花粉と私

ノートルダム

花粉、目を擦るとアレが


 春先の、電車の揺れは至福の眠りへと私を誘う。



 学校が休校になった。

 じゃあバイトにでも思えば、バイト先もまた臨時休業でしばらく休むという。



 マジか。。。



 時間を持て余した私は、折角だからと目医者に行くことにした。

 最近、花粉が充満しているせいか、目がゴロゴロして、視界が悪い。



 この季節は私によって、ほんとうに憂鬱な日々だ。



 特に一人で単独行動はできるだけ避けたいというのが正直なところだ。



 ダッサイけど、JI〇Sで花粉防止眼鏡買うか。

 幸い、世間を賑わす例の病気のおかげで始終マスクをしていても奇異の目で見られることは少なくなった。



 連結部に近い座席のこの位置で、シルバーシートではない席は貴重だ。

 窓やドアからはできるだけ遠くにいたいし、座れるなら座りたい。



 なんかしらないけど、私はやたらに痴漢にあう。

 カバンの角でつついてきたり、あるいは押し付けてきたリ。


 勘弁してほしい。



 駅で並ぶ列や、乗る場所を変えたりしたんだけど、妙に触られるのだ。

 特にこの花粉舞う春先は最悪だ。




 電車の中には人は疎らだ。

 午前中とはいえ通勤ラッシュも終わっており、同じ車両にはサラリーマンっぽい人が数人、お母さんとその娘っぽいひとたちが1組。


 それとこの同じシートでさっきから咳きこんでいる風なオッサン。

 おっさんはマスクはしているものの、さっきから咳きが止まらないらしく、ずっとゴホゴホしているような動きをしている。



 いや、微妙なんだけど。



 ついう転寝して、目が覚めたら座っていたのだ。



 私は席移動するかどうか迷っていた。


 電車はすいているから、他に座る席はいくらでもある。

 わざわざ咳きこんでいる人の隣に座り続ける意味がない。





 


 お母さんと一緒にいたはずの女の子が、いつの間にか連結部の方まで歩いて来ていた。

 どうやらそのカーブの度にウネウネ蠢くそれが気になるらしい。


 しばらく見つめていたが、どうやら女の子は鉄板に乗ってみることにしたらしい。

 なんか、両手を広げてサーフィンっぽいポーズを取り始めた。



 天気は妙にいい。

 駅まで歩いてきたが、風だけなら心地よいそれが適度に吹いていた。

 風だけならば、だ。


 花粉がそれはもう、思う存分舞い踊っていることだろう。



 私は早くも心が折れそうになっていた。

 自粛とか言っていないで、さっさと病院いって、薬貰っておくのだった。




 ガタン。



 金属が擦れるような音がした。


 女の子が見上げていた。

 その視線の先には、隣の車両からだろうか、

 移動してきたと思われる女の人と思われるナニカが立っていた。



 真っ青な顔だった。


 その女の人は、事故にでもあった直後のように、首が変な角度に折れていた。


 よく見ると、薄手の白っぽいセーターにも細かく血が飛び散っている。




 女の子はしばらくその女の人と見つめ合っていたが、いきなり振り向くと母親の方へ走っていった。


 スゴイ勢いで女の子が立ち去ってゆくのを目で追いかけながら、私は視線をそらす。

 そして女の子が母親と合流したのを見届けると、嫌々と視線を表面に戻す。



 女の人の顔が、目の前にあった。

 息が触れそうな距離だ。



 もっとも女の人が息をしている気配は全くないが。



 私は、落ち着いてバッグからスマホを取り出した。

 L〇NEを立ち上げると、友達の朋美とのトーク画面を開ける。


 『今から眼医者だよー』

 『乙』

 『花粉ダルー』


 適当なメッセージを送ると、適当な返事が返ってきた。

 そのまま雑なやり取りに耽るフリをする。



 女の人はまだ、目の前で何か言っているようだけど、声は聞こえない。

 そして私もスマホの画面に集中して視線を必要以上に動かさない。





 



 


