伯爵令嬢は死にたくない。~フラグを立てず目立たず地味に生きていきます~

白猫なお

第1話 伯爵令嬢は死にたくない。~フラグを立てず目立たず地味に生きていきます~

 私の名前はルーナ・ハプニング。伯爵家の令嬢です。


 私はこの世界が、様々な転生物の小説が集まる物語の中なのだと知っています。


 何故ならそれは私自身が転生者だからです。


 この世界に生まれ、自我が芽生えてから、とにかく生き残るためにと、物語の主人公にならないように、フラグが立たないようにと気を使い、とにかく気を付けて、そして注意深く生きて参りました。


 先ずは自分の生まれですが、侯爵家でなかったことにホッとしております。

 侯爵家で長女で女……とくれば、悪役令嬢のフラグが立ちます。先ずはそれが無かったことに安心を致しました。

 そして男爵家でも、平民でも無かったので、こちらもヒロインフラグが立たなかったことにホッとしたのです。出来れば子爵家、それもメイドヒロイン系にならないためにも、裕福な子爵家辺りが一番よかったのですが、まあ、伯爵家ならば及第点と行ったところでしょうか。両親が揃っている伯爵家だったので、生まれてから初めて生家の情報を知った時は安堵したのを覚えております。


 そして私の命にかかわってくる家族ですが、まず両親が不仲になったり、死亡してしまうと、私が男のフリをして騎士学校に行くフラグが立ちかねないので、幼い頃から両親の健康を気遣い、夫婦仲を ”子は鎹力” を使って取り持ってまいりました。

 お陰様で私の努力の甲斐あってか、この世界では珍しく父と母は今でもラブラブで、愛人も隠し子もいない状態なので私はホッとしております。

 幼いころから料理長と相談して健康食を作ったり、父が精力的になる様な食事を作ったり、母が美肌、そして若々しくいられるようにと食事を作ったりしてきたことが、ここで生きたという事でしょう。料理長のトーマスには感謝しかございません。


 そして両親の仲が良いお陰で、私には可愛い妹と弟が出来ました。ですがここでもフラグが立たないようにと、私は様々な事に気を付けて居たのです。


 先ずは二歳下の妹ソフィアです。妹はとにかく我儘に育たないように、そして貴族の常識がない馬鹿娘にならないように、それと何と言っても姉妹仲が良くなる様にと、溺愛と言えるほど可愛がって参りました。そう私が育てたと言っても過言ではない位に妹には力を注いだつもりです。

 その甲斐あって、妹はそれは可愛らしく真っすぐな性格に育ちました。少し姉好きすぎる点はございますが、まあ許容範囲でしょう。何よりも姉の婚約者に手を出すようなあばずれには育たたなかった自信はございます。


 ですので妹フラグが立たないようにと、14歳になるこの年まで私が頑なに婚約者を作らなかったのも、妹と婚約者の取り合いをしないためだったのです。

 今現在妹は、私たちの幼馴染の伯爵子息と仲が良いようなので、このままいけば二人はきっと婚約する事となるでしょう。後は私が妹が見惚れることの無いような、そんな無難な婚約者を見つけるだけです。

 そうですね、それこそ妹の相手より劣る爵位の者が良いかもしれません。所詮私も貴族の娘、政略結婚は仕方がない事なのです。そこは恋愛結婚など望まない方が良いことでしょう。恋をして騎士と駆け落ちなど以ての外ですからね……


 そしてもう一人の兄弟である弟のマイケルですが。

 無事血の繋がった本当の弟です。

 ここで遠縁の息子を養子にしたとか、父親の友人の子を養子にしたとか、孤児院や奴隷の子を養子などにしてしまうと、義理弟フラグが立ってしまうので、私は実際に両親の子かどうかはこっそりと両親を見張り、把握したのでございます。まあ、父は母ラブでございますから大丈夫だと思ってはいたのですけどね。一応念の為でございます。


 そしてそんな可愛い弟は溺愛し過ぎない様に、そして悪魔に取りつかれないように、そしてお馬鹿にならないようにと、細心の注意を払い、素直な良い子に育つようにと教育してきたつもりです。

