一人の世界で人形と
九十九
一人の世界で人形と
最初は何も無かった。
世界は静かで、寂しい場所だった。だから光と影を創った。それから火と水と大地と風と、あと沢山創った。
それでも生き物は作れなくて、私は手持無沙汰に砂を掬った。水と砂を混ぜて泥にして、人形を作った。
どれだけ念じても、捏ねても、人形は人にすらならなくて、結局生き物は作れなかった。
世界には私一人だけだ。
私たちは創世のために生まれた兄妹である。そして私はその末っ子として生まれた。兄様と姉様は優しくて何でも出来たけれど、末っ子の私は何をするにも不器用で下手くそだった。
今日も砂を掬い、水を掛けて、泥にする。泥を捏ねて形を作ると、人形へと繋ぎ合わせた。どれだけ捏ねても、形を整えても、やっぱり人形は生き物にはならない。
人形を撫でながら、私は小さく息を吐く。姉様の世界では泥から生き物が出来たのに、私は姉様のようには出来なかった。
「君にいつか命をあげるからね」
たった一体だけの人形を撫でて、私は呟いた。
昔、生まれた折にお母様に言われた。
「生き物で溢れた世界を創ってごらんなさい。そうして慈しみなさい」
兄様と姉様たちは生き物で溢れた世界が創れた。
最初に光と影を。次に火と水と大地と風を。そうして動物と人間とその他沢山を。兄様と姉様たちの世界は色んなもので溢れている。色んな人で溢れている。
けれども私はどれだけ捏ねても創れなかった。
光と影はなんとか作れた。火と水と大地と風も、少し大変だったけど作れた。草木や天気だって作れた。それなのに生き物だけが作れなかった。人の一人も、私は創れなかったのだ。
一人の世界で泥を捏ねて、人形にくっ付ける。時には磨いて綺麗にしたり、鉱石を嵌めて装飾したりしながら、私は人形に命を吹き込もうと試行錯誤してみる。
人を下地に色々な生き物をくっ付け合わせたような形の人形は、けれども今日も動く気配は無い。
「いつか君が動いたなら、この世界の色々な所に行こうね」
海に浸けて綺麗にしながら、私は人形へと語り掛けた。
「上手くいきませんか?」
ある日、お母様がやって来て、私にそう尋ねた。私は曖昧に首を傾げた。
「お母様の言葉通りには作れませんでした」
生命に溢れた世界を作る事は出来なかった。たった一体、愛着の湧いた人形にすら私は命を吹き込めていない。
生き物の形を繋ぎ合わせた人形を撫でながら、私はお母様の顔が見られずに項垂れた。お母様は怒るでもなく、呆れるでもなく、そっと私の頭を撫でた。
「寂しいですか?」
唐突な質問に私は首を傾げた。
「生き物が居なくて寂しいですか?」
お母様は改めて私に問うた。顔を上げた私を深い慈愛の目が見詰めている。
「動物を作れないのは少し寂しいです」
お母様の深い瞳を見詰め返し、私は呟くように言った。
動物は温かいと聞く。それに兄様や姉様の世界の猫や犬はふわふわだった。蛇や鷲も格好良かった。それらを作る事が出来ないのは少し寂しかった。
「人が作れないのは寂しいですか?」
全てを見透かした目でお母様は私に尋ねた。
私は少しだけ考えてから、小さく首を横に振った。
「いいえ、人が作れないのは寂しくはありません」
「それはどうして?」
お母様は質問を重ねる。
「私に人は作れないと知っているからです」
「どうしてそう思うのですか?」
「私は一人が好きです。だから、私は誰かと共に在るものをきっと作れないのです」
「一人が好きだからと言って、誰かと共に在るものが創れない訳ではありませんよ?」
「でも、私はきっと創れません」
お母様は大好きだ。兄様や姉様だって大好きだ。でも私は一人が好きだった。一人が好きだから、人と言う誰かと共に在る存在は、私にはよく分らなかった。多分、生き物が作れないのは一人が好きだからなのだと、私は考えている。
お母様は私の答えに一度頷くと、小さな卵を私へと手渡した。
「これは生命の卵です。あなたが望めば一つだけあなたが望む生命が生まれます。犬だって猫だって、人だって、美しい生き物だって生まれます。あなたはどうしますか?」
どうしますか、と言うのは受け取るか受け取らないかと言う事だろう。私は卵を一瞥すると、すぐに首を横に振った。
「どうしてですか?」
「兄様や姉様は頑張って作ったのに、私だけ貰ってしまってはずるになります。それに今の世界で、きっと私は満足しているのだと思います」
「あの子達はそんな事、気にしないでしょう。これがあれば、あなたの生命を創ると言う願いは少なからず達成出来ます」
「でも」
「それなのに、どうしてですか?」
お母様は私を見詰めて、何かしらの答えを待っていた。
私は一度口を噤み、考える。
ずるになってしまうから受け取らないのは本当だ。今の世界で満足しているのも本当。でもお母様が待っている答えは多分、少し違う所にある。
「生き物がいない世界で、あなたが満足しているのはどうしてでしょうか?」
考え込む私に、お母様は笑い、そっと問いかけた。私ははっとして、お母様を見上げる。
「この子がいるからです」
傍らの人形を撫でながら、お母様に言う。
「例え動かなくてもこの子がいるから、私は今のままでも良いのです」
お母様の、生命に溢れる世界を、と言う言葉には背いてしまうことは気掛かりだったが、それでも今のままでも良いと言うのは私の本音だった。
「寂しくはありませんか?」
「寂しいです」
それもまた、私の本音だった。一人は好きだ。けれど独りぼっちが好きな訳では無かった。時には語らう相手が、共に歩く相手が欲しい時もあった。
「でももう少しだけ一人で頑張ってみます」
生き物は作れないままかも知れないけれど、人形はずっと人形のまま動かないかもしれないけれど。それでももう少し一人でやっていたいのだと告げると、お母様は優しく微笑んだ。
「でしたら、あなたが作った人形を大事にしてあげなさい。それはあなたの願いの形です」
お母様は私の頭を優しく撫でると、優しい瞳で人形を見た。
また一人だけの世界が始まった。
私は今日もまた泥を捏ねながら、人形へと語り掛けた。
「君にいつか命をあげるからね」
一人の世界で人形と 九十九 @chimaira
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