 視界に映る、足が増えた。


 どうやら女の人の横に、さっきまで同じソファに座っていたオッサンが、立ったようだ。

 足の位置からして、女の人の真横だ。


 私は好奇心に負け、窓の外を見るふりをして視線を上げた。



 オッサンと女の人が見つめ合っている。

 いや、睨み合っている。




 え、カンベンして欲しい。



 私はあきらめてスマホに視線を戻した。



 結局、根競べ、らしき何かのイベントは、オッサンが勝ったらしい。



 そして図々しくもオッサンは私の真横に、ぴったりくっつくように座りやがった。



 え、ほんとカンベンしてほしい。



 そして、オッサンの手が私の太ももに触れる。



 ぞっとするぐらい、冷たい手だった。

 まるで冷蔵庫でよく冷やした金属を押し当てられた感覚。


 ゾワゾワとした何かが背中を伝う感覚を必死に無視した。

 

 するとオッサンは調子に乗って太ももを撫でまわしてくる。



 周りを見渡す。

 誰も、この異常な光景を見ていない。



 平日の午前中。

 外は快晴。



 その時だった。



「おかあさーん。あのおじちゃん痴漢?」



 そういって、女の子がこちらを指さしていた。

 さっきの女の子だ。


 女の子の横にはその母親。

 二人は私の方を見ていた。



「おじさんて?どの人?」


 母親は不思議そうにこちらを見ていた。

 それはそうだろう。


 母親には私の横に座るおっさんも、女の子の後ろに立って何かを囁く女の人も見えていないのだから。



 オッサンは慌てたように手を引っ込めた。

 


 人の視線というものは、力を持つ。



 目が合っただけで絡んでくる輩もいれば、付きまとってくるモノもいる。

 かと思えば、視線を向けられただけで怯える輩もいる。







 


 オッサンは、立ち上がろうかどうしようか迷っているようなそぶりだった。

 不自然に私との距離を開ける。



 ところが女の子は更に容赦がなかった。


 女の子はこちらの方まで走ってくる。

 そしてオッサンの座る、私の隣の誰もいない席を指さしていた。



「ほら、このオジサン。このお姉さんを触ってた!」


 

 指さされたオッサンは硬直した。

 私は、隣の席をみて、女の子を見る。


 そしてわざとらしく首を傾げた。



「ん? どうしたの?」


 私に声をかけられた女の子はきょとんとした顔をした。

 まさか被害者の私から、そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。


「え? お姉さん、見えていないの?」


 女の子は、私とオッサンを見比べるように視線を動かした。

 私は、オッサンの座っている席をたたく。


「見えて? なんのこと? ほら誰もいないよ?」


 オッサンが見えなければこの三人用のシートには私しか座っていない。

 私の手は、オッサンの体をすり抜け、シートに触れた。



 毎回思うのだけど、向こうは触ってこれるのにこちらが触れないというのはほんとに理不尽な現象だ。


 それに、認識したことがバレるとずっと憑いてくる。



 オッサンは、女の子の視線に耐えきれなくなったのか、立ち上がると隣の車両に映るフリをして消えていった。


 女の子はやっと状況を理解したのか、


「えーーー! おばけだったーーー!」


 叫びながらお母さんのほうへと走っていった。

 血だらけの、首の曲がった女の人もいつの間にか姿を消していた。



 私はスマホにもう一度視線を移す。



 そんなゴタゴタがあって、やっと目的の駅に着いた。



 

 





 


 眼医者は薬局を隣接していた。

 私はいつもの先生にいつもの薬を処方して貰った。



 そして早々に服用し、ついで目薬を差す。




 さて。




 これで、あの電信柱の後ろからこちらを見てる血だらけの高校生とか、道路の真ん中を匍匐前進しているボロボロのおばさん。

 じっとこちらを見ているランドセルを背負った男の子などのうち、どれぐらいが見えなくなってくれるのか。



 私は、花粉症の時期限定で見えるこれらの存在が、本当に憂鬱だ。



 やっぱり花粉対策の眼鏡買おう。

 そのためには店長説得してバイトのシフトをなんとか増やさないと。




 目薬が馴染むにつれて、視界から薄れて消えてゆくそれらを見ながら決意する。



 相変わらず、ランドセルの男の子はじっと私を見ているが、とりあえず微笑んでみた。

 男の子は目を見開き、なんだか悲鳴を上げて走っていった。



 うん。



 そういう日もあるよね。




ーーーー


 とある埼玉の端っこにある地方都市のメイドカフェに、シフトを増やしたメイドがいるとかいないとか。

 彼女が露骨に明後日の方をむいたら要注意というのはファンの間では知られた話。

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