 お陰で弟は誰もが認める天使のように可愛い子に育ちました。目の中に入れても痛くなほどの大切な弟の婚約者を決めるときは、私が立ち会い伯爵家子息フラグが立たないようにしたいと思っております。これで我が伯爵家は安泰でしょう。


 それから何よりも、私の容姿は有難い事に主人公向きでは無いのです。

 小説のヒロインとなりますと、やはりピンクの髪色や、金髪、そして最近では紅茶色などはとても危険な部類でしょう。

 また悪役令嬢候補となりますと、赤い髪や黒い髪はとても危険です。その点私は紺色の髪ですし、瞳も金色で何の問題もございません、ここで赤い瞳や緑や青の瞳となってきますと、またフラグが立ちかねないのです。生まれた時点で半分以上は回避できていたかと思いますが、ここは結婚し無難な生活を送る日が来るまでは気が抜けないところでございます。


 なんてたってこの世界では、いつどこで物語が始まっても可笑しくないのですから、気が抜けません。細心の注意が必要でしょう。



 それから私は念の為、いつ平民落ちしても良い様に、孤児院に定期的に通い、この世界の平民の暮らしを勉強しております。前世の趣味の料理を生かし、孤児院では子供たちに料理を振る舞ったり、それから裁縫や勉強を教えたりと、もし万が一伯爵家を追い出される事があっても生きていけるようにと準備に抜かりはございません。

 まあ、今の我が家の様子では心配ないとは思いますが、気を抜けば転げ落ちるのはあっと言う間です。若くして死にたくない私としては、出来るだけ多くの選択肢を作っておきたいと思っているのです。




 そしてそんな平和な毎日を過ごしていたある日の夕食時。

 家族仲良く食卓を囲んでいると、父がとんでもなく恐ろしい情報を私たちに落としたのです。


「ああ、そうだ、この度第一王子は廃嫡が決まったよ」


 お父様の言葉に驚き、私は危なくカトラリーを落としかけました。


 ああ、王子様……フラグに乗ってしまわれたのですね……お可哀想に……


「まあ、貴方、一体何があったのですか? 第一王子は確かペリグロ侯爵令嬢とご婚約なさっていたのではなくって?」

「ああ、そうなんだけどね、第一王子が突然夜会の席で婚約破棄を宣言したと思ったら、ペリグロ侯爵令嬢への断罪まで始めてしまってねー、なんでも同じ学園の男爵令嬢を虐めていたとかなんだとか……まあ、それは免罪で、第一王子は平民になってチャーミー男爵家へ婿養子に入ることが決まったよ、チャーミー男爵家の領地は荒れている場所だから、これから第一王子は大変だろうねー」


 ああ……そっちですか……


 これは第一王子とその男爵令嬢が失敗したパターンですね。

 きっと今頃その侯爵令嬢様は第一王子と婚約破棄できてホッとしている事でしょう。それにもう既に次のお相手も見つかっている可能性がありますね。


「まあ、でもそれでしたら第一王子の自業自得という所でしょう……お可哀想なのはペリグロ侯爵令嬢様ではなくって?」

「ああ、それがね、その夜会に出席していた隣国の第二王子がその場でペリグロ侯爵令嬢に結婚の申し込みをされてねー、今はペリグロ侯爵令嬢は幸せ一杯らしいよ、なんてたってこの国の第一王子はアレだったからねー」

「まあ、確かにお話を聞く限りでは、アレでしたものねー」


 お父様もお母様も妹や弟の手前言葉を濁しておりますが、第一王子がアレというのは馬鹿王子と評判だったという事でしょう。ここにきて遂にやらかしてしまった事が想像できます。物語の中の事とはいえ恐ろしいことです。まあ、私たちハプニング伯爵家には関係がない事ですので、問題は無いでしょうが。


「って事で、ルーナが第二王子の婚約者候補に上がったんだー」

「はあいぃ?!」


 意味不明なお父様の言葉に、思わず令嬢らしくない声を出してしまいました。

 ここ迄順調に来ていた異世界物語生活で、私は最大のフラグが立ちそうな危機を迎えてしまったのです。高々伯爵令嬢の私が、何故第二王子の婚約者候補に上がったのかは分かりませんが、とにかくこれはすぐにでもポッキリとフラグをへし折らなければなりません。


