ソロ人生 ~終わりの来なかった朝~

於田縫紀

ソロ人生 ~終わりの来なかった朝~

 目が覚める。今日も朝が来てしまった。病室内の装置が私の目覚めに合わせて動き始める。フレキシブルチューブが伸びて口から入り口腔内を洗浄した後、朝食チューブが接続される。

 カーテンも自動的に開き外の風景が窓に映し出された。


 私の正面にあるディスプレイは本日のニュースを表示する。物資生産量の大幅削減措置と余剰生産対策としての設備の休止。目新しいニュースは無い。いつも通りだ。知りたい具体的な数値は何一つ知らされない。


 栄養補給と同時に始まった本日の健康チェックが終了したようだ。画面に表示される。今の状態としては残念ながら安定した数値だ。当分は持ってしまうだろう。


 私はため息をつくとともに窓の外をみやる。空は今日も青い。偽りの空か本物の空かはわからないけれど。窓では無く高精細ディスプレィという可能性もある。


 でも私にはそれを確かめる術はない。本物でなくとも近寄ったら近寄っただけ見える風景は変化するだろう。ならば同じ事だ。今の私はそう思う事にしている。


 そして思う。その日の空もこんな風に青かったのだろうかと。


 いつがそのその日だったのかは私にはわからない。私はそれ以前からこの病院に入院していた。だから私にとっては前日とかわらない一日だった筈だ。


 元々この高度療養・治療病室に人間の医者や看護師が来ることは少ない。免疫力が極端に低下した最後期老人に対応すべく、全ての対応は完全殺菌が可能な自動機械が行っている。

 人間が行うのは面談だけ。それも透明な窓を通してだ。しかも保険対応ではせいぜい1週間に2回程度。人間の医者は貴重だから。

 だから彼らが来なかった数日の間に事態は進行し、全て終わっていたのだろう。

 

 その病気は何が原因で発生したのか、今となってはわからない。進行が速すぎて名前をつけられる時間も無かった。少なくともこの国では事態発生後3日以内にほとんどの人々が死んでしまったらしい。

 残ったのは外からの細菌・ウィルス等を完全遮断する高度療養・治療病室にいた病人だけ。事態が全て終了後、私が検索して知った限りではそうなっている。


 最初、私は何処かの国の生物兵器による攻撃を疑った。でも占領軍はいつまでたっても来なかった。これは私が検索できる装置が全て操作されていない限り明らかだ。


 またこの国以外はこの事態が発生しなかったのではないか。ならばそのうち何らかの変化があるのではないだろうか。そう思った事もあった。だが少なくとも十年以上は経った今でも変化は全く無い。

 かと言って他国の事は検索ではわからない。既に私が入院する前にネットは強大隔壁グレート・ウォールによって情報遮断されていたから。

 

 わかっているのは僅か。この国には自動機械と高度療養・治療病室にいた病人だけが残された。そんな事実だけだ。


 この国の医療は世界でも最先端だった。だから単なる老衰で衰えただけの老人を130歳以上まで延命するなんて事は容易い。社会福祉も充実している。身寄りも収入もない老人であっても病院で高度な治療を持続して受ける事が出来る程度に。


 更に言うとこの国の法律は安楽死を認めていない。かつて私もあまりの状況に絶望して自殺を図った事がある。だが凶器になりそうな物はこの部屋には無い。肌着を裂いて首を吊ろうとした時も、いっそ自分の指で喉を突いてと試みようとした時も、ロボットアームに妨害された。

 つまり私は死ねない。真に寿命を迎えたと自動装置が判定するまでは。


 私以外に何人の人間が生き残っているのだろう。それを知る方法は未だわからない。メールやSNSも相手のIDを知らない限り送受信できない。個人保護法と個人責任識別法が完備されたおかげで、昔の掲示板のように不特定多数が書き込んだり読んだりするような場所も存在しない。


 それでも……。私は一縷の望みをかけ、今日もいつもの作業を開始する。

「送信先、N81012358524A、N81012358524B、N81012358524C、N81012358524D、N81012358524E、N81012358524F。送信!」

「送信します。エラーです。送信先全ては無効なIDです」


「わかった。では新規メール作成。文面は定例3で。送信先、N81012358525A、N81012358525B、N81012358525C、N81012358525D、N81012358525E、N81012358525F。送信!」

「送信します。エラーです。送信先全ては無効なIDです」

 ……


 私はIDを1番ずつ増やしながらメールを送り続ける。

 運が良ければ誰かに繋がるかもしれない。その希望だけに縋りながら。

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