第三章 招かれざる客

第十四話 煙の行く末は

    ――――面倒だ


 索田さくたはそう思っていた。


 里佳のことについてだった。

 その姿を初めて見たときに思ったのは、「特筆すべき点がない」、その一言に尽きた。最初こそおどおどしていたそれは、数時間もすれば元気になった。和登わとの食事には魔法が込められているのかもしれない。

 索田は女性の扱いを心得ているはずだが、少女の面影が残る純真で無邪気な里佳を扱いにくいと感じていた。里佳の声は索田の頭にやたらとやかましく響く。それに、思い通りには決してならない。

 しかし、と索田は目を閉じる。里佳は索田にとって興趣が尽きない存在なのだ。


 部屋は薄暗い。外で雷の落ちた震動が索田のもとまで伝わってきた。今日も天候は大荒れだ。このところよく季節外れの嵐がこの山を急襲する。

 索田は軽く息を吐くと、口元を緩めた。次の瞬間には煙草に火をつける。


 一口目を吐き出すと同時に、煙が駆け出していくのを索田が目で追うと、換気扇に向かって一直線に逃げていった。煙の様子はいつもと変わらない。特にすることもなく、今度は煙草の先端からじわじわとあふれ出ては天井へ向かう煙に目をやる。その煙のかたちは獅子が別の獅子を追いかけているように見えた。いや、それよりもか細いものかもしれない。煙の奥にはアンモライトの原石がひっそりとたたずんでいる。

 あるいは蛇か……索田がそんなことを考えていると、静まりかえった部屋にドアをノックする音が響く。


「入っておいで」

 索田がそう促すと、和登が食べ物のにおいを連れて部屋に一歩だけ入ってきた。昼食を作っていたのだろう。

「昼食はこちらで召し上がりますか?」


 和登はいつでも索田の都合を優先した。決して「昼食ができました」などと言わないのだ。

「せっかくだから、君や里佳ちゃんと一緒に食べようかな」

 そう言って索田は煙草の火を消した。新品同然の受け皿を灰で汚す。自分でするからいいと言っているのに、和登は毎日この部屋を掃除してくれている。そこだけは譲らない和登のことを、索田はいつも畏敬の念を込めつつ、微笑ましく見ている。

「では俺は櫛江さんを呼びに行きます」

「ありがとう。助かるよ」

 索田に褒められたあとの和登は、いくら不愛想に振る舞っていても満足げなのが分かる。しっぽがあったら振っているだろう、などと考えながら索田は上着を羽織はおった。


「それから、午後の予定はまず十五時に通信事業の担当がいらっしゃるのと、依頼主のほうは十六時半、二十時半の来談です」

 和登は索田の部屋を後にする際に付け加えた。索田は笑顔でうなずくと、コルクボードをじっと見つめる。そこには現像された写真が複数貼られていた。


「おそらく、その前にもう一件来客があるだろうな。十三時過ぎだと思う」

 索田は一枚の写真から目を離さずに言う。澄んだ瞳で貫かんばかりに凝視しているが、そこから感情を読み取ることはできない。索田は左の中指に輝く青紫色の石に触れながら補足する。

「アポイントメントという概念を知らない客人だ」

 和登は納得したかのように首を縦に振り、一つの疑問を投げる。

「となると、あまり自由にできませんね。午後、里佳さんはどうしましょう」


「そうだね……ひとまず失木しつきさんに会わせようか」

 索田は指輪の石をなでながら言った。先ほどから無意識に触っているようだ。

「失木さんですか……」

「大丈夫。僕が話をしておくから、君は何もしなくていいよ」

 不安そうな和登を見た索田は、柔らかい笑みを向けて言う。


「昼食がすっかり冷めてしまったかもしれない。さあ、行こう」

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