 私は深呼吸をして冷静さを取り戻し、お父様に理由をお聞きすることにいたしました。


「……失礼いたしました……お父様……何故伯爵令嬢の私が第二王子の婚約者候補なのでしょうか? 侯爵家のご令嬢や、他国の姫様など、他にも候補になる方は幾らでもいらっしゃると思うのですが?」

「うーん……そうでも無いんだよねー、ほら、年ごろの娘さん達は既に婚約者が居る方が殆どだからねー、高位貴族の娘であるルーナの年ごろで婚約者がいない方が珍しいぐらいだろう?」


 ううう……確かにお父様の仰ることは間違いありません。

 優良物件は早く売れてしまう為、皆出来るだけ幼いうちに婚約者を決めてしまうものです。廃嫡が決まった第一王子も、ペリグロ侯爵令嬢様とは幼い頃に婚約していらっしゃいました。

 もしペリグロ侯爵令嬢様に隣国の王子が結婚を申し込んでいなければ、そのまま第二王子と婚約していたかもしれませんが……こればかりは仕方がない事でしょう。

 それにまだ婚約者候補です。第二王子のお相手が私に決定したわけではございません。ここは不敬にならないように、これ迄同様上手く乗り切るしかないでしょう。


「それに我がハプニング伯爵家は、ルーナのお陰で他の伯爵家と比べても突出しちゃってるしねー」

「……えっ? お、お父様それはどういう事でしょうか?」

「ああ、ルーナが料理長のトーマスと開発した料理を王都にレストランを作って出しているんだよー。お陰で王都でも評判の店になって我がハプニング伯爵家を知らない貴族はいない位になったよ、ハハハハハー」

「えっ?」

「それに何より私の美しい妻であるアメリアは社交の花と呼ばれるぐらいの人脈があるし、私はこの国の宰相だからねー。王家だって縁を繋ぎたいと思うのは仕方がない事だろう」

「さ、さ、宰相……お父様……この国の宰相なのですかっ?!」

「あれっ? ルーナに言ってなかったかな? 私はこの国の宰相なんだよ。どうだい、自慢のお父様だろう? ハハハ」


 私は食事中だという事も忘れ、テーブルに突っ伏してしまいました。

 突然の私の令嬢らしからぬ行動に妹のソフィアと弟のマイケルが心配しております。


 ああ……何てことでしょうか……可愛い弟であるマイケルに、ここでもフラグが立ってしまいました。宰相の息子など、ヒロインの取り巻きの一人になる可能性が大ではありませんか。弟がもし廃嫡になってしまったら、ソフィアの恋もどうなるかは分かりません……マイケルがいなくなれば私かソフィアがこの家に婿を迎えなければならなくなるのですから……このフラグも何とかへし折らなければならない事でしょう……


「お、お父様、その……第二王子の婚約者候補は私ではいけないのですか?」


 可愛い妹のソフィアが私の顔色を見てそんな事を言いだしました。なんて良い子なのでしょうか。


「父上、宰相のお力でお断り出来ないのですか? ルーナ姉様がお可哀想です」


 可愛い弟のマイケルまで私のぐったりとした姿にそんな事を言い出しました。なんて優しい子なのでしょう。


 こんな可愛い子達に心配を掛けるだなんて、姉として恥ずかしい限りです。

 ここは今まで同様に何としても私の知識を使って、フラグ立ちを乗り切らなければならないでしょう。二人の優しい声掛けのお陰で私の体にはやる気が満ちて参りました。


 ええ、そうですともこれまで通りフラグを真っ二つに折って見せようでは無いですか!


