ソロ飯専門異世界カフェ

相内充希

ソロ飯専門異世界カフェ

「ぜったい、一度は行く価値がありますよ」

 そう教えられた駅から、目的の地下街にたどり着く。

 なんというか、

「ダンジョン感すげぇ」

 そんな言葉が漏れてしまうようなところだった。




 きっかけは昨日立ち寄った立ち飲み屋での出来事だ。

 はじめ、随分客同士が和気あいあいとした店だと思って驚いた。けど実際は大抵一人で来ている客で、お互い他人。ここで知り合って仲良くなってというパターンらしい。

 それが、全然縁のなかったこの土地に越してきて間もない俺には珍しく、同時にとても気楽に感じ、今後もたまに来ようと決めた。

 そして昨日で四回目。

 すでに何人か顔見知りもでき、知らない客ともおしゃべりをする。といっても俺は九割方聞き役なのだが、それが全く苦にならないし疎外感もない。

 昨日近くにいた人たちの話題はなぜかゲームだった。古くから人気のRPGから始まり、オンラインのゲームや、はてはファンタジー談義なんかも始まってなかなか面白かった。


 そんな中、隣で飲んでいた少し年上っぽい女性に「こっちに来てどれくらい?」と聞かれる。あまり話してないけれど、言葉でよそ者だと分かったのだろう。でもそれは決して嫌な感じではなくて、むしろ「知らないことない? 困ってない?」と言われているような感じなのだ。年は若そうなのに、どうも妙に「お母さん」の雰囲気がある。

 それでこちらも気楽な感じで、「まだ二か月なんですよ」と笑ってみせる。

「たまたまこっちで就職することになって」


 心機一転でやってみようと決めたとき、別にどこでもいいやと思っていた。こんなに遠くに来るとは思わなかったけど。

 俺、地元を出たことがなかったんだよね。

 でもまあ、寮暮らしが長かった分そこそこ家事スキルもあるし、知らない土地もワクワクするなと思って来たのだ。

 実際、地元にはない地下鉄は今もまだ珍しいし、テレビ番組もチャンネルが違うのも新鮮で楽しい。いやまあ、うちにテレビはないから会社の休憩室でおばちゃんたちが見てるときに、たまたま気付いただけなんだけど。


 そんな感じで二人で話していると、その女性――よしみさん(名字か名前かは不明)からある店を勧められた。


「こっちに来て、全然観光も散策もしてないの? もったいない」

「そうっすか?」

 まだ仕事に慣れないこともあって、平日は会社と家の往復だけで寄り道もしない。家ではもっぱらゲームをするくらいだから、休日どこかに行かなくても退屈しないんだよね。近所のスーパー、コンビニくらい知ってればいいかって感じで。


 でもそんな俺に、まだ話したこともないような人たちまでが一斉に「もったいない」と言い始めたのでびびった。

 口々に、あそこの店のなにそれは美味しいぞ的な、ひたすらうまい店の話題が出るのだ。

 立ち飲みとはいえ飲食店だぞ、いいのか? と思ったけど、いいらしい。

 うーん。こっちの人はうまいものに目がないのか。知らなかった。いや、会社の上司もどこそこのうどんがうまいとか言ってたっけ。

 色々店を紹介されてパニックを起こしたけれど、中には旨そうなラーメン屋なんかもあったので一応スマホにメモをする。

 帰りにたまたまよしみさんと駅まで一緒になり、彼女がふと思い出したように勧めてくれた店に俺は興味を引かれた。




「ソロ飯専門異世界カフェですか?」

 なんじゃそら。

「うん。おひとり様専用ってこと。君にはあってるんじゃないかな」

 たしかに。しかも異世界? なんだその中二ワード。

 しかも取材やSNSに出すことが禁止で、口コミでしか知られてないという。その秘密基地っぽさにますます興味を引かれた。

「店内がまさに、ゲームとかアニメに出てくる中世だか近世のヨーロッパ風っていうのかな。すごく凝ってるのよ。店員さんもエルフとかドワーフみたいな雰囲気で」

 へえ、面白そう。

「でもなんで一人用なんですかね?」

 俺はともかく、そんな場所なら仲間とわいわい楽しみに行きそうな感じだけど。


「それは分からないけど、一人でも楽しめるのは間違いないわよ。ご飯もおいしいし、ランチなんて特にリーズナブル。なんか旅行に行った気になるし、よかったら行ってみてごらんよ」

 ということで、次の日休みだった俺は、さっそく店に行ってみることにしたのだ。




「地下街って初めてだ」

 

 トンネルのような通路の両脇に店が並んでいて、思った以上に人が往来している。

 足元は石畳風。天井を見上げると彫刻でもされてるような雰囲気で、その異国風のデザインに、なかなかいいなとニンマリした。

 ふと、以前会社の同僚が「あそこは慣れないと迷路みたいだ」と注意してくれたのはここか、と思い出し、確かにと深く頷く。

 これは絶対迷う自信があるし、目的なしには来たくない!


