない?」と当たり前のことを言ってもらえて、ようやく食べられることになった。里佳は二つを見つめ、片方に恐る恐るナイフを入れてみる。スコーンはさくっと軽快な音を出してきれいに切れてくれた。とりあえず生クリームをつけて食べてみる。


「おいしい……! なにこれ、すごくおいしい!」

 生クリームは索田の言う通りとてもすっきりしていて、口に含むとすぐに溶けた。サクサクと音を立てているのに中は柔らかかった。


 それからはスコーンを食べたりフルーツティーを飲んだりしながら、しばし歓談した。不躾ぶしつけにもどれくらいお金を持っているかなどと聞いたときにも、索田は快く答えてくれた。里佳にはゼロをいくつ並べたらよいのかすぐには分からない数字だったので、リアクションはほとんどできなかったが。

 里佳はすっかり満たされた気分だった。スコーンも紅茶もおいしかった。目の前の索田を見る。この麗しき探偵と向かい合って座っていると、まるで恋人同士のようだ。なのに索田はといえば、ちらちらと外の景色を見るなどしている。


 里佳はその挙動を見ると索田には本題が別にあるように思えたため、思いきって尋ねることにした。

「それで、どうしてここへ連れてきてくれたの?」

 里佳が最後のまとめになるかのような質問をすると、索田はそっと目を閉じた。

「ここへ来るまでに何か気になる点はなかったかい? あるいは、自身についての気になる点でもいいけれど」

「どういうこと?」


 里佳は少し考えた。道中は……。ほとんど、というよりまったく何も見ていなかった。たしか里佳は、髪のことばかりずっと気にしていた。

「ここへ来るまでに何かあったっけ?」

「ああ、そうか。君は外の景色を見なかったね」

 索田は苦笑する。

 里佳は自身について気になることがあっただろうかと考えてみる。でも、どう考えたって髪のことしかない。

「……髪を束ねてくるべきだったか気になってた」

 索田は吹き出した。里佳はそんな索田の様子を初めて見たので、口をぽかんと開けている。


 索田はひとしきり笑ったあと涙を拭って、ほほをふくらませた里佳に向かって言った。

「すまないね。それで、端的に尋ねるとだね」

「う、うん」

 索田は改まるので、おのずと里佳の身体に力が入る。里佳には自分の鼓動が大きくなるのが分かった。何か神妙な空気を感じ取ったからだ。


「里佳ちゃん、そろそろ僕のとりこになった頃かな?」




「――――はい?」

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