「ソフィア、マイケル、私は大丈夫よ、心配を掛けてごめんなさいね」

「お姉様」

「ルーナ姉様」


 二人にニッコリと笑顔を見せれば、ホッとしたような可愛らしい顔を私に向けてきました。本当に私の妹と弟は出来た子達です。この子達だけはどんなことをしても守らなければならないでしょう。


 そう、その為には――


「お父様、お聞きしたいのですが、マイケルと同い年の王子様がいらっしゃったりしますか?」

「おお、流石ルーナだね、良く王家の事を勉強しているみたいだね、そう、この国にはマイケルと同じ年の第三王子がいらっしゃるよ」


 やはり……マイケルはいずれは第三王子の側近になる可能性がありますね。

 第一王子がやらかしたので、第三王子は大丈夫だとは思いますが……ここはきちんと教育を施しておいた方が良いでしょう。出来るだけ平民出身の男爵令嬢には近づくなと、王子に教え込まなければなりません……


「お父様、畏まりました。私、第二王子の婚約者候補……承りますわ」





 そして遂に第二王子の婚約者候補として、お見合いの為の一対一のお茶会の日がやって参りました。

 私は出来るだけ気に入られることを阻止したかった為、このお茶会の順番を最後にさせて頂きました。もしこれ迄の別の婚約者候補様とのお茶会で、第二王子が気に入った方がいらっしゃれば、今日の私とのお茶会は一瞬で終わることでしょう。

 ですがマイケルのフラグ回避の為に第二王子には最低限でもこちらの希望を聞いていただかなくてはなりません、はてさてどうやってそこに話を持っていくか……ここは私の腕の見せ所でしょう。


「やあ、お待たせして済まない、第二王子の……いや今は第一王のジュリアン・ディーサイドだ。今日は君に会えることを楽しみにして居たよ、どうか気軽にしてくれたまえ」

「お招きいただき有難うございます。私はハプニング伯爵家の娘、ルーナ・ハプニングと申します。殿下にお会い出来ましたこと、大変嬉しく思っております」


 家臣の挨拶をした後、勧められるまま向かい合った席へと着きました。

 初めて見る第二王子……いえ、第一王になられたジュリアン殿下は、それはそれは主人公らしき美しいお顔でございました。

 金髪、碧眼、に整ったお顔、まさに物語の王子様そのままでしょう。

 私はジュリアン王子のお姿を見て、一瞬眉根に皺が寄ってしまいましたが、そこはすぐに平静さを装いました。不敬だと言われて国から追い出されでもしたら大変です。

 まあ、実家のハプニング伯爵家が無事ならば、最悪私としては平民落ちは願ったりなのですが……妹と弟に会えなくなることだけは胸が痛むので、出来ればそこも阻止したいところでございます。


 ジュリアン殿下とのお茶会は何の問題も無く過ぎて行きました。

 ジュリアン殿下はやはり次期王になるお気持ちがあるからでしょう、私にこの国の在り方についての考えや、経済、または防衛などなど、話す内容に困らないようにと、色んな事を問いかけて下さいました。

 これなら初めてのお茶会で気まずくなってしまう事も無いので、ジュリアン殿下のお優しい心の内が良く分かりました。これならば元第一王子と同じような婚約破棄イベントは起きることはなさそうですね。


「ルーナ嬢、君は噂以上に聡明な方の様だね」

「噂……でございますか?」

「あれ? 知らないかい? 君は ”月夜の君” って世間じゃ呼ばれているんだよ?」


 はいぃ? はいいい?! 月夜の君ですと?!


 中二病のような二つ名に、思わず叫びそうになりましたが、殿下の手前、何とか何とかこらえることが出来ました。一体どこの誰がその様な恥ずかしい呼び名を私に付けたのでしょうか……

 きっと今、私の顔は恥ずかしさで真っ赤になっている事でしょう……穴があったら入りたいとは、まさにこの日の為に作られた言葉だと私は思いました。


「始めは宰相が……あー、君の父上が『ウチに娘は月の女神の様に美しい』と言った所から始まったようだよ」


 ああ……何てことでしょう……

 お父様を家族大好きっ子にしたばかりに、周りに家族自慢する程の親ばかな父親になってしまうとは……フラグを折るためとは言え、私は少しやり過ぎてしまったかも知れません。

 出来ればすぐさまこの場から逃げ出したいほどです。


「それに君は新しい料理の開発や、孤児院に行っては、親の居ない子供たちに様々な教育を施して居るそうじゃないか……普通のご令嬢が中々出来ることじゃないと思うよ……」


 ああ……ジュリアン殿下違うんです。

 私の行いはすべてフラグ回避という下心あってのこと……決して褒められるような事では無いのです。


 私が俯きながら「大したことではございません」と答えると、ジュリアン殿下は眩しいぐらいの笑顔を私に向けて下さいました……その純粋な笑顔を見ると胸が痛み、思わず目をそらしてしまいました。人をだましているようなそんな気持ちにさせられてしまったのです。