「ま、困ったときは人の流れについて行けば、帰りはなんとかなるだろう」


 そう思って、慎重によしみさんに教わった通りに歩いていく。なぜか同じところをくるっと回るみたいな儀式めいたものもあったけど、それはそれで遊び心って感じで楽しい。

 まもなく人気が少ないエリアに入ると、目の前に異世界カフェが現れた。

「ソロ飯って、ようはボッチ飯ってことだよな?」

 そんなことを思いつつ、入り口をくぐる。

 ドアこそあるものの、その周りは洞窟の入り口のようで、ドアも古い木と鉄のようなもので出来てるように見え、ここですでに雰囲気満点だ。


 入るとすぐにカウンターがある。

 そこには小柄な女の子がいて、「いらっしゃいませ」と笑った。猫耳を付けてるから、獣人設定なのだろう。かなり可愛い子で、それだけで当たりだと思う俺は単純なのだろうか。いや、可愛いは正義だ。


 開店間もない時間を狙ったので並ぶこともなく、案内の人に席まで連れていかれる。床も壁も黒が基調で、灯りが点いているのに、外より更に洞窟感が強い。灯りも松明風のデザインなのがおしゃれだし、何より案内のおっさんが雰囲気満点なのだ。

 日本人離れした筋骨隆々なそのおっさんは、二の腕だけ見ても俺の胴くらいあるんじゃなかろうか? 恰好も中世の木こり? って感じで、バトルアックスとか似合いそうだ。普段案内には出ないらしく今日はたまたまだそうで、それはそれでラッキーな気がした。


 席は通路を少し折れたところで、洞窟のくぼみのような雰囲気のところに、一人用の木のテーブルと椅子がある。前にはくりぬいたような窓(多分フェイク)があって、子どもの頃、ばあちゃんちの押し入れを秘密基地にしていた俺には最高の空間だ。

 日替わりランチは二種類で、ブシュカの煮込みセットか、龍の卵のオムレツセット。見せられた石板(多分タブレットだけど、めちゃくちゃ凝ってる)に写る写真はビーフシチューとオムレツかな。それにサラダと石窯パンと飲み物がつくらしい。

 龍の卵も、昔読んだ児童書の王様が興奮しそうと興味をそそられたけれど、今日は肉々しい気分だったのでブシュカの煮込みセットに特性エールを頼んだ。ノンアルコールの何からしい。


 ふとトイレに行きたくなったけど、戻れる気がしないと悩んでいると、案内のおっさんが卵のおもちゃみたいなものを俺に渡した。

「席を離れるときはこれをお持ちください。戻るときにこのボタンを押すと、ここまで案内してくれます」

「へえ」

 それで今度はトイレまで案内してもらい帰りに卵のボタンを押すと、ふわっと羽根が出て俺の前を飛び始めた。妖精みたいな感じなのか? ずんぐりむっくりなその卵妖精について行くと無事席に帰れる。テーブルに着地して羽根をしまったそれが「ほめて」と言わんばかりにプルッと震えたので、「ありがとな」と指で撫でておいた。なんか可愛いな。


 木の椅子に腰を掛けると、フォルムのせいかすごく馴染んで座り心地がいい。テーブルもよく磨いている古木って感じで温かい感じがした。木が温かいって変な感じだけど。

 そこにさっそく料理が運ばれてくる。

 食器は木製っぽくて、一見ビーフシチューのブシュカの煮込み、何かの穀類がトッピングされているサラダと丸い石窯パンが二つ置かれる。それから銀色のコップには黄金色の炭酸飲料。これがエールで、匂いはビールが近い感じだ。

 さっそくエールを飲んでみると、ビールとジンジャーエールのあいだというのか。さわやかで意外と飲みやすい。

 次にメインのブシュカにフォークを指した。

 肉はそれだけでほろりと崩れるくらい柔らかく、スプーンのように肉をすくい上げて口に入れた。

「うんまっ!」

 うまい。めちゃくちゃうまい!


 牛肉っぽいけど少し癖がある感じの肉は、煮込まれたスープの味とうまく絡んでいつまでも口の中で咀嚼したくなる。

 一緒に煮込まれたジャガイモはホクホクで、ニンジンはいい感じでほんのり甘い。

 俺ニンジン嫌いなんだけど、これならいくらでも食える!

 サラダに入ってる何かの穀類はプチっとした食感がアクセントになっていて、ほのかな酸味とよく合っていた。


 ようやく石窯パンを手に取るとほんのり温かい。

 それを大きくちぎって煮込みのソースに絡めて食べる。パンのほのかな甘さがソースの濃厚さに絶妙にマッチしていてこれも旨い! ペロッと食べてあと二個追加注文した(パンは十個までおかわり自由なのが最高!)。


 夢中で食べて人心地付いたとき、やっと窓の外が目に入った。

「うわ、これもすげえ」

 そこには崖を削って作ったような建物が並ぶ街があった。木々の緑も濃く、屋根の赤さと絶妙にマッチしている。窓の前はそこから続く石畳の道があり、馬車や人が往来してるんだけど、恰好がヨーロッパの中世風の素朴なファッションなのだ。

 普通の人、猫やうさぎのような耳を付けてる人、あとはモロ人じゃないふうの人。

 RPGのゲームか中世の映画を映してるのかな?

 うさぎ耳の女の子がこちらを見て、手を振りながら投げキスしてくれ一瞬デレッとなる。映像と分かっててもありだ。ああ、ありだ!



 たしかにこれは旅行、いや異世界転移気分だわ。

 絶対また来ようと、俺は腹を撫でニンマリ笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソロ飯専門異世界カフェ 相内充希 @mituki_aiuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