第十三話 電波がほしい!
里佳はなんだか落ち着かなくなり、索田と話すことにした。
「……高校生に、一切の家事を押しつけてるの?」
索田は当然、と
「それも彼の仕事の一つであり、彼にとっての生きがいだからね。小遣いのほかに食費や修繕費は別途渡しているし、給料だって支払っている。血がつながっていなくても、彼は立派な家族なんだから。ね、和登くん」
「はい。いつもありがとうございます、先生」
「小遣い以外の内容があんまり家族らしくないんだけど……」
里佳には索田の方針がよく分からなかったが、和登が「失礼します」と言ってダイニングを出ていくと、頭の中でまとめていた質問を繰り出すことにした。
が、その前に、と里佳はせき払いをひとつする。
「和登さんはどうして遅れて入学したの? 義務教育だからよほどの事態だと思うんだけど」
一瞬、里佳には索田の瞳に陰りが差すのが見えた。だが里佳が一度まばたきをした頃には、いつもの柔らかい表情に戻っていた。
「彼は孤児なんだ……と、本人は思っている」
「ど、どういうこと?」
「彼はね」
索田は目を閉じて続ける。
「捨てられたんだよ。両親から。それで年配のホームレスに紛れて路上暮らしをしていたところに僕が遭遇してね」
索田は淡々と話しているが、その声には普段の生気はない。里佳には先ほどから感じていたみぞおちの痛みが強くなっていくのが分かった。腹部が重く感じた。
「当時の世話係の路上生活者いわく、物心もつかぬ頃に皆で育てはじめて、そこから五、六年ほどは経っているとのことだった。当時の和登くんと交流してみて分かったことだが、言葉は曖昧で文字などまったく書けなかったのだよ」
「そんな。日本でそんな状況の子どもがいるなんて」
里佳は床を見つめて言葉を絞り出す。索田はわずかに目を細めて言った。
「事実、いたんだ。だから僕が多少のことを教えてやって、時間はかかったものの二年遅れで私立中学へ入学できたというわけさ」
「そうなんだ……」
「そ。だから里佳ちゃん、和登くんに興味をもってくれてありがとう」
索田はそう言いながら席を立ち、里佳の頭を軽くなでた。ぬるい熱が頭に伝わってくると、里佳の顔はそれよりもはるかに熱くなった。こんなこと、兄にしかされたことがない。
「彼に興味をもってくれる人がいればいるほど、彼は孤独ではなくなるからね」
里佳はどうしたらよいのか分からず、別の話題を切り出すことで切り替えようとする。
「と、ところで、索田さん。私が悩みごとを言えば解決してくれるんだっけ?」
索田は満面の笑みで応える。
「もちろんさ。君が懇願するなら、僕が君の願いを必ずかなえてあげるよ」
「はいはい」
索田の手はすでに里佳の頭部にはないものの、距離は依然詰められたままだった。しかしここ数日で索田とのやりとりに慣れはじめたことで、里佳は索田への冷たい返しも辞さなくなっていた。
「まあいいや。私、電波がほしい」
「構わないよ」
だめもとで頼んだのだが、索田が即答する。里佳はこれまでの感情を忘れて目を輝かせた。
「え、いいの? でも、和登さんがここは電波が届かないって言ってたよ」
索田はため息をつき、里佳の椅子の背もたれに手を添えて言う。
「そうだね、ここには届かない。だから裏の小道を通って事務局へ行く必要がある」
「事務局?」
里佳はここには届かない、と聞いた際にとがらせた口で聞く。
「和登くんが通う学校の事務局だよ。あまり乗り気じゃないんだけど」
「どうして?」
「先生、まだこちらでしたか」
名前を出されたことに気づいたのではないかというタイミングで和登が戻ってきた。
上下黒のブレザーは高校の制服なのだろう。左胸に校章らしきラペルピンが留まっている。ネクタイは紺地に白のストライプだった。里佳は制服姿でも全身黒ずくめの和登がおかしくて笑いそうになったが、和登と最後に話していたことを思い出してそんな気分は消し飛んだ。
「おや、どうしたんだい」
索田も和登の再登場が意外だったようで、背もたれに手を添えたまま首をかしげる。
「はい。ポストに手紙が届いていたのでそれだけお渡ししておこうかと」
和登はそう言って索田に封書を差し出すと、「失礼します」と言ってすぐに退出した。
封書を開けて書類を手に取った索田は目を大きくした。そして里佳はそんな索田を見て目を見開く。決して顔真似をしたわけではなく、里佳は索田の表情が少しでも崩れるのを今はじめて見たのだ。
「はは、朗報だよ」
索田は額に手をあてて苦笑した。
「どうしたの?」
里佳には状況が掴めなかったが、索田が封書の中身を見せながら教えてくれた。
「やがてここでもインターネットが使えるようになるよ」
「え、本当に? やったあ!」
里佳にとって今日はいい日になりそうだ。
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