「殿下、そろそろお時間でございます」


 使用人のお茶会終わりの声掛けに、私はホッと致しました。

 ですがまだマイケルの事で殿下にお願いが出来ていません……婚約者候補として、次があるかも分からないお茶会です。出来れば今日ここで、どうにかしてジュリアン殿下にお願いをしなければならないでしょう。


「あ、あの……」

「ああ、もうそんな時間なのか……ルーナ嬢との会話は楽しくて時間を忘れてしまったよ」

「……それは光栄でございます……」

「ねえ、ルーナ嬢、折角こうして出会えたのだから何か私にお願い事は無いかな? 例えば……そう、装飾品が欲しいとか、二人きりでどこか出かけたいとかさー」


 まさか……ジュリアン殿下の方から願い事を聞いていただけるとは思っておりませんでした。私はきっと良い笑顔になっていたことでしょう。折角頂いたチャンスです。ここでしっかりとマイケルのフラグを折っておきましょう。

 ですがジュリアン殿下の微笑みは張り付けた貴族のような物になったような気がしました。

 先程までとは別人の様ですが、今はそんな事は気にして居られません。

 私は遠慮なくお願いをする事に致しました。


「では……殿下、一つだけ……」

「うん、何だい?」

「第三王子に会わせて頂けないでしょうか?」

「は? えっ? それはどういう事かな? もしかして婚約者はベンジャミンが良かったって事?」


 第三王子のベンジャミン殿下は弟のマイケルと同じ10歳。

 流石に婚約者になりたいなどと浅ましい気持ちは私にはございません。ですのですぐに首を横に振りました。


 先程までとは表情が変わり、驚いていらっしゃるようなジュリアン殿下に、ベンジャミン殿下の家庭教師をしたいのだとお伝えします。ジュリアン殿下は不思議な表情をしながらも「分かったよ」と受け入れて下さいました。


 ただし、ベンジャミン殿下は人見知りが激しいようなので、一度会ってベンジャミン殿下が嫌がる様ならば、次は無いとも言われてしまいました。

 私は一度しかないかもしれない教育のチャンスに全てを掛ける気持ちで挑むことにいたしました。


 全てはプリンス伯爵家の安定の為、そして可愛い妹と弟の為!


 フラグを折るべく、私には益々気合が入ったのでございます。





 そしてベンジャミン殿下とお会いできる日がやって参りました。

 私はこの日の為に気合を入れて準備してまいりました。きっとベンジャミン殿下とは友人の様になれることでしょう。

 そうすればもしもの時に相談してもらい、フラグを折ることが出来る可能性が出てきます。それに弟であるマイケルとも女性を取り合うことなく良い友人関係が築けるかも知れません。今日こそは、人生最大の正念場と言えるでしょう。


 通された部屋で待っていると、ジュリアン殿下に連れられてベンジャミン殿下がやって参りました。流石主人公級の王子様だけあって、我が弟に負けない程可愛らしい容姿をしております。思わず目じりが下がってしまいましたが、警戒されないようにここはパーソナルスペースを守りましょう。


「ほら、ベンジャミン、挨拶をして」

「……ベ、ベンジャミン・ディーサイドです……宜しく……」


 ベンジャミン殿下はそれだけ言うとジュリアン殿下の後ろに隠れてしまわれました。

 そんなところが可愛らしくて胸がきゅうっと締め付けられそうになります。弟のマイケルとは違う可愛さに、心がほっこりと温かくなりましたが、ここは私の気持ちなどは後回しです。とにもかくにも今は、ベンジャミン殿下の気を引かなければならないでしょう。


「ベンジャミン殿下、今日、私は殿下の為にお菓子を作って参りました、宜しければ召し上がって頂けませんか?」

「お菓子? ルーナはお菓子が作れるの?」

「はい、料理が趣味なのです」


 やはりベンジャミン殿下はまだまだお子様。お菓子と聞いてすっかり警戒心が解けてしまわれた様です。私の事もルーナと気軽に呼んでくださって、作戦としては大成功でしょう。

 ただ、ジュリアン殿下の笑顔が少し引きつっている気がしました。ブツブツと「私でさえ名前を呼んでいないのに……」何やら呟いている声が聞こえます。きっと可愛い弟を私に取られそうで不安なのでしょう。気持ちは良く分かります。


「ルーナ、すっごく美味しいよー!」

「フフフ……有難うございます。さて、ここでベンジャミン殿下に問題でございます」

「問題?」

「はい、今日のケーキにはお野菜が使われているのですが、さて、何のお野菜でしょうか?」

「えっ? えー? お野菜? このお菓子にお野菜が入ってるの? 僕お野菜嫌いなのに食べられたよー」

「さあ、ベンジャミン殿下、急がなければ時間切れになりますよ、残り十秒でございます」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってねー、今考えるから」


 フフフ、なーんて可愛らしいのでしょう。

 この作戦は妹のソフィアと弟のマイケルが5歳ぐらいの時に使ったものです。

 あの子達の野菜嫌いも酷かったですからね。きっとベンジャミン殿下も、と思っておりましたが、私の予想は当たりました。お隣の席のジュリアン殿下も同じ様に考えてらっしゃいます。兄弟とはよく似ているのですね。二人共可愛らしいですわ。


「分かったー! 人参でしょう!」

「はい、ベンジャミン殿下、正解でございます。ご褒美にこちらをプレゼントさせて頂きますね」

「これは……ご本?」

「はい、冒険物の物語でございます。不思議な生き物を見つけるために、色々な国にパートナーのネズミと冒険に出かけるお話なのですよ」

「僕、本好きだけど、そんなお話初めて聞いたよ……」

「ええ、そうでしょう。これは私が書いたものですので」

「ルーナが?! すごーい! ルーナは何でもできるんだね!」


 フフフ……これも妹と弟の為に書き上げた小説です。

 特に弟のマイケルは数ある作品の中でこの冒険物の小説が好きでした。

 もしやベンジャミン殿下もと思えば、既に本を開きキラキラした目で見つめて居ます。これで掴みはオッケーでしょう。


 そしてチラッとジュリアン殿下の方へと視線を送れば、先日見た様な不思議な表情をしてらっしゃいました。人見知りと言ったベンジャミン殿下が私に懐いたことが原因かもしれません。

 まあ、これ迄のフラグ回避の私の手腕をもってすれば、これぐらいは朝飯前なのでございますけどね。オーホッホッホッホ。


「ねえ、ルーナの事、もうお姉様って呼んでも良いの?」

「えっ? いえいえ、それは……」


 私はただの婚約者候補ですし、それも今日は無理なお願いを聞いていただいたので、たぶんもう呼ばれる事も無いでしょうし……


「だってルーナはもう、兄上の婚約者に決まったんでしょう? だから今日は僕も会えたって聞いたよ」

「えっ? ええっ?」


 驚いてジュリアン殿下の方を見てみれば、苦笑いを浮かべて頷いてらっしゃいます。

 一体どういうことなのかと、ジュリアン殿下に今すぐ詰め寄りたかったですが、そこは幼いベンジャミン殿下の手前、何とかこらえる事ができました。

 ですがベンジャミン殿下が退出された後、私は不敬と思いながらもジュリアン殿下に詰め寄ったのでございます。

 「殿下、どう言う事ですか?!」と――





「まあ、ルーナ嬢、落ち着いて」


 と促されるまま、人払いの後、ジュリアン殿下と話し合いをする事になりました。


 私が知らぬ間に婚約者候補から婚約者になっていたのです。美味しいはずのお茶も全く味がしません。一体どういうつもりなのかと、フラグ回避が目標の私としては胸倉をつかみたいぐらいの気持ちです。


 そんな私の事など気が付かず、ジュリアン殿下はまた美しい顔で微笑まれました。

 私にはその姿が笑ってごまかそうとしているように見えて、思わずまた眉根に皺が寄ってしまいました。今回は不敬を隠す気など毛頭ございませんでしたが……


「あー、ルーナ嬢は、そんなに私の婚約者になるのが嫌だったのかな?」


 別に嫌な訳ではございません。

 ジュリアン殿下とは話も合いますし、笑顔だって私の好みのお顔です。それにベンジャミン殿下は弟のマイケルの次に可愛いですし、フラグさえなければ私は喜んでこの婚姻を受け入れていたでしょう。ですが家族の幸せを考えると……


 気が付けば私の目からはハラハラ、ほろほろと涙が溢れておりました。

 この世界に生まれてからずっとフラグを気にして生きてきましたので、気が張っていたのでしょう。ジュリアン殿下の優しい笑顔を見て、思わず気が緩んでしまったという事もございました。

 ジュリアン殿下は急に泣き出した私の涙をハンカチで拭いながら、涙の訳を聞いて下さいました。


「フラ、フラ……フラグがぁぁー……」

「ふらぐ? ふらぐとは何でしょうか?」


 これ迄の話をして(この女可笑しい奴だ)と思われれば、婚約は破棄されて丁度いいかもしれません。私はジュリアン殿下に包み隠さずこれ迄のフラグ折りの生活の話を一部始終聞かせ、そしてこれから起こりうる可能性の話も致しました。


 ですがジュリアン殿下は馬鹿にすることなく、私の話を真摯に受け止めて下さいました。きっと第一王子であった兄上様の事があっただけに、理解してくださったのでしょう。


 何だか話を聞いてもらえただけで、不思議と心強い味方ができた様な気がして私は嬉しくなったのです。


「ふむ……そのフラグ、とやらのせいで色んな事が起きてしまうという事なんだね?」

「はい……家を守るためにはフラグを折り続けなければならないのです……ですから……」

「ルーナ嬢、因みにそのフラグには良いことはないのかい?」

「良いこと……?」

「そう、そのフラグのお陰で幸せになれる……そんな物語はないのかな?」


 ジュリアン殿下の言葉を聞いて、まさに目から鱗、青天の霹靂、そして棒で殴られたかのような衝撃を受けました。


 そうです! この世界で幸せになるフラグを立てれば良かったのです!


 何故私は今まで気が付かなかったのか、余りの事に、嬉し過ぎて思わずジュリアン殿下に抱き着いてしまいました。


「ジュリアン殿下! 有難うございます! 私はこれで幸せになれそうです!」

「ハハハ、じゃあ、婚約しても幸せになれるフラグがあるんだね?」

「はい、ございます。婚約してから恋をして、愛をはぐくみ、幸せになれる物語が!」


 そうでした。ヒロインは自身が希望しない相手の元へと嫁ぎますが、そこで溺愛され恋に落ちるのです。私もそれを狙えばいいのかもしれません。

 その為にはジュリアン殿下に婚約破棄されて、どこか遠くの辺境の地にでも飛ばしてもらわなければなりませんが……


 気が付けば私は図々しくもまだジュリアン殿下の腕の中に包まれておりました。

 こんなはしたない真似をしてしまい、不敬にあたると慌てて離れようと致しましたが、ジュリアン殿下は私を抱きしめる腕に力を込めました。

 現実が見えて、急に胸が苦しくなったのは、きっとジュリアン殿下にきつく抱きしめられたからでしょう。体中が心臓になったように熱くなり、恥ずかしながらドキドキとしてしまいました。


 これからジュリアン殿下に婚約破棄されるというのに……


「ああ……良かった。嫌われてなくてホッとしたよ。ルーナ嬢、これから私と恋を始めて下さいませんか?」

「えっ? ジュ、ジュリアン殿下……?」

「貴女を婚約者にと望んだのは私なのです……どうか、私と恋のフラグを立てて頂けませんでしょうか」

「あ、あの、は、はい……あの……よ、喜んで……」



 こうして私は無事、この世界で幸せのフラグを立てることが出来たのです。


 このまま幸せフラグを折らないように、全力投球させて頂きます。


 あとは貴方の側で長生きするだけですものね……ジュリアン様。

 

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伯爵令嬢は死にたくない。~フラグを立てず目立たず地味に生きていきます~ 白猫なお @chatora0707

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